島と世界の歴史の話
「神様はきっといるのだろうね。そしてなんとなくこの世界を見守っている。もしハルカさんに神様が会おうとしているのであれば、そんな話をしたいのだと思う。もしかすると、〈混沌領〉をよろしく頼む、とか、そんな話かもしれないね。なにせ私の時も、島への移住を決めてから、人々を島に移住させてくれと言いに来たのだから」
「確かにありそうな話ですね……。あの、ゼスト様は話を聞く限り、なんというか、軽い感じの口調で話されるようなのですが、オラクル様はどうでしたか?」
「丁寧な話し方だったね。所作も優雅だったように思う」
「そうなんですね……」
どうやら随分と性格には差があるようだ。
しかしやっていることはどちらも、この世界の人たちが絶滅しないように保護しようという活動である。真竜に頼んで環境を整えてみたり、わざわざ手を差し伸べてきたり、意外とよく活動しているようだ。
「はーい、【夜光国】には、テネブさん以外の吸血鬼もいるんですよね?」
「うん、一応いるよ。山の上で竜たちと暮らしているのが二人。城に三人。皆私の親戚であることを考えると、やはり吸血鬼の王たる血筋は、長生きをするのに向いた性格をしているのかもしれないね」
コリンが問いかけると、テネブはしみじみとしながら答える。
長生きをする可能性が高いハルカは、彼らにそのコツでも聞いておくべきだろう。
「皆千歳を超えているということですよね?」
「そうだね。私が移住するのに合わせて、親戚から預かった子たちだ。ちょうど千と少しくらいの年齢じゃないかな? もしかするとこの島に暮らすのが当たり前で、特に外の世界に出たいとも思わないのかもしれないね」
「なんか、他人事って感じだな」
アルベルトが感じたことをそのまま口に出すと、テネブは楽しそうに笑った。
「そんなつもりはなかったなぁ。しかし千年も一緒に暮らしていると、なんとなく互いに元気にしているのが当たり前になってしまってね。いざ話せば仲がいいのだが、互いに干渉することも少なくなるものなんだ」
「そんなもんか?」
「私たちはそうだね」
アルベルトが今一つぴんと来ない顔で首をかしげていると、今度はモンタナが尋ねる。
「さっき、島守るのが大変って言ってたですけど……、千年生きた吸血鬼がそれだけいたらすごく強い戦力だと思うです」
「なるほど、能力としてはそうだね。しかし先に言った通り、彼らは若い時分にこの島に来てそれきりだ。剣術の習いがある者もいるし、一流の腕は持っているのだが、実戦はしたことがない」
「僕に剣術を教えてくれた人たちの師匠ね」
「じゃあ強いだろ」
イーストンが口を挟むと、アルベルトが当たり前のように答える。
強いイーストンの師匠の師匠なんて弱いはずがない。
「それが複雑でね。剣術を修めた吸血鬼が一人いたのだが、生きることに飽いて数百年前に死んでしまったんだよ。その吸血鬼が残した技術を、彼らが受け継いでより洗練させた。だが、彼らはそれを実戦で使いたいわけではない。技術を研ぎ澄ますことが楽しいのだろうね。いわば……、園芸のような趣味と変わらない」
「わっかんねぇなぁ……」
「話を聞く限り、確かに君たちには理解が難しいと思う」
テネブは、アルベルトの反応を否定するわけでもなく、さりとて吸血鬼たちの趣味の否定もしなかった。それだけ別物だということなのだろう。
「しかしこの島には一応、近衛兵士を名乗って島を守るために鍛えてくれている者たちがいてね。彼らはその吸血鬼に剣を学び、それで互いに切磋琢磨している。覚悟の問題で、命のやり取りならば近衛兵士の方が強いだろうね。そしてなんだかんだ言って、今は外の世界で実際に戦ってきたイーストンが、私を除いた誰よりも強い、ということになる」
「複雑な話ですね……」
戦いの勝敗が技術だけで決まるものではないというのは、ハルカもなんとなく理解している。テネブの話は説得力があったが、島の長い歴史と吸血鬼の寿命が、全てをややこしくしていた。
話が一段落して、皆が自然と飲み物を口にしたところで、テネブが「そうだ」と思い出したように口を開く。
「たしか途中で【はみ出し会】の話をしていたね」
【はみ出し会】というのは、千年前の当時、様々な種族が集まって革新的な発明を目指して実験を繰り返していた集団だ。魔素をエネルギーとして貯蔵する技術を生み出したのも彼らだった。
メンバーの中には巨釜山のブロンテスや、コボルトを引き連れて〈ノーマーシー〉を作ったジョー=ノーマがいる。
「ご存じでしたか?」
「うん、当時はかなり話題になったよ。【はみ出し会】という名は小さくしか報じられなかったけれど、革新的な技術を生み出した集団があったとね。当時は人族がとても多くてね。他の種族はどうにも肩身が狭かった。様々な発明をするのも人族の特権だったのだけれど、そうではない種族が大発見をしてしまったものだから大変だったようだ。遠方にいながらも、これはまずいことになりそうだ、とは思っていたよ」
「まずいこと、というと?」
「後に起こった戦争ももちろんのことだが、きっと彼らは利権の闇に葬られてしまうだろうな、と確信していた。案の定、気付けばエネルギーの貯蓄技術は、各国が秘密裏に研究を進めて、【はみ出し会】の名はあっという間に聞かれなくなったね」
本当に昔を思い出しながらなのだろう。
どこか遠くを見るような目でテネブは語る。
千年以上前の記憶をよくも詳細に覚えているものだ。
「父さんは気づいて止めようとは思わなかった?」
「思わなかった。もし私、いや、吸血鬼が、それをやめるように言ってみればどうなるかを想像した。彼らはきっと、力がある傲慢な吸血鬼が、人族の発展を妨げようとした、と解釈するだろうね。そうなれば私は領民を守ることが難しかった」
テネブは選んだのだ。
世界のうねりに逆らうか、逆らわずに自分の守るべきものを守るのか。
何気なく聞いたイーストンは、その判断の重さを想像して、目を伏せて黙り込んだ。





