朝からちょっと運動
三人がそれぞれ、朝日が昇るのを眺めながら黙って考え事をしていると、ガラガラと宿の扉が開く。
鴨居をくぐるようにぬっと現れたのはタゴスであった。
「あ、おはようございます」
「何だこんなところで揃って」
「いやぁ……、色々と思うところがありまして……」
タゴスは三人を順番に見て、最後にレジーナに「何だよ」と言われ、「何でもねぇよ」と返した。元々レジーナに勝つために【竜の庭】へやってきたタゴスは、未だにレジーナとの会話はこんな調子だ。
だからと言って決して仲が悪いわけではなく、一緒に森で狩りをしたり、普通に訓練をしたりしているのだが。
少し離れた所で、タゴスがブンブンと両手に持った斧を器用に振り回し始める。レジーナのようにがむしゃらという感じではなく、見た目に反して非常に丁寧に器用に斧を振っている。
しかしそれはどんどん加速していき、気付けばどこかで取りこぼして怪我をするのではないかと思える速さになっていった。
しばらく無言で斧を振り回して、じわりじわりと汗が吹き出てきたころに、タゴスは「あー……」と言って、動きを止めてその場に座り込んだ。
「なんかすっきりしねぇな。見慣れた奴が明日からいねぇんだなって考えると、どうにも落ち着かねぇんだよな。何なんだろうな、こりゃあよう」
ザクリザクリと斧を地面に突き刺して、タゴスは大きく溜め息をついた。
大きな体に忍耐強さ。
しっかり大人でまともと思っていたタゴスも、実は過去を振り返れば一匹狼の冒険者である。レジーナ同様、【竜の庭】に来るまでは、長いこと同じ拠点で仲間と暮らしたことなどなかったはずだ。
「多分、寂しいとか、名残惜しいとか、そんな感情なんだと思いますよ」
ハルカがその感情の名前を説明すると、タゴスはバツの悪そうな顔をして少し伸びた顎ひげを手のひらでじょりじょりと撫でた。
レジーナよりは多少人と関わる機会の多かったタゴスである。
少し街にとどまって立派な仕事をこなし、気まぐれでそこらの子供の世話をしてやった時などは、弟子入りをせがまれたりして泣かれるようなこともあった。
タゴスはこれでも人情派なのである。
「あぁ……」
しかしタゴスはそんな時、その子供の気持ちがよく分からなかったし、冒険者には別れがつきもので、二度と同じ人と会わないことなんて当たり前だと思っていた。
しかし、ハルカの言葉を聞いて腑に落ちてしまう。
「なるほどなぁ」
やっぱり情緒らしきものは、レジーナよりもタゴスの方が育っているらしい。
「何が分かったんだよ」
「うるせぇな、今色々考えてんだよ」
「むかつく」
そんなタゴスにレジーナが吹っ掛けていく。
自分がもやもやしたままなのに、タゴスが納得しているのが気に食わないのだろう。
完全なる言いがかりであった。
そのまま立ち上がると武器を構えてタゴスの前に立つ。
「……なんだぁ、やるかこの」
タゴスが立ち上がると、レジーナが鼻を鳴らして言い返す。
「相手してやる」
「偉そうに、てめぇ」
一瞬にして戦闘態勢になった二人だが、ハルカはそれを止めなかった。
まぁ、なんだかんだこんな風に手合わせが始まることはあるし、口喧嘩をしながらも殺し合いに発展することはない。
それで二人がすっきりするのなら、手合わせもありなのではないかなと思っていた。
「程々にしてくださいね」
「もう、すぐに喧嘩する……」
ハルカが諦めの一言を放つと、カーミラが小さくため息を吐いた。
そこからはいつも通りの手合わせが始まる。
レジーナの方が実力は高いのだが、精神状態が安定していないせいか、今日は中々に良い勝負だ。
ここまで如実に影響が出るものかと思うほどであった。
やがて物音に気が付きあちこちから侍が現れる。
その都度ハルカが「訓練ですので」と言って、一応安心をさせるが、侍たちからしても中々見られない高レベルな手合わせだ。
「ほう」とか「やるな」とか言いながら見守り始める。
「お、やってんじゃん。ずりぃな、俺も呼んでくれりゃいいのに」
そう言って玄関からウキウキで現れたのはアルベルトだ。
武器のぶつかり合う音を聞いて飛び出してきたらしい。
「アルは元気そうですね」
「あ? 何が? なんかあいつら集中できてねぇな」
いつも手合わせをしているアルベルトには、ちょっと見ただけでそれが分かってしまうらしい。
そんな言葉を聞きつつ、ハルカは話を続ける。
二人ともエニシとの別れが寂しくてイライラしてるんですよ、とは言いづらい。
「あー……、ほら、エニシさんと別れるのって寂しいじゃないですか」
「まぁな。でも旅してたらそんなもんだろ。イースともまた会えたし、あちこちに知り合いいるし、それに仲間じゃなくなるわけじゃねぇだろ」
「はい、それはもちろん」
「これまでだって俺たち旅に出てる間は別行動してることもあったしよ。ナギに乗せてもらって飛んできゃ、精々十日くらいだ。寂しくなったら会いに行きゃいいだろ。今からそんなこと考えてもな」
カーミラもハルカも、とても大人なアルベルトの言葉を聞いて、思わずまじまじとその顔を見てしまう。
仲間内ではかなり年下のイメージが強かったアルベルトだが、改めてこう見てみればすっかり立派な青年であった。
「なんだよ?」
「いや、アルはしっかりしているな、と」
「そうだろ。俺結構しっかりしてんだよ」
アルベルトは何を褒められたかよく分かっていないようだが、珍しい褒め言葉を喜んでいるようだった。
なんだかいつものアルベルトらしくて、これはこれでホッとするハルカである。
さて、互いに体力が化け物のようにあるものだから手合わせは続き、やがてヤジが飛ぶほどに大騒ぎとなったところで、宿の窓から目を覚ましたエニシたちも顔を覗かせた。
「そろそろ、朝ごはんにしましょうか」
目がほとんど閉じたままのモンタナまで身を乗り出したところで、ハルカは二人に声をかける。すると、直前まで目まぐるしい攻防を繰り返していた二人が、ピタリと動きを止めた。
「飯か」
タゴスがそう言って武器をしまえば、レジーナも渋々武器を収める。
互いに怪我無く、多少はすっきりとした顔になっていた。
やはりもやもやした時には運動が効果的なのだなぁと、ハルカは呑気なことを考える。
「俺の番は? 折角出てきたのに」
「朝ごはんの後にしましょうね」
ハルカにさらりと流されたアルベルトは、そのままレジーナとタゴスに文句を言いに行く。
「なんでだよ、お前ら朝から手合わせ長いんだよ、ずるい」
「うるせぇ」
「早起きしろ」
二人とも一言でアルベルトの言葉を却下すると、さっさと宿の中に戻っていく。
「なんだよ、ちょっとくらい手合わせしてもいいじゃんかよ」
さっきまでちょっと大人っぽく見えていたアルベルトは、子供のようにぶつぶつと文句を言いながら、宿の中へと戻っていくのであった。





