テネブの昔話
「不思議な話ばかりだね。私が外の世界と関わらないうちに、随分と色々なものが変わったようだ。例えば魔法や身体強化。私が大陸に住んでいた頃は、魔素は物を動かすための動力として使われていた。一部特殊な者はいたけれど、ここまでその技術が当たり前ではなかったね」
「遺物、とかですよね。さっきテネブさんが使っていたランタンみたいな!」
「そうだね。魔素を取り込んで『もの』を動かしていたとすれば、その『もの』にあたる部分が人の体となったのだと考えれば然程不思議なことではないか。その過程には何かしらの影響があった、と考えるべきだろうけれど……」
イーストンが変な本を買ってくると言っていたり、大切な本に折り目をつけられたと、ぐうたら吸血鬼のゼアンを追い出しただけあって、おそらくテネブは知識に割と貪欲な方なのだろう。
話を聞きながら色々と考えていたらしい。
「話によれば戦争の後期には、アンデッドを生成する兵器なんかもあったのだろう? そういったものが何かしら、新たに生まれてくる子供たちに影響を与えたのかもしれないね」
「……なるほど、確かにそうかもしれません」
なかなか興味深い考え方だった。
学者肌のブロンテスなんかとは話が合いそうだ。
魔物が出現しやすくなったのと同じように、人間も変化をしたということなのだろう。
「それはともかくとして、そうか、ハルカさんは王なのか。そうなると互いに隣り合う国、ということになるのかな。穏やかそうな王様で助かるよ」
「ご挨拶が遅れてしまってすみません」
「いやいや、いいんだ。今回の件も、イーストンの友人が遊びに来てくれただけ、と考えているよ。友人の父親の仕事がたまたま王という立場であり、そしてハルカさんもまた王だった。それだけでいい。ハルカさんが野心的でないことは話していれば分かるよ。私たちみたいなものは、互いの守るべきものを守るだけだ。何かあれば協力していこうじゃないか」
「……ありがとうございます」
これを言えるのはきっと、互いの国が安定しており、国民に不満がないからだ。
条件が整っていないと不可能なこととはいえ、こうしていがみ合うことのない結びつきを得ることができたのは、ハルカがこれから王として生きていくための支えにもなる。
「とはいえ、【夜光国】としてできることは限られている。遭難した国民の保護や、ある程度の交易くらいだろうね。まだまだ人の国との交流を広げていくのは、正直危険だと考えている。君たちが〈混沌領〉のことを秘密にしているように、この件に関しては慎重に進めていきたいところだ」
「はい、歩調を合わせていければと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
互いに立ち上がって握手をしたところで、テネブは難しい顔をする。
「しかし、嫌な話ではあるが、戦力という面で考えれば君たちの方が大きい。それに私は島の外のことに関してはさっぱりだ。こちらが助けてもらうことも多いかもしれないね」
「おっさんって強いんだろ?」
「うん? まぁ、強いと思う。現状この世界で生きているどの吸血鬼よりも長く生きているだろうからね。しかし私一人が強くても、数が足りなければ守れないものもあるんだ。例えば、この国から【神龍国朧】に出している交易船が襲われたとする。私はそれを助けに出るわけにはいかない。その間に島が襲われては困るからね」
「なるほどな……。なんかちょっとわかった」
アルベルトが腕を組みつつ納得していると、今度はカーミラが尋ねる。
「テネブ様っておいくつなんですか……?」
「どうだったかな。少なくとも島へ移住する時点で数百年は生きていたよ。当時生きていた吸血鬼の中でも長命な方だったと思うから……、やはりわからないね」
一同はまた感心してしまった。
そうなるとテネブは、あの真竜であるヴァッツェゲラルドよりも長命ということになる。
この植物にも近いような精神性は、おそらくその長命からくるものなのだろう。
「そういえば……、テネブさんはゼスト様にお会いしたことはありませんか?」
話が終われば今度はハルカたちが質問をする番だ。
思いついたことを投げかけてみると、テネブは少し考えてから首を横に振る。
「ないね」
「そうですか……」
「しかし、オラクル様には会ったことがあるよ」
「え? ホントに?」
「うん、あるんだよ」
ハルカたちが驚いて目を丸くし、イーストンまでも言葉を疑って問い返すが、テネブはけろりとした顔で首を縦に振った。
「本人はそう名乗っていたし、それらしい威厳はあったし……、それに奇跡も見たからそうなのだろうね。戦いに巻き込まれないために、島に移住する計画を立てていたら現れてね。その計画を実行してほしいと言われた。特に異論はなかったから、私は警戒しつつそのつもりだと答えたんだ」
テネブが当たり前のように語る神との接触の話に、ハルカたちは真剣な顔で耳に傾ける。
これまでゼストと直接話したという破壊者は見てきたが、オラクルと会ったという話を聞くのはこれが初めてだ。
「本当は大型飛竜に乗ることのできる先行者たちを先に向かわせてから、数年かけて船を用意しつつ、少しずつ移住する予定だったのだけれどね。やると答えたら途端にオラクル様が協力してくださってね。民を皆集めると、そのまま空を飛んで、島に連れて行ってくれたんだ。その上この島の地形まで整備してくださった。お陰様で今でも快適に暮らせているというわけだね。神様が言うには、人が皆いなくなっては困るから、とか」
「それは、なんというか……、すごいですね」
「そうだね」
まるでノアの箱舟のような話だと、ハルカはただただそのスケールに感心しながら、当たり前の感想を漏らすことしかできなかった。





