朧
侍たちは空を見上げる。
空には先ほどまで雲がかかっていたが、ヴィレンプトマァレが姿を現した瞬間に、まさに雲散霧消。
空に浮かぶ丸い月は、その雄々しい姿を煌々と照らすためだけに全力を尽くしているようだった。
地上には、細長いヴィレンプトマァレの体の隙間から漏れた月光だけが降り注ぐ。
空に浮かんだヴィレンプトマァレは侍たちが集まっている姿を確認すると、何を話すべきかとそこでもまだうだうだと悩んでいた。ヴィレンプトマァレは見た目の雄々しさとは違って、大変繊細な性格をしており、いつだって何が正しかったのかと後悔しながら生きてきた。
今の判断も、きっと未来のどこかで後悔するのだろうなと思いつつ、しばしそのまま思考を続ける。
何も思いつかなかったのではなく、とりあえずハルカたちの姿が見えるまでは待っていようと決めたのだ。やるべきことを先延ばしにしているだけだが、今回の場合は理由があるので時間を無駄に使う言い訳にはなる。
ヴィレンプトマァレが現れてから、侍たちは騒ぐのをやめて一斉に空を見上げた。
彼らは決して仲が良いわけではないが、今は圧倒的な存在である神龍を前にして、その生物としての強さに圧倒されていた。
誰もが初めて見る神龍の姿である。
実物を見て初めて、伝え聞いた姿が、大げさではなかったことを思い知る。
ほとんどの侍がヴィレンプトマァレの言葉を待っているが、なかなか何も聞こえてこない。もしや何かこちらから話しかけなければならないのではないか、侍たちはそんなことを考え始めていた。
「いやぁ、こりゃあすげぇものを拝むことができたぜ……」
呟いたのはライゾウだ。
間違いなくハルカたちが何かやったと分かっているが、まさか神龍の姿を拝むことになるとは思ってもみない。
連れの二人が同意する中、随分と落ち着いた様子で空を見上げているのは、〈北禅国〉の面々だ。行成も、茂木老人も、そしてお付きの兵士や、金棒を持った鬼までもがすまし顔である。
「なんだ、驚かねぇのか?」
「ハルカさんたちのやることですから」
ライゾウの問いかけに苦笑しながら答えたのは行成だ。
竜に乗って空を飛び、他の真竜や大国の女王にまで会わせてもらっている。
恩を返すにはあまりに大きな相手だとプレッシャーを感じることはあるが、真竜が姿を現したことが凶兆とは全く思わない。
行成のハルカに対しての信頼は、命の恩人であるということを考慮した上でも、少々度が過ぎたものであった。
「あれは人じゃない何かだからな」
ぼそっと呟いたのは、護衛としてついてきていた元マグナス配下の女性だ。
手合わせをしたからこそわかる恐ろしさ。
竜に乗り、城を破壊し、地の果て海の果てまで追いかけて主人を仕留めた、恐ろしい化け物だ。もはやハルカ相手に戦う気力もないが、減らず口を叩く程度には心が回復したらしい。
「あまり失礼なことを申すな」
「申し訳ございません」
行成に注意された女性は、素直に謝ったが、言葉を撤回するつもりはなかった。
それに、行成もいい意味で人ではない何かであるということについては同意である。
「そう言われると、段々そんな気がしてきたぜ……」
同じくハルカの力の片鱗を見たライゾウが嘯いていると、足音を殺しながら一人の男がライゾウの近くへ寄ってきた。
「……ホオズキ殿」
「なんだよ」
こそりと話しかけてきたのは、サイオン家の家老であるマガネであった。
ライゾウと共にハルカと戦いを繰り広げ、ハルカにおぼれさせられた侍である。
「声の中に、『神に近しい者』という言葉があっただろう」
「あったな」
「あれはもしや、ハルカ殿のことではないかと思うのだ。あれほどの妙な術を使う者を儂は見たことがない。だとすれば儂らはとんでもない相手に……」
どうやら信心深い男であるらしい。
本気で悩んでいるような表情に、ライゾウは思わず笑ってしまった。
もしそうだったとしても、ハルカが罰を与えるような何かには思えなかったからだ。
「何がおかしいのだ」
「いや、別に」
そんなやり取りをしていると、空に浮かんでいた神龍が体をうねらせた。
『……【朧】の民よ。今宵は我が朋が塒を訪れたゆえ、少しばかり言葉を交わした。主らには関係のない話だ。これを機に御殿へ入り込もうなど、努々思うことなかれ』
短く、そして端的に理由を述べたヴィレンプトマァレは、そのまま立ち去れば良いものを、じっと侍たちの反応を窺う。話しかけたのだから返事を待つのが礼儀である、くらいに思っているのだ。
侍たちはしばしざわついていたが、やがてどうやら神龍が自分たちの言葉を待っているらしいぞと気が付いたようだった。
そのうちの一人が声を上げる。
「神龍様! 拙者はいずれ、全ての国をまとめ、再びまみえに参るぞ!」
小さな国の、ちょっとした若い領主が空気を読まずに声を張り上げる。
周囲にいた大小の領主たちが一斉にぎろりと若者を睨みつけ、付き添いの者は自分の主がとんでもないことを言ってしまったと体を震わせる。
そんな若者領主に対して、ヴィレンプトマァレは律義に返事をしてやる。
『我はこれより、この島の山と空で暮らす。すべての国をまとめずとも、この島へやってくれば、再びまみえることは叶おう』
久々に目を覚ましたし、もはや封印されてないのもばれてしまったし、外で暮らそうという、ヴィレンプトマァレからすれば当たり前の考えであった。
しかし、それを聞いた侍たちはにわかにざわついた。





