1-09 建国祭 6
シオン=サーサは、この国に着いてからずっと機嫌が悪かった。一番の理由は、ここで初めて聞かされた今回の依頼の具体的な内容のせいだ。(暗殺?冗談じゃないわ)依頼の内容を思い出す度に憤りを覚える。
依頼内容をしっかり確認しなかったシオンに落ち度がない訳ではない。はっきりしない依頼は今までだって断ってきたのだ。しかし、今回声をかけてきたのが傭兵仲間のゼートとガイルであり、極秘任務のためまだ言えないが内容については信頼して欲しいと言われたため仕方なく請け負ったのがこの有様だ。しかし、請ける事にしたのは別の事情もあった。『シャドウクレス』の左肩の修理にかかる費用は今の手持ちでは足りず、依頼をこなして費用を捻出する必要があったが、ハードな依頼では先に肩を壊してしまいどうしようもなくなる可能性があるのだ。壊れたマシーナに依頼はない。
幸運にも今回はサポートだけでいいという話だし二人の腕も知っている。報酬も高額で成功すれば修理が可能な額を稼ぐことが出来る。多少の胡散臭さがあっても飛びつかざるを得なかったのである。
シオンはそんな事を考えながら『シャドウクレス』の足元に腰を下ろし、『シャドウクレス』付属の整備用デバイスで機体のチェックを行っていた。時折、隣りに置いた紙袋から菓子を摘まんでは口に放り込む。この菓子はシオンの手作りで母から教わったものだ。不揃いな丸い形をした焦げ茶色の物体はお世辞にも美味しそうには見えないが、テッドはこの形がいいんだと言って美味い美味いと食べくれた事を思い出した。テッドは『シャドウクレス』の前のパイロットでありシオンの恋人だった男だ。伏兵の凶弾に倒れた際に『シャドウクレス』をシオンに託したのである。(テッドが知ったらきっと怒るだろうな)テッドはどんな時であろうと汚い仕事は絶対にしない男だったのだ。
「ねぇ、これ頂いてもいい?」
と言いながら、返事を待たずに紙袋に手を突っ込んでくる失礼な相手にシオンは思考を遮られた。
ムッときたシオンは文句を言おうと構えたが、すぐにそれどころではないことに気が付いた。そこにいたのはフィリア姫だったのである。
「そんな、下賤の食べ物です、姫様がお召し上がりになるような物ではございません」
慌てるシオンを無視してフィリア姫は菓子を摘まみ上げ、
「何言ってるの、美味しそうじゃない」
と言いながら口に放り込むと幸せそうな笑顔になってゆくのがシオンには判った。
シオンは、とある領主の館での出来事を思い出した。護衛の任務を請け負い、館で待機していた時に、貴族の娘達が通りかかり、
「ほらあそこをご覧になって。何を食べてるのかしら、泥?動物の糞?さすがは傭兵ふぜい、全く汚らしいったらありゃしないわ。臭いが漂って来そうよ」
と、見下し、蔑み、笑い物にして自己満足に浸っていたのである。別にその娘達が特別な訳ではない。貴族の令嬢や王室の姫といった連中の女傭兵に対する態度は程度の差こそあれそんなものなのだ。いや、町娘の態度も似たようなものか。
そのため、フィリア姫の反応と接近具合は、シオンにとって今までになかった状況だったのである。
「これ、美味しいわね。どこで買ってきたの?」
フィリア姫は次々に菓子を奪いながらシオンに質問する。
「い・・・いえ、買ってきた訳では・・・」
「じゃあ、あなたの手作り?」
「は・・・はい・・・」
シオンは思考が止まった頭でバカ正直に答えてしまう。
「そっか。なるほど、なるほどね。納得だわ」
菓子を頬張りながら一人で勝手に納得しているフィリア姫に、落ち着きを取り戻してきたシオンが尋ねる。
「納得って、何がですか?」
「あなたの事をね、とっても優しい人だって評価した人間がいるの。世間で流れてる評価とは真反対だから自分で確認するしかない、と思った訳」
そう言いながら、フィリア姫は菓子を摘まみ上げ、じっと見つめる。
「私もその人に賛同するわ。とても繊細で優しい甘さ。作った人の人柄がにじみ出るのよね」
シオンは渋面を作りながらフィリア姫に尋ねる。
「どこの誰ですか?そのような戯れ言を言うのは?」
フィリア姫は質問に答えず、逆に質問を飛ばす。
「ねぇ、『シャドウクレス』のような強大な力を持ったマシーナのパイロットに必要な資質は何だと思う?」
シオンは、その言葉に切れかかる。この姫様も私に言うつもりなのか、お前には分不相応だと、『シャドウクレス』を渡せと。
