第77話 恐怖の音楽の授業
朝のホームルームが終わり、生徒達は一時間目の授業が始まるまでの束の間の休み時間を思い思いに過ごしている。
「昨日は色々と世話になったわね。お陰で完全に回復したわ!」
「勉強は大事ですが、ちゃんと睡眠時間を確保しないと駄目ですよ!」
「ごめんなさい。反省しているわ……」
「本当は僕もお見舞いに行きたかったんだけど、行けなくてごめんね」
「大会前じゃ仕方ないわよ。リョウコには運動の才能があるんだから、私より部活を優先して欲しいわ。それにゼリーを差し入れてくれただけでも、とても助かったわ!」
「そこそこ高いのを買ったんだけど、あのチョイスで正解だったかな?」
「大正解よ! リョウコは私の好みをよく理解してるわね!」
「幼馴染みだからね」
「ねえねえ、私の差し入れはどうだった?」
レイナは目をキラキラと輝かせながらユリのことを見つめる。彼女的にあのマスコットは人生最高レベルの自信作なのだ。
「あの……何と言うか……その……」
「忖度なしの率直な意見を頼むよん!」
「そう? じゃあ単刀直入に言うわね」
「うん!」
「あのマスコットはキモい」
「え?」
「キモい」
「え?」
「キ、モ、い!」
「何で! あんなに頑張ったのに!」
率直な感想を述べられ、レイナは大粒の涙を流しながら地面に崩れ落ちる。昨日の休み時間を全て返上して丹精込めて作ったマスコットなので、それを否定されたショックは計り知れない。
「リアル過ぎて怖いのよ! あれを部屋に置いておくとレイナに監視されている気がして、家にいても気が休まらないの」
「確かに監視されていると感じるのも無理はないね。目の部分に小型カメラをしこんでおいたから」
「え!? 捨てなきゃ……早くあの人形を捨てなきゃ……」
ユリはおぞましさのあまり顔色を真っ青に変化させる。アイドルのストーカーがぬいぐるみにカメラや盗聴器をしかけることは知っていたが、それが自分に起こるとは思ってもいなかったのだ。
「冗談だよ、冗談! お願いだから捨てないでよん! 私の努力の結晶なの!」
「捨てるくらいなら私にください! あのお人形とっても可愛いので自分の部屋に飾りたいんです」
「引き取ってくれるなら喜んで渡すわ! でもあなたの趣味って変わってるわね……」
「チカばっかりズルい〜! 僕もレイナ人形欲しいのに!」
「え? リョウコもなの? もしかして私の方がおかしいの?」
「ユリ以外には好評みたいで良かったよん! リョウコの分も作ってあげるね!」
「本当? やったー!」
談笑しているうちに授業が始まる五分前となった。生徒達は一時間目の授業の準備を始めた。
「一時間目って何でしたっけ?」
「音楽よ。早く音楽室に行くわよ!」
「はい!」
この学校には芸術という科目があり、生徒達は音楽、美術、書道の中から好きな科目を一つだけ選択して授業を受けるのだ。偶然にも四人は全員音楽を選択している。
教科書や楽譜、リコーダーなどを準備して、四人は音楽室に向かった。
「皆さん中間テストが終わってほっとしているかもしれませんが、油断しないでください。テストはまだ終わっていません。そうです、歌の実技テストです!」
音楽室の中にどんよりとした空気が漂う。思春期の高校生達にとって歌のテストほど憂鬱なものはない。上手に歌える生徒ならまだ良いかもしれないが、音痴にとっては地獄以外の何物でもないのだ。
「皆の前で一人ずつ順番に歌ってもらいます」
ただでさえ重い空気が更に重くなる。
「課題曲は黒板に書かれている十曲の候補の中から選んでください。十分だけ練習時間を与えます。その後、出席番号順にテストを実施しますので頑張ってください」
いったん解散が宣言され、生徒達は歌の練習を始める。クラスメート達の前で醜態を晒すわけにはいかないため、彼らは皆必死なのだ。
「出席番号一番なので私が最初です。どうしましょう! 怖いです、怖いです……」
「落ち着いてチカ! 私の顔をよく見て!」
「じーっ……」
チカとレイナは顔を至近距離まで接近させ互いを見つめ合う。そのシュールな光景が十秒程続く。
「ありがとうございます。落ち着きました」
「それは良かった。ところで課題曲を何にするか決めたかい?」
「まだ決めてないです」
「一番最初なのにまずくない?」
「かなりまずいですね……レイナちゃんは決めましたか?」
「実は私もまだなんだよね。う〜ん、どうしたものかねえ……」
他のクラスメート達は練習に励んでいるというのに、二人はテスト十分前にもなって曲決めで頭を悩ませている。
「君達お困りのようだね。僕が決めてあげようか」
「リョウコちゃん! ぜひお願いします」
「じゃあまずチカから。チカの歌声って聞いてるとなんだかしんみりしてくるから、『証』なんてどうかな? 卒業シーズンに歌われる感動的な曲だよ。音程が高いところがあるけど、ボーカルやってるチカならいけるでしょ?」
「わかりました、それでいきます!」
「じゃあ私もそれにする!」
「レイナって歌上手いイメージないけど大丈夫なの?」
「根性でどうにかなる!」
「そうか。じゃあ、お互いテスト頑張ろうね!」
「はい!」
無事課題曲が決まり、チカ達も歌の練習をスタートした。曲決めで時間をロスしてしまったため、二人とも周りにおいていかれないよう懸命に声を出す。
そしてついに十分間が経過し運命の時がやってきた。




