ゴンザブローは好き勝手にやる
翌日の一回戦、ゴンザブローはやった。
昨晩、今朝と、どうやら気に入ったらしいユーリに体術を伝授して、意外といいところあるじゃん、みたいになっていたはずなのに、見事にやった。
ゴンザブローと向き合っているカオルは、既に肩で息をしており、何度も転がされ、体中がボロボロだ。
それでもカオルが戦い続けているのは、決定打を与えられないからである。
第一試合が始まってから、既に一時間近くが経過しようとしていた。
通常の戦いというのは、短くて数秒、長くとも数分である。
数試合に一度、長いインターバルを挟んで、時に何か出し物を見て、それから次の試合へというのが当たり前なのだ。
カオルは見目が整っているし、誰から見ても正々堂々と戦う上、実力だって十分にある。
とんでもない糞爺であるゴンザブローが相手でも、もしかしたらカオルならば、と期待して今日の試合を見に来た者もいただろう。それはもちろん、素人目線からの判断であるから、実際の実力は大きく離れているのであるが。
そんな観客の期待をゴンザブローは見事に裏切り続けていた。
現実とはそういうものであると、無理やりにでも叩きつけるように、延々と。
カオルが刀を構え、ぎりぎりまでただ歩くように近付き、そして不意を突くように無駄のない動きで突きを放った。
ゴンザブローはニヤついた顔のまま、膝の力を僅かに抜いてそれを躱す。
脱力していたカオルは、その動きを見てから、わずか踏み込んだ右ひざを曲げ、左足を下げながら刀を振り下ろす。
それはゴンザブローの肩口を切り裂くかに見えた。
しかし、ゴンザブローが両手でチョキを作り、左の指だけで白刃取りをしてみせた。そうして空いた右手で煽るように指を動かしながら言い放つ。
「ようし、だいぶ動きが良くなってきたのう」
カオルはもはやそれに無駄に反応するだけの気力体力が残っていない。
たった二本の指に挟まれているだけで、押すも引くもできなくなった刀を、ぐっと下へ振り下ろそうと力を込めた。
次の瞬間、なぜだかカオルはぺしゃんと地面に座り込んでいた。
疲れて膝の力が抜けたのではない。
ゴンザブローに何かをされたのだ。
「もう一本」
ひょいひょいと距離を取ったゴンザブローはニヤついた顔でそう言った。
ゴンザブローに悪意はない。
誰にどう思われようが、場所がどこだろうと、ゴンザブローには関係なかった。
機会は機会である。
異郷で出会った同郷の侍娘を、一つ指南してやろうかと労を割いてやっているのだ。
観客たちからはブーイングが響いているが、しかしカオルにとってはそうではなかった。
もはや疲労でそんな声は聞こえていないけれど、今この瞬間に、確実に何かを掴めるようになっている気がしている。
必要な力、必要な速度、狙う角度、目の置き所。
追い詰められて追い詰められて、力を返されて、転がされて、力を利用されて、転がされて、力を込められないほどに疲労して、初めて今、相手を仕留めるのに、刀を振るうのに、体を適切に動かすのに、本当に必要な力がどれだけか、真剣に考えていた。
達人の力配分を目の前で見ることができているからこその、成長。
またとない機会。
カオル本人は、今この機会を感謝していた。
「やっぱ強えわ。まだまだ勝てる気がしねぇ」
カオルが立ち上がってまた仕掛けるまでの間に、ぽつりとアルベルトが呟く。
モンタナも、コリンも、レジーナも、ハルカもユーリも、瞬きをすることも忘れて、じっと二人の戦いを見つめていた。
エリも渋い表情をしながらも、何も言わずずっと戦いを眺めている。
カーミラ、それに双子は時折眉間にしわを寄せたり、目を逸らしたりしていたが、それは戦いを生業にしていないのだから仕方のないことであった。
ゴンザブローとカオルの戦いは、いや、稽古は、そこからもさらに数十分続いた。
ヘロヘロになったカオルが、また転がされて、立ち上がろうと手をついても体が持ち上がらず、足を動かそうとしても膝が動かず、「あれ……」とかすれた声を漏らす。
それでも刀はしっかり握っているのだから、本人としてはまだまだやる気があったのだ。
体力がそれに追いつかない。
ぺたりぺたりとゴンザブローがゆっくりとカオルに近付いた。
観客たちがごくりとつばを飲む。
彼らからすれば、ゴンザブローがひたすらにカオルをいたぶっているようにしか見えなかったからだ。
口汚く試合を止めろと叫ぶ者もいた。
ゴンザブローはカオルの頭の近くまで歩いていくと、相変わらずニヤついたまま口を開く。
「お偉い侍の癖に、案外根性あるのう」
「拙者……、もう、ただの浪人で、ござるよ」
かすれた声での返事は、観客の声にかき消されてゴンザブローにしか聞こえない。
「おい! 儂の勝ちじゃろ、これ!」
ゴンザブローが司会がいる方へ向けて手を振ると、心得たとばかりに試合終了の宣言がなされて、銅鑼が鳴らされる。
ゴンザブローはカオルの手から刀を取り上げる。
その瞬間観客からは再び悲鳴が上がったが、ゴンザブローは片手でカオルの空いた手を握り、ひょいっと背中に背負いこむ。
そうしてカオルの足をずるずると引きずりながらゴンザブローは舞台を降りた。
「面目ないで、ござる……」
少し静かになった廊下で、蚊の鳴くような声でカオルが言った。
「なんかつかめたかよ」
ゴンザブローがにやにやしたまま尋ねると、カオルも僅かに口角を上げて一言、「お陰様で……」と答えるのだった。
なんか当たり前のように先日他作品の本が出るよーって話をしたのですが、その作品なろうにもありますので、良かったら読んでやってください。
ゴンザブローめいた糞爺と、素直じゃない強気な王女様のダブル主人公です。
『転生爺のいんちき帝王学〜日の目を見ずに生きてきた最強爺、隠居間際で弱小王女に拾われる〜』
400話くらいあります。
https://ncode.syosetu.com/n9354kn/
紙版7/2発売です、どうぞよろしくお願いいたします。
なんか電子版6/30から、謎のお得フェアがあるらしいのですが、大人の事情で詳細が話せず、あるらしいとだけお伝えしておきます。





