第78話 恐怖の音楽の授業②
この回には実在の楽曲の歌詞が登場します。
法律で定められた引用の条件を満たすため、引用した部分を『』で囲み、後書きに楽曲名と作詞作曲者名を明記します。
「はい皆さん、練習終了!」
音楽教師は手をパンパンと叩いて注目を集める。
「それではテストを始めます。出席番号一番、明智さんどうぞ!」
「は、はい!」
チカは緊張でガタガタと震えながら前に出る。息が乱れてなかなか歌い出すことができない。
「チカは歌上手いんだからリラックスして頑張って!」
レイナの声援を受けてチカはハッとする。元気づけられた彼女は笑顔になった。
「私が歌う曲は『証』です。皆さん、聞いてください!」
チカが宣言すると、音楽教師がピアノで伴奏を始めた。卒業ソングということもあり、前奏から感動的なメロディが奏でられる。中には自分の中学生時代を思い出して感傷に浸っている生徒もいる。
前奏が終わるとチカの口がゆっくりと開かれた。
『前を向きなよ 振り返ってちゃ 上手く歩けない 遠ざかる君に 手を振るのがやっとで 声に出したら 引き止めそうさ 心で呟く “僕は僕の夢へと 君は君の夢を”』※1
「明智さん、超上手くない?」
「あれは本当にあの子の声なの? 実は口パクで他の人が歌っているとかいうオチとかではない?」
曲の冒頭を歌うとクラスメート達がザワつく。初めてチカの歌を聞いた生徒は、アーティストと間違える程の美声を現実の物だとにわかには信じがたいのだ。
「やっぱりチカは上手いねえ。軽音部に入ってから更に上達した気がする」
「この曲の歌詞がチカの声質とマッチして素晴らしいアートを描いている。やっぱり僕の選曲は間違ってなかったね!」
『あたりまえの温もり 失くして 初めて気づく
寂しさ 噛み締めて 歩みだす勇気 抱いて』※1
クレッシェンドの部分でチカの声が少しずつ大きくなっていく。ただただ大きくなるのではなく、声に深みが増す。トップバッターにも関わらず、このクラスで一番歌が上手いのは彼女だと誰もが確信した。
『溢れだす涙が 君を遮るまえに せめて笑顔で“またいつか” 傷つけ合っては 何度も許し合えたこと 代わりなき僕らの証になるだろう』※1
曲はサビを迎える。チカの歌が大いに盛り上がっているのとは対照的に、周りの生徒達はしんみりとした様子で聞き入っている。
『“我侭だ”って貶されたって 願い続けてよ その声は届くから 君が君でいれば 僕がもしも 夢に 敗れて 諦めたなら 遠くで叱ってよ あの時のようにね 君の指差すその未来に 希望があるはずさ 誰にも決められはしないよ 一人で抱え込んで 生きる意味を問うときは そっと思い出して あの日の僕らを』※1
一番と変わらぬクオリティを保ちつつ無事二番も歌い終える。
「うっ、ううっ……」
「リョウコ、もしかして泣いてる?」
「な、泣いてない!」
「目がウルウルしてるように見えるけど」
「これは目汁だ!」
明らかに泣いているにも関わらずリョウコは苦しい言い訳をする。目にゴミが入ったなどもっとマシな言い訳があったはずなのに、敢えて「目汁」という謎のワードを選択するところがリョウコらしいと言える。
『“またね”って言葉の儚さ 叶わない約束 いくつ交わしても慣れない なのに追憶の破片を 敷き詰めたノートに 君の居ないページは無い』※1
遂にクライマックスを迎え、音楽室の熱量が最高潮に達する。ピアノを弾く音楽教師の手首はブルブルと震えている。今まで多くの生徒達の歌を聞いてきたが、初めての逸材に巡り会えたことに感動の気持ちを隠せないのだ。
『溢れだす涙 拭う頃 君はもう見えない 想う言葉は“ありがとう” 傷つけ合っては 何度も笑い合えたこと 絆を胸に秘め 僕も歩き出す』※1
歌い終えると同時に激しい拍手喝采が送られた。ほとんどの生徒は涙を流している。
音楽教師は椅子を蹴っ飛ばしながら立ち上がり、目にも留まらぬ動きでチカに駆け寄った。
「明智さん!」
「は、はい!」
「あなたには才能があります!」
「あ、ありがとうございます!」
「歌手になりませんか? 私がプロデュースします!」
「ええ!?」
「その才能を生かさない手はありません! さあ、ぜひとも歌手を目指しましょう!」
「え、え〜っと……考えさせてください!」
無難な返答をしてチカは何とか解放され、自分の席に戻った。
「うわ〜ん! チカ〜! すごかった、すごかったよん!」