シオンも決してどこの国の騎士にもなりたくない訳ではない。色々な国からオファーがあった事も事実だ。
しかしその全てが僅かな報奨金と引き換えに『シャドウクレス』を渡せと言うものであった。女子供に扱えるものではないとか、女は男の世話をしておけば良いのだとか、女なぞに騎士が務まる訳がないとか・・・何の根拠もない空論を偉そうに賜ったうえ、『シャドウクレス』を貰ってやるから有り難く思えという態度を当たり前のように押し付けてくるのである。
「姫様も女にはマシーナ騎士は務まらないとお思いか!」
とシオンが切れ気味に声を荒げると、フィリア姫が冷静に切り返す。
「何言ってるの?マシーナ騎士に男も女もないに決まってるじゃない。そんな事言ったら姉様のフェルミール王国のヴァルキュリア騎士団はどうしたらいいの?女しかマシーナ騎士になれないのよ」
「えっ?!あ・・・その・・・」
「まだ、答えを聞いてない」
思わぬ切り返しに戸惑うシオンにフィリア姫が再度問う。シオンは、自分がこうあろうとしている姿を思い返す。
「それは・・・任務を完遂する強い意志。冷徹な判断力と決断力。それから」
「違うな」
フィリア姫がバッサリとシオンの言葉を断ち切る。
「並みのマシーナならそれでいいかもしれない。でも『シャドウクレス』のような強大なマシーナは違う。『シャドウクレス』に必要なのは」
フィリア姫はじっとシオンの目を見つめる。
「優しさよ」
シオンは愕然とした。フィリア姫は言葉を続ける。
「優しさがね、必要なの。この子が持つ破壊の力は強大過ぎる。それを力で押さえつけて制御しようなんていうのは愚の骨頂。唯一出来るのはね。この子にないものを補ってあげるの。それが優しさ。優しさを補う事でこの子はもっと強くなる。あなたにはそれができる、いえ、あなたにしかできない。あなたと『シャドウクレス』は最高の相性なの。切り離すなんて考えられないわね」
シオンはその言葉にあの時のテッドの言葉を思い出した。
「優しいからだ」
シオンとテッドは幼なじみで、シオンはテッドがずっと好きだった。だからテッドがマシーナを操る傭兵となって町を出る時に、一緒についていって身の回りの世話をする事に決めたのだ。テッドは時々『シャドウクレス』の操縦をシオンに教えたが、
「戦いなんて私には無理。私に出来るのは料理や洗濯だけよ」
と、笑って毎日を過ごしたのだった。
しかし、そんな日々も突然終わる事になる。駐留していたキャンプが敵の伏兵に襲われ、テッドが敵の凶弾に倒れたのである。シオンは血まみれのテッドを抱き寄せ、泣きながら何度も彼の名を呼んだ。テッドは『シャドウクレス』の起動キーをシオンに託した。何故私に、と戸惑うシオンにテッドは言った。
「お前が・・・優しいからだ」
と・・・それがテッドの最後の言葉になった。
シオンにはずっとテッドの言葉の意味が解らなかった。解らないまま『シャドウクレス』を守り続けた。守るために傭兵として強くあろうとした、冷徹であろうとしたのだ。
しかし今、目の前の少女が、ずっと探し続けていた答えを告げたのである。
「あ、ヤバい。奴らが戻って来た。じゃあ、またね!」
と、言い残し、菓子袋を空にしてフィリア姫が急ぎ足で去っていった。
「おい、何を話してたんだ?」
ゼートとガイルは戻って来るなり、シオンを問い詰める。
「別に。世間話さ。それよりゼート、貴様はなんだ?とんだヘマをやらかしてくれたな。これで随分とやりにくくなったぞ」
冷徹の仮面を付け直したシオンが逆に問い詰めた。
「あ、あれは、俺のミスじゃねぇ。運が、運がなかっただけだ」
そうだ運がなかっただけだとゼートは自分に言い聞かせた。作戦はうまくいっていた。気取られるような事はなかったハズだ。あの馬鹿なマシーナに銃を向けているフリをして姫に照準を合わせ、マシーナが逃げた瞬間引き金を引いた。銃が見えてからでは逃げる暇はなかったハズだ。なのに逃げられた。作戦の内容が漏れていたのか?いや、あの場の思い付きだからそれはない。そんな事が出来るのは子供の昔話に出てくる『リンドの悪魔』、全ての人の全ての未来が記された『リンドの書』を持つと言われる『リンドの悪魔』くらいだろう。だから、失敗する理由がなかった。運がなかったとしか考えようがないのだ。
