第92話 祝勝会③
「ところで牛タンって何ですか? 牛さんの肉であることはわかりますが、牛さんのどこなのでしよう?」
「チカ、知らないの? 流石に高校生にもなってそれはヤバいわよ」
「僕も知らないな。美味しければどこでも良いやって思ってた」
「あなた達、常識が欠如しているにも程があるわ……」
「私、知ってるよん!」
「じゃあ説明してみなさい」
ユリは疑いの眼差しでレイナを見つめる。テストの点数が高いことは知っていても、レイナの根本的な知能までは信用できないのだ。
「タンって『痰』のことでしょ? あの口から吐き出すやつ。それを色々と加工して作り出されたのが牛タンだよん!」
「へえ〜、そうなんですね」
「僕の大好物だったのに、もう食べたくない……」
「ちょっとレイナ、嘘教えないの!」
「てへ!」
レイナは可愛らしく舌を出す。
「じゃあ本当は何なんですか?」
「牛タンとは牛の舌のこと。人類による摂取は、旧石器時代にまで遡りますわ。同部の中でも先端部と根部ではその肉質が異なり、脂肪含量が非常に高く、カロリーのほぼ七十五%が脂肪に由来していると言われておりますの」
チカの疑問にB組所属の少女が答える。彼女の話し方や立ち居振る舞いから高校生とは思えないような上品さを感じられる。
「物知りですね! えっと、あなたは確か騎馬戦で私と戦っていた……」
「馬場春華ですわ。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いします、ハルカちゃん。あなたはとても強くて文化部の私じゃ太刀打ちできませんでした。自分の無力さを思い知らされました」
「そんなことなくってよ。この私を少しでも足止めしただけでも十分すごいことですわ!」
「そうだぞ、お前はすごい!」
「シャラップ!」
「ひえっ!?」
ハルカが突然血相を変えて怒鳴り、マサミは腰を抜かしてしまう。
「私達はあなたが弱いせいで負けたのですわ! それなのにちっとも反省する素振りが無いじゃないですの!」
「そ、そんなにボロクソ言わなくても……」
「そもそも、私が大将をやることになっていたのにあなたがどうしてもと言うから変わってあげたのですわよ。それなのに、あのザマは何ですの?」
「ごめんて!」
ハルカは運動神経が抜群なだけでなく、明晰な頭脳も持ち合わせている。そのため大将にはぴったりの人物なのだ。しかし、マサミはリョウコがA組の大将と知るや否や、ハルカを大将の座から無理矢理引きずり下ろし自分が大将になった。二人の実力は似たりよったりだが、マサミが絶対に勝てると豪語しておきながら負けたことがハルカは許せないのだ。
「切腹して皆に詫びるべきですわ!」
「私だって努力はしたぞ!」
「結果の出ない努力はただの言い訳だよん!」
「うっ……」
ハルカにボコボコにされていたところをレイナに追撃を喰らい、マサミはノックアウトされてしまった。
「あんたらもマサミをからかって遊んどるんか。ほれ、あめちゃん食べるか?」
「食べる!」
「やっぱりあんたは可愛いなあ。ウチの嫁さんにならへん?」
「ならねえよ!」
「やっぱりリョウコには勝てへんか〜」
「そ、そ、そ、そういうことじゃねえよ!」
同級生達が焼肉をしながら会話を楽しんでいる様子をチカは微笑ましく見ていた。しかし、どこか違和感を感じてしまう。
「私達って全部で八人でしたよね? 一人足りない気が……」
「本当ね。七人しかいないわ。どこにいるのかしら?」
「ここ……」
「どこですか?」
チカは辺りを見回して声の主を探すも、なかなか見つけることができない。
「もしもーし!」
「だから、ここ……」
「あっ、そんな所に!」
庭の隅っこで一人の少女がひっそりと焼肉を食べている。彼女は体が小さく、目元は前髪で隠れている。とにかく存在感が薄く、発見するのもひと苦労だ。
「そんな所にいないでこっちで食べましょうよ!」
「遠慮しておく……私は陰キャ、あなた達みたいな陽キャには邪魔でしかない存在……」
「陰キャとか陽キャとか無いですって!」
「いいや、私は卓球部だから……卓球部員は全員もれなく陰キャ……」
「そんなことないですから、皆で一緒に楽しみましょう!」
「あっ……」
チカは一人ぼっちの少女の右手を引っ張り、輪の中に組み込んだ。
「お名前は何ですか?」
「内藤清……」
「よろしくお願いします、キヨちゃん!」
「よろしく……」
「キヨちゃんも運動神経良いんですよね? 武田四天王と呼ばれているらしいですし」
「一応、選抜リレー出てた……」
「え、そうなんですか!?」
「気づかなかったでしょ……? 私、地味だからメイン競技に出ていても誰の目にも映らない……」
「そ、そういう訳じゃないです!」
「キヨ、ま〜たネガティブ発揮しとるんか?」
ミホはキヨの腰に手を回す。苦しそうにバタバタするが、ガッチリとホールドされていて抜けることはできない。
「もっと自分に自信持ちなって。あめちゃん食べる?」
「食べる……」
ミホは何故か誰にでも飴玉をあげたがる。キヨは意外にも素直に受け取り、飴玉を舐めた。
「なあA組の皆、キヨは話すのが苦手だけど本当は友達が欲しいんや。だから仲良くしてやってや!」
「もちろんです! キヨちゃん、今日からお友達ですよ!」
「ありがとう……」
キヨの口角が僅かに上がる。本当に僅かな変化のため、他人は認識することができないのだが、確実に彼女は笑ったのだ。
実は体育祭が始まった時からずっとチカ達と仲良くしたいと、隅の方から彼女達のことを見ていた。しかしコミュニケーション能力の不足と自信の無さから話しかけられずにいたのだ。
「キヨ、ほっぺプニプニしてるね〜!」
「あっ……ちょっと……」
「レイナ、やめなさい! 困ってるでしょ?」
「大丈夫……」
「それなら良いんだけど」
レイナは人差し指でキヨの頬をつつき続ける。キヨは無表情で微動だにしないが、心の中ではとても喜んでいる。レイナのような明るい女の子に構ってもらえて嬉しいのだ。
「皆〜! お肉はまだまだいっぱいあるから、じゃんじゃん食べちゃいなさ〜い!」
「は〜い!」
この後も女子高生達は焼肉を食べながら談笑をして、体育祭の疲れをふき飛ばした。




