お別れってそういうもの
朝早くに目を覚ました。
ハルカは畳で寝転がっているコリンやエニシの姿を確認して、そのままそっと部屋から出る。
足音を忍ばせて廊下を歩き、朝の空気を吸おうとそのまま玄関へ向かう。
宿を切り盛りしている女性たちの中には、既に目を覚まして活動を始めている者もいて、すれ違う度に会釈をされる。
ハルカも早くから働いている人々に頭を下げつつ外へ出ると、丁度日が昇って空の色が少しずつ変わり始めた頃だった。
宿の前に置かれた長椅子には、部屋に姿が見えなかったカーミラが座っていて、その横ではレジーナが【ダイアラスネ】で素振りをしている。普段はもっとコンパクトなサイズにして使っているので、これは非常に珍しいことだ。
なんとなくハルカの目からは、今のレジーナが訓練をしているのではなく、ただがむしゃらに金棒を振り回しているだけのように見えた。
とりあえずカーミラの横に腰を下ろす。
「寝ていないのですか?」
「そうなの。……エニシちゃんとぎりぎりまで話してたら、なんだか少し寂しくなっちゃって」
そう言ってカーミラはハルカににじり寄って、頭を肩に預けてくる。
いつものことだから好きにさせておきながら、ハルカは会話を続ける。
「レジーナは?」
「目を覚まして、エニシちゃんのこと睨んでたから、一緒にお外行くか聞いたらついてきたのよね。それからずっとあの調子」
カーミラは元々粗暴なレジーナが苦手であったはずだが、最近はぶっきらぼうなだけで仲間には手を出してこないと分かっている。
怒らせたりしなければ大丈夫だと気づいてからは、たまに話しかけてみたりしているようだった。
そんな風に話しながら二人でレジーナの様子を窺っていると、それに気が付いたのか、それとも疲れたのか、レジーナが急に【ダイアラスネ】を小さく戻し、どかりとカーミラの横に腰かけた。
珍しく酷く汗をかいていて、少し息も弾んでいる。
余程長く無理に振り回していたらしい。
ハルカとカーミラは声をかけず、しばし黙って様子を見る。
レジーナもしばらく眉間に皺を寄せて、まるで敵を睨みつけるように朝日をじっと見つめていたが、やがてがりがりと頭をかいて立ち上がり、今度はハルカを睨みつける。
「……どうしました?」
尋ねると、変な顔をして、再び椅子に腰を下ろしてまた難しい顔をしてからようやく口を開く。
「なんかイライラする」
「エニシさんが離れることがですか?」
「知らねぇ」
「そうですか」
ハルカにはなんとなくレジーナがイライラしている理由の想像がついた。
あまり刺激しないように、ゆっくりと話を進めていく。
「私は、エニシさんが離れることになって、少し寂しいです。それに心配もあります。その辺りのことを考えると、胸の辺りになにか、ぐるぐるとつっかえるようなものがあります」
「……ふーん」
レジーナは自分の胸のあたりに手を当て、ややあってから拳でバンとそこを叩く。
カーミラは驚いて体を跳ねさせたが、ハルカは少し笑ってしまった。
どうやらレジーナも自分と同じ感覚を持っていたのだろうと確信したからだ。
それを無理やり何とかしようと、もやもやのある部分を叩いてみたのだろう。
「じゃあ、なんで行かせるんだよ」
「エニシさんにもやりたいことがあるからです」
「ハルカの方が強いんだから言うことを聞かせればいいだろ。あいつ弱いし、すぐ死にそうだろ」
だから心配だし、手元に置いておきたい。
それは多分、レジーナの仲間意識なのだ。
純粋な好意である。
「それも、一理あります。ものごとの分別がつかない子は、きっと多少無理を言ってでも守ってあげるべきなのでしょう。でも、エニシさんはああ見えて大人です。目標があって、やりたいことがあって、自分が何ができて何ができないのか分かっていて、それでいて自分ですべきことを決められる大人なんです」
ハルカの長い言葉を理解するためなのか、レジーナは一層眉間に皺を寄せた。
少し時間を置いてから、ハルカは話を続ける。
「エニシさんが危ないからと、もし私たちの誰かが力ずくで拠点に連れて帰ったとしても、きっとエニシさんはどうにかして【神龍国朧】へ戻ろうとするでしょう。では閉じ込めておけばいいかというとそれも違います。その方法ではきっと、エニシさんの体を守ることができたとしても、心を守ることができないのだと思います」
「……わかんね」
レジーナが素直に告げたところで、ハルカは説明の仕方を考え直す。
「……例えば、そうですね。レジーナは強くなりたいですよね。でも、私が守るからレジーナは訓練も戦いもしちゃいけない、って言われたら嫌でしょう? 私と喧嘩になるか、私の近くからいなくなろうと思うでしょう?」
「そりゃそうだろ」
「エニシさんを私たちの拠点で守るということは、それと似たようなことです。だから私は、私のできる範囲でエニシさんを応援して、手を貸したいと思っています。場所が離れるからどうしてもずっと守っていることはできませんが、今までと同じように仲間であるつもりです」
レジーナは黙り込む。
ハルカが、自分の説明が下手だったのだろうかと悩み始めるほどに長く黙ってから、小さく呟く。
「そうかよ」
投げやりな言い方のようでもあった。
納得しきれていない、不満である。
そんな気持ちがありありと見える。
それでもハルカには、レジーナが本人なりに、自分の言葉を一生懸命にかみ砕いてくれているように思えるのであった。
明日から新宿でPASH!ブックスのグッズが販売されるポップアップショップが始まります。
ハルカさんのグッズもあります。
1週間東京でやって、来月には大阪でも1週間やるようです。
近くにお住いの方、グッズ欲しいよーって方はぜひお越しください。
https://pash-books-10th.fuuuu.shop/