「まぁ、私はサポートだけの約束だからな、この後どうするかは二人で決めてくれ。私はコックピットの調整があるから失礼する」
シオンはコックピットのハッチを閉め独りきりになるとシートにうずくまるように膝を抱えて座る。冷徹の仮面を外し本来のシオンに戻る。気が弱くて優しいシオンに。
「テッド、テッド、私どうしたらいい?」
シオンは泣いていた。
「やっと会えたのに、やっと判ってくれる人に会えたのに、私その人を殺さなきゃいけないの。テッド、どうしよう、テッド、テッド・・・」
シオンは泣いていた。
シオンは・・・ずっと、ずっと、泣き続けていた。
フィリア姫は城に戻ると、中央司令室に足を運んだ。
中央司令室には城だけでなく国中の様々な情報が集まるようになっている。城や各地に設置した監視カメラの映像やレーダーの監視などの情報収集を行い、拠点への命令発信などを行う、フィスリニア王国の心臓部である。
「どう?異常はない?」
フィリア姫は当番の管制官達に声をかける。
「えぇ、平和なものです」
「そう。引き続きよろしく。交代はちゃんとしてね。あなた達も祭を楽しむのよ」
管制官達はにこやかに笑い、フィリア姫との雑談を楽しんでいた。
「姫!判りましたぞ!」
レオンが喜び勇んで入って来た。
「この二人で間違いないでしょう!超大物です!この資料を見てください!」
珍しく興奮気味のレオンを諌めていたフィリア姫も、2枚の資料に目を通してレオンの気持ちが分かった。
「うん、この二人で間違いないだろう、が・・・これは、すごいな・・・」
「はい。まず男の方ですが、名はアルベルト。写真は最近のもので同一人物で間違いないありませんな。ランクはSクラスの上でフリーです。あの『ラドルド平原戦争』の英雄です」
「次に女の方、こちらは少し大変でしたが、スニーキー隊の繋がりで絞り込めました。名はミーア=リーア。ランクはSクラスの中でこちらもフリー。写真が十年程前の物しかないのですが如何でしょうか?私は同一人物だと思いますが」
『ミリー』と『ミーア=リーア』。同じ髪の色に同じ髪型、顔つき、フィリア姫も同一人物で間違いないないと考える。しかし、二人ともSランクとは・・・
ファウンディールは登録者をその能力によりS、A、B、Cの4段階に分類しさらにそれぞれ上中下で分類する。城のオブザーバーである第一世代のマイケルとサモンがAクラスの上、学院の継承者は最高でもAクラスの下であることを考えると、この二人の能力が如何にずば抜けているかが判る。身分を隠す訳だとフィリア姫は納得した。
「これは、是非にでも我が国を気に入って貰わなければならなくなったわね」
「全くその通りですな」
興奮気味に笑みを浮かべるフィリア姫にレオンは応えるが、レオンには少し気になる事があった。ミリーの身元を確定した時に、手伝ってくれた継承者が妙な反応をしたのだ。本当に間違いないのですか?としつこく確認する彼の表情に僅かに恐怖の色が見て取れたのである。気付いたレオンが理由を問いただすが、彼はそんな事はありませんと頑なに否定し続けたのだ。しかしその間も恐怖の表情は抜けなかったのである。レオンは追及を断念するしかなかった。
「おやおや、嬉しそうですな。良い人材が見つかりましたかな?」
にこやかに微笑みながら部屋に入って来たのは、サモン=リスドールだった。今、リド村から戻ったらしい。
「サモン!見て見て!凄いのが二人もよ!」
と、上機嫌で資料を見せるフィリア姫からニコニコと資料を受け取るサモン。サモンは普段から笑顔を絶やさない男であるが、いい年をして悪戯好きなのが玉に瑕であった。
「ほうほう、アルベルト殿ですか。これは絶対に逃せませんな。何か罪をおっかぶせて拘束してしまいましょう」
と冗談とも本気とも付かないセリフをはいてサモンは笑った。フィリア姫はそれを無視して続ける。
「こっちの少女もすごいぞ。見てくれ」
サモンは笑いながらもう一枚の資料を見た。そしてその表情は一変した。目を見開き脂汗を流し、恐怖としか言いようがない表情に支配されていたのである。
「ま、まさか・・・ミ、ミーア=リーア・・・」
サモンはやっと絞り出すように声を出す。フィリア姫は資料ばかりを見ていたためサモンの変貌に気付いていない。
「この子がまた凄いのよ。この子は」
「なりません!この者だけは絶対になりません!!!」
