堂々侵攻〈奥宮〉
「今ですか……」
ハルカが呟いた時には、こちらを見ていたはずの巫女も動揺して辺りをきょろきょろと見まわしている。突然知らない大きな声で『誰だ』なんて言われれば動揺するのは仕方のないことだ。
突然知らない集団が夜に空を飛んでやって来たかと思えば、今度は大声である。
今日が見張り当番であったことが不運であったとしか言いようがない。
「……一応返事してみたら? 聞いてるかもしれないし」
「私がですよね?」
「うん」
誰もが困惑している中、イーストンが提案をしてくる。
どうしたらいいかなんて誰にも分からないので、やってみるほかないだろう。
「すみません、聞こえますでしょうか?」
少し大きな声で返事をしてみるハルカ。
しかし、数秒待ってもシンとしているだけで、返事などもちろんない。
やや遅れて、地面が揺れ、再び声が響く。
『巫女よ、道を空けよ。その者を我のもとまで通せ』
「聞こえているのなら、聞こえていると返事をしてもらえませんか?」
話が通じていそうな気がしたので、もう一度話しかけてみたハルカであったが、しばらく待ってもやはり返事はなかった。
たまたま返事のように聞こえただけで、やはり通信は一方通行のようだ。
「……神龍様のもとへは、どうやって行くんでしたっけ?」
「サイカが使っている部屋からのはずだが……。これは……、神龍様なのか……? ハルカが来たことで目を覚ました……?」
同じく元は巫女総代であったエニシも困惑しているようだ。
エニシも、神龍の姿を見たことはあってもずっと眠っているばかりだったのだ。
ハルカがいかに規格外と言えど、本当にやって来ただけでこんな反応をされるのは予想外である。
「呼んでんだから行けよ」
レジーナが顎をしゃくって正面を示す。
こんな超常的な現象を引き起こすのはきっと神龍に違いない、と思い至ったのであろう巫女が、玄関先で腰を抜かして震えている。
するすると空を飛んだまま寄っていくと、「あわわわ」と口に出して動揺しているので、ハルカはかわいそうになってそのままスルーして中へ入りこむことにした。
元々鴬張りの廊下で音を立てぬために、障壁に乗って移動しようとか、先頭にカーミラを置いて、見かけた人からできる限り魅了してもらって、問題を起こさず通り過ぎようとか、色々と作戦を立てていたのだが一切無駄になってしまった。
長い廊下の左右にある障子からは、たくさんの巫女が動揺して顔を出している。
ハルカたちは障壁から降りて、廊下をまっすぐに奥へと向かっていく。
一度やって来たハルカはサイカの居場所が分かっているし、分からなくなればエニシを頼ればいいだけだ。
一行は巫女たちへの警戒を怠らなかったが、巫女たちの方は仕掛けてくるどころか、先ほどの声とハルカたちの存在を結びつけたようで、恐れて部屋に引っ込んでしまう始末だった。
拍子抜けと言えば拍子抜けだが、余計な争いをしなくて済むのは助かる。
廊下の奥までたどり着くと、薙刀を構えた巫女たちがハルカの前に立ちふさがった。
「ここを通すわけには参りませぬ」
狭い廊下で長物を構えて戦えるのだろうか、という純粋な疑問を抱いたハルカ。
一瞬足を止めた隙に、ハルカの肩を掴んで横にずらし、レジーナが前に出て、それから立ち止まって一つ舌打ちをした。
「雑魚が、どけ」
舌打ちの原因は、相手の巫女があまりに弱そうに見えたためだ。
レジーナの見立てによれば、身体強化をして歩いているだけで、何をされても無視して通り抜けられる程度には弱そうだ。
その上足を震わせられては戦う気にもなりやしない。
「先ほどの声が聞こえたのならば、どいていただけませんか?」
穏便に済ませられないかと、ハルカが言っても、巫女たちは意外なほどに頑強にその場を退こうとしない。これで意外とサイカは人望があるのかと思ったところで、後ろから足音がしてハルカは振り返る。
「道を空けなさい……。先ほどの言葉は、神龍様の言葉。永い眠りから目覚められたようです……」
しわがれた声でそう告げたのは、巫女の服をまとった一人の老婆であった。
振り返ったエニシが驚いて声を上げる。
「ち、チヅル……!」
「……その声は、エニシですか。大層な騒ぎを持ち込んでくれましたね」
「それは……、し、しかし、我は仲間たちを助けなければならぬのだ。チヅルとて、サイカが何をしたか……!」
「エニシ、お言葉を慎むように……。エニシも、サイカも、あまりに勝手が過ぎる……。ここは〈神龍島〉。我らは神龍様の巫女。己の野望を満たすための場所では……」
「婆さん、急いでんだから説教は後にしてくれ。おい、お前らも道空けろ、おら、空けろ空けろ」
アルベルトが呆れた顔をしてチヅルの言葉を遮り、抜き放っていた大剣をちょいちょいと動かして、巫女たちに道を空けるように促す。
「そ……、その剣は……! いつだかこの島に乗り込んできた、あの男が持っていた……! さては、神龍様はお主の気配を察して……!」
アルベルトが持っている武器は貪狼。
もしチヅルがとてもとても長生きなのだとすれば、以前クダンが島に乗り込んできていた時のことを覚えていてもおかしくはない。
「いや、ちげぇけど。何言ってんだお前。おら、どけどけ」
アルベルトはバッサリとチヅルの言葉を切り捨てて、巫女たちの間を堂々と歩いて抜けていく。
チヅルはあまりの無礼にぽかんと口を開けていたが、ハルカたちも今はそれどころではないということで、道を切り開いてくれたアルベルトの後に続くのであった。





