個々の能力
エニシはそのまま膝で歩いて日隠に近寄りながら話す。
「日隠は……、いわゆる気配を断つ能力を持っている。音を発さず、空気の流れを乱さずに動くことができるのだ。昔から目立たぬ子であったが、主張が少ないゆえに水穂は気にかけていた」
エニシはそのまま日隠の手を取ると、面を上げさせてから抱きしめる。
「お主もまた、無事でよかった。気の弱い子だから、生き残っても苦労しているのではないかと思っていたのだ……」
日隠はぽかんとした顔で口を開けていたが、しばらくしてから小さく呟く。
「縁、さま……?」
「すまぬ、苦労を掛けた。本当にすまぬ……」
今の日隠は、カーミラの魅了にかかっている状態だ。
滅多なことはないはずだが、詳しい状態が分からぬリョーガや茂木は警戒し、刀の柄に手をかけている。
日隠が妙な動きをすればすぐに切り捨てるつもりだ。
しかしその心配は杞憂であったようだった。
日隠は相手がエニシであると気が付いたとたん、表情が緩み、ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。
「エニシ様……、夢でしょうか……。生きていらっしゃったのですね……。ずっとずっと、エニシ様は、悪いことをして、神龍様に殺されてしまったのだと聞いていました……。ずっと信じられずにいましたが、やっぱり嘘だったのですね……」
エニシが神龍島で命を落としかけた一件についての詳細は、今の巫女総代である彩華の仲間たちと、エニシに味方した一部の巫女しか知らないことだ。エニシに味方した巫女たちが捕まったり殺されたりして、表に残ったのがサイカの仲間だけとなれば、悪い噂など流し放題である。
「すまぬな日隠。頼りになる仲間に力を貸してもらい、皆を助けに来た。もうサイカの言うことを聞く必要などない。これまであったこと、御殿でのことを教えてはもらえぬか……?」
「はい……、もちろんです」
モンタナが日隠を捕まえた時はどうなることかと思っていたハルカであったが、むしろ御殿内の情報を得る良いきっかけになったようで安心する。
そんなハルカとは裏腹に、難しい顔をした茂木が首を少し捻りながら述べる。
「丸く収まったようですが……、これはつまり、この滞在するための街にも、サイカ様の耳目が配されている、ということに他なりませんな。より慎重に行動する必要があるでしょう」
「話を聞くと言っても、その、日隠殿はここでの女中の仕事もあるのでござろう? あまりのんびりしているわけにはいかぬのでは?」
続けてリョーガが日隠の今の状態についての心配をする。
自由の利かない状態でいつまでもここに留め置いては良くないが、かといって無罪放免で放り出すのもどうかという懸念があるのだろう。
こういった取り調べだとかの頭を使う話になると、どうもハルカ含め冒険者達にはやや不向きだ。コリンやモンタナはかなり気が利く方であるが、それでもここが異郷の地であることもあって、文化にはなじみがなく、やや瞬発的な判断力には欠ける。
暴力的なこととなれば、【神龍国朧】の侍に負けぬくらいの瞬発力があるのだが、どうにもこの辺りは適材適所といった感じだ。
「はい……。ほぼ全ての宿に巫女が一人は配置されているかと思います。それから私たち巫女は、普通の女中の仕事は免除されておりますので、ある程度自由が利きます。情報を集めさえすれば良いのです……」
「ふぅん。でもあれだね、やっぱりサイカって巫女は、御殿から外のことは聞くつもりないんだね」
コリンが納得して頷く。
実はこの島に来る前に、ハルカたちはエニシから、知っている限りの巫女の能力について聞き出してきたのだ。その中で聞いているサイカの能力は、いわゆる『地獄耳』。
一定範囲内での言葉を自由に聞き分ける能力を持っているのだそうだ。
エニシが言っていた、御殿の内部を見通せる力を持った巫女に、対を為す存在であると考えると分かりやすい。
とはいえ酷く集中力を使うものであるから、ここぞという時にしか使わないそうだ。それでも、少なくとも御殿への潜入がばれれば、耳をそばだてられるのは覚悟しなければならない。
逆に、この辺りに巫女を配置して情報収集していることを考えると、自ら街へ耳をそばだてるようなことはしていないだろうと推測できる。
巫女の能力は様々だ。
その中でも役に立つ能力はそれほどたくさんないのだが、エニシにはそのうちの誰が敵側にまわっているのかもわからない。
エニシはハルカたちに知っているだけの能力を説明したのだが、いちいちすべてを警戒して行動するというのも難しい。
「報告はいつするです?」
「週に一度、まとめて行います。直近ですと三日後になります……」
モンタナが尋ねると、日隠は少しばかり怯えながら返事をする。
小さくて可愛らしい見た目をしているが、先ほど捕まった際に、思いのほか力が強いことを知っているので怖いのだろう。
「そうすると……、今晩には情報を聞いて、明日か明後日には動きだしたいね。街をうろついた情報とかを上げられて、警戒されても困るし」
イーストンが暗くなった外を眺めながら意見を述べる。
〈西園国〉の面々は、自分たち用の屋敷を持っている、と言っていたが、ライゾウに関しては宿を移す、と言っていた。
なぜ中途半端な時期に宿を移すのかと、怪しまれて探りを入れられれば、ぼろが出てしまうことだってあり得る。
それにライゾウ同様に、エニシが外を歩いている姿を見て、『まさか』と察する巫女がいたっておかしくないだろう。まぁ、かなり可能性は低いだろうけれど。
ライゾウのせいではない部分もあるのだが、なんだかライゾウには迷惑をかけられてばかりいるような気がしてくるイーストンである。
「結構、急がなければいけませんね」
ハルカが頷いて同意する。
どうやら、場合によっては行成がサイカに挨拶をする前に事を起こすことになりそうであった。