サモンが絶叫し怒鳴りつけた。司令室は静まり返り、全ての人がサモンに注目した。
フィリア姫も驚き、やっとサモンを見てさらに驚きの余り息を呑んだ。サモンのこんな表情も怒鳴り声も初めてだった。
サモンはすぐに我に返り静かに言葉を続けたが、恐怖に満ちた表情が変わる事はなかった。
「姫様、どこでこの者を知ったのかは存じませんが、この者だけはお諦めください。話をする事も近づく事もなりません。お約束ください」
サモンの願いは既に叶えられない事をフィリア姫が言葉にする。
「それは無理。だって今日たっぷりお話ししたし、命も助けて貰ったし、城や学院を案内する約束もしたし」
「命を助け、って!一体何があったのです?!」
サモンはまた怒鳴ってしまう。フィリア姫はサモンに落ち着くよう注意し、武闘会での事件を簡単に説明した。
その内容にサモンは驚きながらも、安堵の息を漏らす。が、恐怖の表情はとれない。
「そのような事が・・・しかし、ミーア=リーア殿との間に問題が起きなかったのは何よりですがそれは運が良かっただけのこと、もう接触なさらずに、そして決して我が国に勧誘など致しませぬよう」
段々イラついてきたフィリア姫はとうとうブチ切れた。
「もうとっくに勧誘したわ!たっぷりと何度もね!そりゃことごとく断られたけどね!でもそれの何がいけないって言うの?!何故ミーア=リーアは頑なに拒むの?!教えなさい!」
フィリア姫の怒鳴り声に司令室は静まり返り、全ての人がフィリア姫に注目した。サモンはしどろもどろに応える。
「こ、この者は、その・・・二つ名を『放浪のミーア=リーア』と言いましてな・・・その、どこにも属することなく旅を続ける事を定めとされている者でして・・・」
「何?それじゃミーア=リーアは安住の地を得ることが出来ないという訳?!馬鹿げてるわ!」
フィリア姫が噛み付き、さらにレオンも噛み付いてきた。
「そもそもサモン殿は何をそんなに怯えておるのだ?お主だけではない、手伝いをさせた継承者もミーア=リーア殿の名が出た途端に怯え始めおった。一体何故だ?サモン殿答えよ!」
フィリア姫は初耳だとばかりにサモンに詰め寄る。
「どういうことなの?!答えて!サモン!」
サモンは目をそらしたまま暫く沈黙し、決意したように口を開く。
「それは・・・お答え出来ません。ファウンディールの最重要秘匿事項です。お答え出来ません!」
フィリア姫は呆然とする。
「何?それは。たかが一個人の事よ。ファウンディールは一体何を隠しているの?」
「と、とにかく、ミーア=リーア殿の事はお諦めください。今回はアルベルト殿が手に入れば善しとすべしですぞ」
「それは無理ね。ミーア=リーアを諦めるならアルベルトも諦めるしかないわ。二人は一緒に行動しているし、そもそも二人は許婚の間柄よ。離れる訳がないわ」
サモンは、そんな情報はファウンディールも把握しておりませんと目を丸くする。
「いい、サモン。ファウンディールがミーア=リーアをどう評価しているのかは知らない。だけどね、私は自分の目と勘を信じる。あの二人はこれからの戦いに必要よ。いや、あの二人を抜きにして、この先、戦い抜くことは出来ないわ」
サモンは大きく溜め息をついた。もうフィリア姫を止められぬと諦めたのだ。
「判りました。ただ一つだけお約束ください。決してミーア=リーアを怒らせないと。私はマイケルと相談がありますのでこれで失礼します」
サモンは思い詰めた顔で司令室を後にした。
「ミーア=リーアじゃと?!!!なんという事だ!対応を誤れば国が滅ぶぞ!」
デバイスを前にしてマイケルは頭を抱えた。サモンからの緊急通信に何かのトラブルかと多少覚悟はしていだが、聞かされたのは予想を超える最悪の事態だった。
フィスリニア王国はマイケルとサモンと前王で計画を立て、やっと建国までたどり着いたのだ。それがいきなり亡国の危機だ。ファウンディールが情報を封印せざるをえなかったあの忌まわしい出来事からもう10年近くも消息不明だったというのに、何故このタイミングでミーア=リーアは現れたのだ。
確かに、万一引き入れる事に成功すれば強力な戦力を得る事になるだろうが、成功しても失敗しても大きなリスクを抱え込むことになるのだ。
マイケルはサモンに、準備ができ次第そちらに向かうと告げた。
太陽は西の空を少しずつ赤く染め始めていた。