言祝彩華の戦略
その晩から翌昼過ぎにかけて、エニシは巫女たちそれぞれと話す時間を作った。
ハルカたちが交代で休みながらその様子を見守る中、エニシは眠ることもなく、一晩かけてしっかりと話したいという者全員と向き合ってみせた。
それからしっかりと半日ほど休み、エニシは続いて、サイカとじっくり今後のことについて話し合う時間を設けた。
「……どうしてもですか」
「どうしてもだ」
「酷い死に方をするかもしれません」
「それでもだ。死ぬつもりはないが」
「……馬鹿ですね、エニシ様は」
「どうやらそうらしい」
随分と長い問答の果てに、エニシが決意を翻さないことをようやく悟ったサイカは、深く深くため息をついて開き直っているエニシに向き合う。
「…………実は、私の考えに賛同してくれている巫女の一部を南方に派遣して、勢力を作らせています」
「な、なんだと? この短い間にか!?」
気まずそうに話すのは、サイカがこれが争いの火種になりかねないことを知っているからだ。それでもサイカは、戻ってきたエニシのこれからの活動を考えて、仕方なく暴露している。
「…………実は、私は元々南方にある天突山の天狗族と縁があって、かわいがっていただいていたのです。私が大きくなるまで巫女として献上されなかったのも、幼い時分に天狗に育てられたからです。それ以来の付き合いがあったのですが、国が敗れたことでここへ送られてきました」
「それでなぜ外に勢力を……?」
ここからがまた、エニシの考えとは相反する部分で、話したくなかった理由だ。
「……確かに巫女の能力は優秀ではありますが、もし他国を敵に回して戦うとなれば、その土台を支えるべき民が必要です。食料、運搬、伝令、前線の膠着状態を作るための兵士……。その基礎的な部分を固めるために、天突山北側の土地を天狗たちから預かって、少しずつ広げています」
「なるほど……、本格的に自衛のための戦について考えておったというわけか」
「私は、今でもエニシ様の言うような平和が訪れるとは思っておりません。……神龍様が目覚めた今、確かに領土の確保まではやりすぎだったかもしれませんが……」
実際、神龍が眠り続けていた場合、他国勢力が本気で〈神龍島〉を落としに来た場合、防衛が間に合わない可能性だってある。どんな時でも島を守れるようにと考えて行動したサイカの考えを安易に非難するわけにはいかない。
ただ、もしこの行動が外の勢力に漏れた場合、〈神龍島〉と他勢力との戦の引き金にもなり得るけれど。
「そういえば主の滅びた国は、天突山の南側に面しておったな……。しかし……、天狗と言えば人に嫌気がさして、あの山に引き籠っているはずだろう?」
「縁のある私の国が亡びる時、天狗たちは手を貸してくれませんでした。天狗はもう人の争いには加担しないと。しかし、私を見捨てたという罪悪感のようなものはあったようです。ですから、人と争うわけでもなし、土地を借りるくらいはかまわないだろうと、付け込ませていただきました」
「なかなか策略家でござるなぁ……。しかし天突山の北側と言えば、岩がゴロゴロと転がる痩せた土地。その上、山脈に囲まれたなだらかな坂道のような盆地と聞くでござる。人が暮らすに適した場所とは思えぬが……?」
リョーガが感心しながら口を挟むと、サイカは静かに首を横に振る。
「私の暮らしていた場所の領民の一部も移住しております。天突山に逃げ込んできて、天狗たちも扱いに困っていたのを、殺したことにして移住させてもらいました。確かに暮らすには適しませんが、天狗からの恵みを受けながらであれば、細々と生きていくくらいはできたようです。そこに、巫女を派遣しました。土地を豊かにできる者、植物の生育を助ける者など、必要な能力を持っている者たちを」
「理にかなってるでござる」
「だからこそなおさら、ホノカ様やミズホ様にはご協力いただきたかったのですが……」
能力を知らないハルカたちにはわからないことだが、エニシが納得していることから、どうやらホノカやミズホがその土地に有効な能力を持っている者だと分かる。
パターンとしては、獣人の国〈フェフト〉の王である、ロルドに近い能力でも持っているのかもしれない。
「ただ、開拓しすぎると、いずれはその土地を狙った侍がやってくるということもあり得るでござるな」
「……それは、その通りです」
結局のところ争いの火種になる可能性はあるということだ。
サイカが静かに目をそらしたところで、話を聞いていたエニシは「うむ」と言って手をポンと叩く。
「しかしそれならば、天狗との交渉の余地はありそうだ。サイカよ、紹介状を書いてもらえぬか?」
「……どういうことです?」
「天狗は人が絶えることなく争い、裏切るのを嫌って山にこもったと聞く。我は平和を求める者なのだから、話をする余地くらいあろう? 折角サイカが縁を持っているというのならば、我についてのことを十分に記した紹介状を用意してほしい。人ではなく、天狗に協力を仰ぐ。これを我の最初の目標にしてみようかと思うのだ。お主の言葉で存分に、我が夢見がちで困っていることをしたためてくれれば、あちらも我が本気だと納得してくれるのではないか? お主はお主で自分が良いと思うことをすればよい。我は我で頑張る!」
「それは……」
咎められると思っていたサイカが、戸惑って言葉に詰まったところで、エニシはさらに続ける。
「お主だって我に死んでほしいわけではなかろう? ならば我に協力してくれてもいいと思うのだ」
本当に開き直りである。
自分に力がないのだから、使えるものは何でも使う。
そんなエニシの覚悟が見えるような言葉だった。
サイカは口元を押さえて少しだけ笑った後、咳ばらいをして厳しい顔をして答える。
「わかりました。エニシ様がいかに現実が見えずに勝手なことばかり言って困っているかを書いて、ここからお発ちになるまでに準備しておきます」
「うむ、恩に着る」
二人はそれからも今後のこと、これまでのことを、行ったり来たりしながら様々なことを語り合う。
ただどうやら、互いにより良い未来のために手を取り合うつもりであることは間違いないようであった。
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