本当はご飯が食べたい。
「あの……、そろそろ食事にしませんか?」
ハルカが口を挟んだところで、確かにそろそろか、みたいな雰囲気が広がる。
放っておくと夕暮れまで続きそうだったので勇気を出して声をかけてみて正解だった。
ハルカがほっとしていると、プエルがコリンとハルカを見て「あの!」と声を上げる。
「なにー?」
「お二人とはまだ手合わせをしていないのですが!」
「あ、私はいいよ、やらない」
おそらくこの中でプエルと一番相性がいいのがコリンだ。
ただし今回の手合わせを見る限り、プエルは中々成長が早いタイプだ。
コリンは万が一にも敵になるかもしれない相手と、気軽に手合わせをしようとは思わなかった。
「そうですか? ではハルカ殿は! とても強いとお聞きしています!」
「あ、私一応魔法使いなので……」
「そう言わず」
あれ、おかしいなと思ったのはこの時だ。
コリン相手にはあっさりと引き下がったのに、ハルカには何としても相手をしてほしそうだ。がぽっと兜を外して近づいてきたその両目はキラキラと輝いていた。
「あの、私別に、戦闘技術的に強いとか、そういうのないですよ……?」
「はい! 戦ってみたいです! みんなそろってハルカ殿が一番強いというので!」
なるほど、どこかでこっそりとアルベルトたちと喋っていたらしい。
【竜の庭】で一番強いのは誰ですか、とか聞いたのだろうか、とハルカは思う。
しかし実際は『一番強いのはアルベルト殿ですか?』と全員に聞いたというのが事実だ。
ちなみに途中でレジーナとモンタナが、あまり訓練では使わないような技を披露したのはそのせいである。
「それは力が強いとか、魔法の威力が高いとか、それだけの話ですよ?」
「はい!」
「その、それでも手合わせしたいですか?」
「はい!」
数時間ぶっ続けで戦い続けたのにまだやる気があるのは素晴らしいことだが、ハルカとしてはまったくもって困った状況である。
ハルカは自分の力を異常なものとして認識している。
力は強い、魔法も強い、そしてそれだけだ。
どうやらハルカは体を動かす感覚、いわゆる運動神経があまり良くない。
その上戦いにおける勘も中々成長しない。
悲しいことにアルベルトたちと毎日真面目に訓練をしているのに、数年たった今でも、お世辞にも格闘がうまくなったとは思えなかった。
手合わせというのは、総じて互いの技術を比べ合うものであるとハルカは思っている。ハルカができることは、訓練における舞台装置的な強い敵役であって、手合わせをすることによって、何か技術的な気付きを得られる類の敵役には向いていない。
「そこまで言うのなら……」
なんだかんだ【竜の庭】対プエルの手合わせの勝率は、プエルの方に軍配が上がってしまっている。命のやり取りは初見のみ、と考えれば、もしかすると【竜の庭】側が優勢だったのかもしれない。あるいは、殺し合いの技を使っていないから、いざとなれば、という考え方もあるが、分が悪かったのは確かだ。
一応審判の真似事をやっていたコリンは、それを特に感じている。
だからコリンは、この手合わせの最後をハルカで締めくくることには賛成だった。
見ているものがほとんどいないとはいえ、万が一にも〈オランズ〉の街にいる〈オラクル教〉の面々に、【竜の庭】が少しでも舐められたまま終わるのは良くないかなと考えるからだ。
「ハルカ、負け越し分、かっこよく取り返してね?」
コリンはハルカの肩をポンと叩き、ウィンクをして笑いかける。
何やら期待をされていることだけはしっかりと察したハルカは、イヤーカフを指先で撫でて苦笑した。
「あまり期待しないでください」
両者が前と同じような距離感で向かい合う。
「プエルさん、魔法はありー?」
「ハルカ殿は魔法使いなのだから、当然ありだ!」
「はい、じゃあ魔法もあり。ハルカはちゃんと勝ちに行くようにねー」
コリンは最低限の確認だけ済ませると、「はじめー」と言って下がっていく。
アルベルトたちもどんな風に戦うのかと座って見学だ。
コリンの掛け声とともに走りだしたプエルは、すぐに不可視の壁に衝突して足を止めることになる。横移動をしてもそれは続いており、通り抜けるためには壁を破壊する必要が出てきた。
「障壁、の魔法ですね!」
プエルがランスを後ろに引き絞ったところで、その背後に音もなく岩が出現。
人の頭部ほどの大きさのある岩は、風を切る音を立てながら次々とプエルへ襲い掛かった。
「む、むむ、魔法を二つ……?」
振り返って岩の迎撃を始めたプエルであったが、雨の様に降り続ける岩はやむ気配がない。移動をしながら、盾で鎧で受け流し、時にランスで打ち壊してみるものの、攻撃がやむ気配はなかった。
これは何とかして壁を突破するしかないと、判断し、多少の攻撃を食らいながらも障壁への攻撃へ移ろうとしたプエルは、不意に背中を押されてバランスを崩した。
障壁が移動してプエルを押し出してきたのだ。
その瞬間は何とか岩を躱すことができたプエルだが、障壁はゆっくりとプエルを訓練場の端に追い詰めるように迫ってくる。
「むむー!」
プエルは一時迎撃すらも諦めて、全力で逃走。
岩の雨の範囲から離脱して大回りしてハルカに近寄ろうとするが、この時点ですでに始まった場所よりハルカの位置は遠い。
「ま、魔法! 強い!」
プエルの走る速度は、全身鎧を着ているとは思えぬほどに素早い。
ぶつかれば交通事故並みの衝撃を受けることになるだろう。
そんなプエルは、またも見えない壁に行く先を遮られ、今度はトランポリンにぶつかった時の様に跳ね返されてひっくり返る。
ハルカが性質の違う壁を行く先に用意していたのだ。
そしてひっくり返ったところに、岩の雨。
立ち上がる暇はなく、何とかランスで岩を砕くが、砕けば砕くほど、細かい石が兜の中に入り込んでくる。
やがて岩の小山ができ上がったところで、ハルカは障壁を解いて、離れた位置から「大丈夫ですかー?」と声をかける。
「むー!!」
ばかっと岩が弾けて、プエルが岩の中から飛び出してくる。
「あ、大丈夫そうですね」
「はい、再開ー」
コリンの掛け声で手合わせは再開。
結局障壁と岩の雨を破ることができなかったプエルは、三度同じことを繰り返したあげく、ついにはこういった。
「あの! 障壁無しでお願いできませんか!」
「あ、はい、いいですよ」
今の自分では勝てない。
でももっと魔法使いと戦ってみたい。
そんなプエルの素直な手加減のお願いだった。