「レイナちゃんが応援してくれたお陰です。ありがとうございました!」
「役に立てたみたいでよかった〜! うわ〜ん!」
「結局レイナも泣いてるじゃん!」
「泣いてないよん! これは目汁!」
レイナもリョウコと全く同じ言い訳を使う。二人のテストの点数には大きな差があるが、根本的な知能レベルはあまり変わらないのだ。
「この前のアニソンも良かったけど、卒業ソングは感動的過ぎて目汁が止まらないよん! ねえ、ユリ?」
「……」
「ユリ?」
「……」
どんなに呼びかけてもユリはずっと固まっていて微動だにしない。
「ユリは自分のことで精一杯だからそっとしておいてあげて」
「そんなに緊張してるの?」
「あんまり歌が上手くないから憂鬱なんだろうね。昔から歌のテストの時はこんな風に石像状態になってたよ」
「へー。歌上手そうなのに意外」
それから歌のテストは順調に進んでいった。チカの歌を聞いて緊張がほぐれたのか、皆リラックスした状態で歌っていた。
そしてリョウコの番がやってきた。
「僕も『証』を歌うことにしたよ。本当は違う曲を歌おうと思ってたけど、チカに触発されちゃった」
「頑張ってくださいね!」
「それでは柴田涼子、歌います!」
『溢れだす涙 拭う頃 君はもう見えない 想う言葉は“ありがとう” 傷つけ合っては 何度も笑い合えたこと 絆を胸に秘め 僕も歩き出す』※1
リョウコは無事に歌い終え、席に戻る。かなり力を入れて歌っていたようで、額から汗が滴り落ちている。
「はぁ〜、終わった……どうだった?」
「声にハリがあって格好良かったです!」
「部活で声出しをたくさんやってるからね」
「次はユリちゃんの番ですね。頑張ってください!」
「うん……」
ユリは無表情のまま立ち上がり、幽霊のような足取りで黒板の前に立つ。
「滝川由利です。『COSMOS』を歌います。死ぬ程音痴なので耳をふさぐことをおすすめします」
音楽室の中にどっと笑いが起こる。この時は皆ユリが冗談を言っていると思っていたのだ。そう、この時は……
『夏の草原に 銀河は高く歌う 胸に手をあてて 風を感じる』※2
ユリが歌い始めると、チカの時と同様にざわめきが起こる。しかし、その内容はチカの時とは真逆の物だった。
「色々とヤバくない? 音程がちぐはぐだし、リズムも全然とれてないよん!」
「だから言ったでしょ。ユリは歌が苦手なんだよ」
「あれは苦手ってレベルじゃないよん……」
これだけボロクソに言われても、ユリは真剣に歌っているため全く気づかない。
『君の温もりは 宇宙が燃えていた 遠い時代のなごり 君は宇宙』※2
「頭がクラクラしてきました……」
「ユリの歌声で空間が歪んでいるよん……」
彼女は某ガキ大将を彷彿させるほどの音痴で、クラスメート達は耳をふさぎながら苦痛に顔を歪ませている。
「リョウコはピンピンしてるけど大丈夫なの?」
「僕はこの歌声を生まれてからずっと聞き続けてるからもう慣れたよ」
「私は百年経っても慣れそうにないよん……」
『百億年の歴史が 今も身体に流れてる 光の声は天高くきこえる 君も星だよ みんなみんな』※2
「はい、そこまでで結構です!」
一番目を歌い終え、二番に入ろうとしたタイミングで音楽教師のストップが入る。このまま歌を続けさせることは危険だと判断したのだ。
「このクラスの実技テストはここまでです。私は早退しますのでさようなら!」
音楽教師は顔を真っ青にしながら音楽室を飛び出した。あまりにも酷い歌声のせいで体調を崩してしまったのだ。
「ユリちゃん、ドンマイです!」
「これだから歌は嫌いなのよ!」
「歌が苦手ならどうして音楽を選択したの? 危うく死者が出るところだったよん!」
「絵は描けないし、習字も下手くそだけど、楽器だけはできるのよ」
「今度、歌の練習につきあってあげましょうか? ユリちゃん声質は悪くないですし、ちゃんと練習すれば上手くなりますよ!」
「本当? それならお願いしちゃおうかしら」
「はい!」
この時軽い気持ちで引き受けたことをチカは後悔することになる。
※1
楽曲名「証」
作詞:山村隆太 作曲:阪井一生
flumpoolが歌っている名曲。卒業式などで合唱されることが多い。
とても感動的な歌詞としんみりするメロディーで、個人的に一番好きな合唱曲。
※2
楽曲名「COSMOS」
作詞:ミマス 作曲:ミマス
こちらも有名な合唱曲。私が合唱コンクールで歌った曲。




