エニシの決断
ハルカたちはエニシの言うままに、〈奥宮〉を出た。
そうして前にハルカたちが、サイカとの面会の時に待合室として使った、外にせり出た部屋まで戻ってくる。
すっかり夜も更けているが、月がきれいに出ているお陰で、窓からは〈神龍島〉の美しい景色を望むことができた。
ぞろぞろとやってきて皆が椅子に座ったが、エニシは何から話すべきかと黙ったままであった。
「んで、なんだよ」
そんなエニシに、頬杖をついたアルベルトが問いかける。
何か話があるなら話せばいい、くらいのつもりで発せられた言葉だが、関係を知らぬ者が見れば、脅しをかけているようにも見えることだろう。
アルベルトもすっかり体が大きくなって、貫禄が出てきたものである。
「……世話になっているというのに、随分と先走った話をしてしまったなと」
「そうか?」
「ほれ、元々は巫女を連れて大陸へ戻るつもりだっただろう?」
「まぁな。でもお前、元はと言えばこの国を平和にしたかったんだろ。だったらこれでいいんじゃねぇの?」
「う、うむ、そう言われると……その通りなのだが……」
今ここにいる者は皆、エニシがこれまで何を考えて共に過ごしてきたのかを知っている。
アルベルトが言うように、エニシは最初からずっと【神龍国朧】へ戻り、国に平和をもたらすことを考えていたのだ。
それが巫女総代に戻るのか、あるいは、巫女を助けて別の角度から挑戦してみるかという違いがあっただけだ。
今回の件で、〈神龍島〉の巫女が無事で安全であると分かった以上、自分のできる最も良いやり方で国に平和をもたらそうとするのは当たり前のことである。
「アル、それはみんな分かってんの。そうじゃなくてさ、この国に残るってことは、エニシさんは一緒に帰らない、ってことでしょー」
「だから、そりゃそうだろって。別に俺たちに断らなくても……」
「急な話で寂しいじゃん、って話してんの」
コリンに言われて、アルベルトは黙り込む。
それからやや不満そうな表情をしながらも、「まぁな」と答えた。
アルベルトだって、当たり前のように近くにいた者が去っていくのは寂しいに決まっているのだ。
そんなことよりもやるべきことを優先するのだから、頑張ればいい、と送り出してやっているだけである。
意地悪をしているわけではなく、ただの接し方の違いだ。
「……本当に大丈夫かしら? エニシちゃん、行成さんじゃなくてライゾウさんを頼るつもりなんでしょう?」
不安を口にしたのは、いつもエニシを構ってやっていたカーミラだ。
暴力的な雰囲気を得意としない彼女は、ライゾウに対しては多少苦手意識がある。
「……今他国といがみ合っても土地を維持しやすいのは〈御豪泊〉の方であるし、彼らはもとより我の志に賛同して立ち上がってきた者たちだ。〈北禅国〉とも連携を取って頼らせてもらいたいと考えておるが……」
「戦を前提に考えてるってこと?」
イーストンが目を細めて尋ねると、エニシは慌てて首を横に振った。
「いや、そうではない。〈御豪泊〉の戦歴であれば、攻めにくい、と思うのだ。主な敵国は西園国。今回ハルカが戦った件と、神龍様の復活の件で、家老のマガネ殿とは交渉の余地ができたと考えておる。こちらさえ抑えられれば、他国へ交渉の手を伸ばす時間を稼ぐことができるはずだ」
「なるほど、一応考えてるんだ。もし何も考えなしで、勢いで言ってるなら、大陸に戻った方がいいんじゃないかと思ったんだけどね」
「我が頼りないばかりに厳しい意見を言わせてしまったか……」
エニシに質問の意図を察されて、イーストンは肩をすくめて口を閉ざす。
まるで可能性のないことに挑戦しようとしている友人を、むざむざと見捨てるつもりがなかっただけだ。
「今が好機なのだ。神龍様は自らが関わっても良いことがない、とおっしゃっていたが、今回の件で各国の重鎮の多くが動揺している。神龍様がお姿を見せ、話をするようになったことは、これから先【神龍国朧】全土に広がっていくことだろう。そうなった時こそ、全力で交渉の手を広げる必要がある。勝手に皆のもとを離れるのを決めたのも、絶対にこの好機を逃すわけにいかぬからだ」
「……そうですか…………。確かに、そうかもしれませんね……」
力強く語るエニシに対して、元気のない返答をしてしまったのはハルカであった。
エニシは優しい理想主義者だ。他人のために自分を犠牲にしそうなところがあるし、自分の目が届かないところで危険な場所へ身を乗り出していくのは、どうしたって心配である。
では、【神龍国朧】全土の統一まで一緒にこちらにとどまっていられるかといえば、そうもいかない。ハルカには他にも守るべきものが山ほどあるのだ。
「……拙者がエニシ殿を守るよう努めるでござるよ。少し早いが、拙者も〈御豪泊〉へ戻ることにするでござる。これで少しは安心してもらえぬでござるか、ハルカ殿」
「……いいのですか?」
「十分、大陸を見回ったでござる。それに、これから先はハルカ殿が〈御豪泊〉へ遊びに来てくだされば、そのままふらりと旅に行くことだってできるでござるからなぁ。おお、なんと楽しみが増えてしまったでござるよ。お得でござる」
リョーガは胸をとんと叩いてから、ハルカの心配を軽減させようと、少しばかりお道化てそう言ってみせた。
「……エニシさん、出会った時より随分強くなったですよ。初めの頃、迷ってばっかりだったですけど、最近は見た目ほど気持ちが揺れてないです」
「そうか? モンタナにそう言われるとなんだか照れくさいが……」
ハルカの腕をポンと叩いてモンタナが言うと、良い部分だけを聞き取ったエニシがへらへらと笑う。
これだけ皆が応援しているのだから、どうにかして前向きに送り出さなければ、とハルカも一度深呼吸して表情を引き締める。
このチームのまとめ役は一応ハルカなのだ。
しっかりとした言葉と態度で、エニシのことを送り出してやらねばならなかった。





