ヴィレンプトマァレは人と関わる
今の発言にはどんな意図があったのかと、侍たちは考える。
もしや全国統一を果たさずとも、本人さえ強ければ認めてもらえるのではないか、と考える者もいれば、統一があまりにも遅いから、もはや願いなど叶える気はないのでは、と考える者もいた。
「それはつまり……、神龍様にいつ挑んでもいいってことでござるか!?」
素直な言葉を口にしたのは、やはり空気を読めない命知らずの若者だった。
頼むから黙ってくれと言わんばかりに、お付きの者が掴みかかっていたが、若者はそれでも前のめりに吠える。
アルベルトは遠くでその若者を見ながら少しばかり親近感を抱く。
『我は戦いは好まぬ。戦うことに何の意味がある』
「神龍様に勝てば、願いは思いのままと聞いているでござる!」
『我に勝つほどの者に、叶えられぬ願いがあるのか?』
きわめて当たり前の返答であった。
ヴィレンプトマァレは自身がこの世界でも超越した存在の一角であることを理解している。それを負かすような実力者となると、自分でできないことの方が少ないはずだ。
この土地、人材共に豊かな【朧】全土を支配した上で、人が想像しうる願いの中で、叶わぬものなどないのではと思うのだ。
精々あるとするのならば、不老不死だとか、そういったものになるのだろうが、それに関してはヴィレンプトマァレが何とかできる問題ではない。
ちなみに真竜の肉を定期的に食らうことによって、寿命が劇的に延びるという、ほとんど誰も知らない裏技があるのだが、流石に人が好きなヴィレンプトマァレでも、人に食べられたいとは思っていない。
「なる……ほど……?」
勢いに任せて喋っていた若者は、納得したようなそうでないような顔をしながら、顎に手を当てて首を傾けた。その隙に一緒にいたお付きの者に引きずられて、無謀な若者は後方へ連れていかれる。
他の侍たちは黙ってヴィレンプトマァレの姿を見上げる。
本当はそれぞれが何かを問おうと考えていたのだが、先ほどの若者の姿を見て、それがあまりに恥ずかしい行為であるという認識が、集団の中に出来上がってしまったのだ。
ある意味、お付きの者に引きずられて消えていった若者の功績は大きい。
『話をしたい者がいるのならば、巫女総代との面会の際にそう伝えよ。久方ぶりに目覚めたのだ。これより先の暫し、我はお主らの言葉を聞き、問いに答えることとしよう。……サイカよ』
「はい、神龍様」
御殿から空を仰いでいたサイカが返事をする。
当然侍たちはそちらを見たし、そこにいるハルカやエニシたちの姿も見ることになった。
『これより、望むものには再び面会の機会を与えよ。我と話をしたい者は、我の下へ通してよい』
「しかと承りました」
サイカが膝をついて答えると、ヴィレンプトマァレは再び侍たちを見下ろす。
我ながら責任を取る形でうまくやったのではないか、と本竜は思っていたけれど、視線を向けられたハルカたちからすればあまりよろしくない展開である。
見られたくないのならばそんなところに顔を出さなければよかっただけの話なのだが、事前に打ち合わせもしていなかったので仕方がない。
少なくとも侍たちが、ハルカたちの内の誰かが『神に近しい者』であると想像することは防げないだろう。特に、月明かりに照らされて銀の髪がキラキラと輝いていたハルカなど、その候補にはうってつけであったはずだ。
まぁ、ここまで巻き込まれてしまえば今更である。
ハルカとしては、この目撃譚が少しでもエニシにとって都合の良い方向に進むことを祈るばかりである。
侍たちからそれ以上言葉が飛んでくることはなかった。
ヴィレンプトマァレは、これからの毎日のことを考えると少しばかり気が重かった。
『面会は日を改め、明日以降とせよ。予定を守らぬ者には会わぬ』
ヴィレンプトマァレは最後まで威厳を保ちつつ、空を泳ぎ、そのまま頭からざぶりと海の中へと戻っていく。
久方ぶりにまた人と関わるための、諦めと覚悟を固めながら、ヴィレンプトマァレは海の中でたくさんの気泡を発生させるのであった。
話が終わったところでハルカたちもさっさと〈奥宮〉へと引っ込むことにする。
侍たちの相手は、運の悪い今日の担当巫女が引き継いでくれていることだろうから、そちらに任せておけばよい。
ハルカたちが、いや、エニシとサイカが今やるべきことは、今回の騒動について、巫女たちに直接話をすることである。その上で今後どうしていくのか、方針を話し合わねばならない。
〈奥宮〉のさらに奥の大広間に戻ると、そわそわしながらも数百人の巫女たちがぞろりと待っていた。
サイカは迷わずその真ん中を歩き、レジーナによって引きちぎられた御簾が除けてある、巫女総代の場所へ向かう。
ハルカたちも一応それに続いていたが、やがてエニシがどうしたものかと足を止めたところで、一緒に足を止めることになった。
一段高い場所へ上がり振り向いたサイカは、そんなエニシを見て、腰を下ろさずに口を開く。
「エニシ様もこちらへ。……皆さんも自由にお過ごしください」
ここに至っても堂々と腕を組んだままエニシとサイカの近くに仁王立ちしたレジーナは、圧倒的に空気が読めていなかったけれど、もちろん巫女たちは誰一人注意なんかできない。
目を合わせただけで襲い掛かられそうな目つきをしているので仕方がないことだ。
ハルカも注意した方がいいのかなと、少し考えたのだが、結局そのままそっとしておくことにした。
何せレジーナは、仲間と認めたエニシを守るためにあそこに立って警戒をしているのである。この場にはそぐわない行動ではあるが、なんと説得するのが正しいのかハルカには分からなかった。
だからハルカもまた、諦めてあまり離れていない場所の壁際に陣取り、巫女たちの話を見守ることにするのであった。





