チー牛、beef(ビーフ)になる4
フードコートに現れたオラついた3人組に俺はチーズ牛丼を提供した。
「一人480円にナリャス……」
俺の言葉をシカトして3人は割り箸を割ったりしている。
「一人480円にナリヤス!!」
キャップの男が俺の方を見た。
「あれ?まだいたの?オニイサン、どったのよ?」
「イヤ、ソノ……アッチでお会計……一人480円にナリャス…………」
俺はこの難聴共にわかるように俺の後ろ側にあるレジを指差しながら説明する。
俺の指差した方向を3人が不思議そうに見る。
「ア……ソノ……レジ……」
「え??オニイサン、聞こえない!!」
キャップの男が少し声を荒げた。隣でフードの男が爆笑している。グラサンは黙って黙々とチーズ牛丼を食べている。
「レジッス……」
「え?ねじ?入ってる?いや、入ってないよ!大丈夫!ありがとねオニイサン!!俺ら食べるので忙しいからもう大丈夫だよ!」
……いや、全然大丈夫じゃない。
さっさと金を払え。そもそも本来フードコートでは先払いだし、商品が出来るまではピピーって鳴る呼び出しの札を持って待機しておくものだし、商品が出来たらお前らでレジまで取りに来るのだ。
なんで俺がここまで商品を持って来てやっているんだろうか?
怒りがこみ上げてきた。
「あ?オニイサン、何なの?あんまウザいとぶん殴るぞ?俺ら飯を邪魔されるの嫌いなんだけど?」
フードの男が俺を睨みつけた。
ぶち殺してぇのはこっちだ!このタダ飯食らいの乞食共が!飯を邪魔されてキレるとか動物か?貴様は?
「ウッス……失礼シャッス……」
俺はそう言って涙目になりながら自分の店に戻った。
背中越で男達は何事も無かったかのようにスマホで動画を撮ったり、誰かの投稿を見て爆笑している声が聞こえた。
俺はバックヤードへ行き、自分の財布からチーズ牛丼3人分の1,440円を支払った。
3人組はひとしきり食べてスマホを弄った後、誰かの「そろそろ行くべ?」の一言で立ち上がり消えて行った。
俺は彼らがどこかのタイミングで無銭飲食をしている事に気づいてくれると期待したが一切そういう罪悪感を抱く事も、何故タダで食べているのかに対して疑問を抱いたりする事もなく、さらにご馳走されたという感謝の一言も無いままに立ち去ったのだ。
さらには器を店に返すという最低限のルールまで守られていない。
こ、こいつらには良心のかけらも無いのか!?
クソ共め!!
俺はイライラしながら器を回収しに行った。器を洗い終わるまで俺の怒りはピークに達していた。
この怒りをリリックにしてに投稿するか、と思い韻乱闘城を開いた。
開きながら思い出したが、MC丼は結局来なかったな。
あいつ結局口だけの野郎だったな!!ダッサッッ!!!ダーーーッサ!!!!
MC丼は来る来ると言ったものの俺のリリックのクオリティに気づき怖じ気づいたのだ。
俺はあの3人組の事など忘れてMC丼への勝利宣言をした。
1,440円払ってバイト2時間分が水の泡になったが、それを差し引いても十分に清々しい気分だ。
俺はなんとなくMC丼のアカウントを開いてみた。
ついさっき最新のブログが更新されていたようだ。
「―――――――――――――――――――――
ネットでラップバトルしたらめちゃくちゃ強くてボロ負けたからもうしねぇww
イラついたからそいつのいるとこ特定して凸したけど見つけきれなかったわ
とりま牛丼食って帰ってきたww
―――――――――――――――――――――」
一緒に添付された画像はフードを被った男が牛丼をバックに上から写真を撮っていた。
こ、こいつ!!
「あ?オニイサン、何なの?あんまウザいとぶん殴るぞ?俺ら飯を邪魔されるの嫌いなんだけど?」
と最後に言っていたフードのヤツだ!!
こいつがMC丼ということは……
MC丼はわざわざ大雨の中、俺のところに来たものの会えず(会ってはいたが)、その代わりチーズ牛丼をタダで食べて帰った。
俺はMC丼に完全なる勝利をし、さらに会わずに逃げ切ってMC丼に敗北を味わわせる事が出来たが、その代わりにチーズ牛丼を3人分支払うハメになった。
お互いバトルだけでは飽きたらずリアルで会っても「ぶん殴る」と言っていたMC丼に対して、「動物か」と見下す俺……お互いネトラ上でもリアルでも思想がブレていないな。
果たして勝ったのか、それとも負けたのか……
恐らく事実に気づいてるのは俺だけだが、なんとも複雑な気分となった。
社員が戻ってくるまでのワンオペの2時間のバイト代は3人のチーズ牛丼代になって消えて無くなった。
帰宅する頃には大雨も上がっていた。
夜に韻乱闘城を見ると参加メンバーからMC丼が退会していたようだ。今日の大雨のような天災のようなヤツだったな……俺はもう会う事は無いであろうMC丼の事を思い出した。
バトル自体は予想通り俺の圧勝だった。
この結果をMC丼に見せて、さらに敗北感を味わって欲しかったがそれが出来ないのが残念で仕方ない。
俺は俺で今回の原因の一つとなった自分のプロフィールの変更をしておこうと思った。住所はテキトーにアフリカにしておいた。
「忌々しいプロフィール欄め!これのせいで危なかったじゃねーか!」
そう愚痴をこぼしながらプロフィール欄を眺めていると「身長180cm」「体格ムキムキ」と書いた。おそらく登録時に見栄を張って書いていたようだ。
「このテキトーなプロフィールをバカ共は信じたのか!所詮バカはバカだな!」
プロフィール詐欺に助けられた。
その後アイジェン師匠に報告したら爆笑された。
自分のプロフィールはデタラメを書いていると言うと師匠もデタラメだから気にするな、と言われた。
そりゃあ流石に堂々とヤ○ザなんて書いたら警察にマークされるんじゃなかろうか。
師匠からのアドバイスで、たまにネトラに『現場至上主義者』が現れ、「クラブでやってない」=「リアルじゃないから認めない」という持論を振りかざしていくらしい。
自分に関係無いなら勝手にさせていればいいのにわざわざ彼らはここに赴き、取り締まりをしていく。
そもそも別に彼らに認められたくてネトラをしているわけでは無いが、彼らは自分が上だと主張しマウントを取りたがるらしい。
師匠から言わせればネトラは現場ではあまりお目にかかれない様な、言葉を限界まで駆使した独自の文化が形成されており、バカには出来ないもはや俳句のような高尚な遊びだと言っていた。
現場を知らない俺には比較は出来ないが何故彼らはわざわざ他人の遊び場を荒らすのだろう?お前らはお前らで勝手に遊んでおけばいいだろうに……
ネトラに限らず、何故か犯罪でも無いのに趣味を否定する層というのは一定数いるってのは社会の縮図なのだろう。
あと、師匠がこう言っていた。
『「好き嫌い」の「食い違い」を【認めん】ヤツは養えて無い【耳と目】』