ヴァランドルア激戦区――――5
それは超広範囲殲滅魔法だった。
天から降り注ぐ数百本の光の矢。一定の範囲内に降り注ぐそれは、一本一本が人を容易く絶命させられる超高温の指向性を持たされた閃光だった。戦場にいる戦士たちの一瞬の隙を鎧や気で防御された体を撃ち貫く。降り注いだ閃光は実に十数秒は続き、そのたった十数秒で戦場にいた正規兵、傭兵問わずその数を半分まで落としていた。
そこまでの大魔法。
当然容易くできるものではない、数十人の魔法使いが、同時に同じイメージを固めて同時に発動させる複合魔法の一種に分類される戦術級の大魔法だ。上位の英雄クラスでもなければできない芸当だ。
そして今この戦場にはそんなバケモノはいなかった。
かわりにいたのは、
「なんだ、あいつら……」
降り注いだ閃光群から逃れることが出来た一人の男がある地点を見て、呆然と呟く。それは彼だけではなく、閃光群を凌ぎきった者たちが全員の思いだった。
ヴァランドルア地方は前後は帝国と宗教国家であり、左右を山々に囲まれている。そしてその山とは険しく、魔物等も多く出る上に単純に標高も高いから越えることは非常に難しい。ある程度猛者が単騎で駆け抜けるも難しく、ましてや軍団規模での行軍は不可能だ。だからこそ、このヴァランドルア地方は帝国、宗教国家から板挟みとなり激戦区となったのだが。
基本的にこの戦場は盆地だ。地方全体と同じで前後は各連合の拠点、左右は変わらず山だ。
山と言ってもいきなり険しい岩肌や絶壁が広がっているというわけではない。戦火が激しくなるにつれて規模は減少しているがそれでも、山へと広がる森がある。
もうすでに動物や食べ物になるものはない、既に死んだ森だ。
そんな死んだ森から閃光群は放たれており、その下に百人程度の魔法使いや戦士、騎士がいた。
「なんだ、なんなんだよ……」
帝国連合も対帝国連合の者たちも見たことが無い連中だった。各拠点に残された他の兵たちではないだろう。この場の誰もが見たことのない集団だった。服装も装備も種族もバラバラで見るからに異様だった。おかしいのはそれだけではない、まずやたら服装や装備がボロボロだった。だが、戦闘によってできた劣化の類ではない様子だ。ただ、使い込みすぎた、という印象。
そして、なによりもおかしいのは、
「どうっやてあんな人数が……」
そう、それだ。この地域は大きくない。主戦場のこの周辺でさえ交戦の最大数は千程度であり、すでに限界数がいたはずだ。戦闘が進み、多くの死者が出ているとはいえ、あの数がいきなり現れるなんてありえない。
そう、ありえないのだ。
繰り返すが、前後は各連合の拠点だ。
そして、左右は険しい山で――――
「まさ、か……この山を超えたの、か……?」
ありえない。
だが、それしかないのだ。それ以外にこの戦場を突然現れる方法はない。思考が凍る。できるはずがない、あるはずがないと思っていたことが兵たちの思考を停止させる。だが、驚愕すべきことはまだあった。
突然現れた者たち。彼らはどこの所属なのかということだ。
帝国連合ではない、対帝国連合でもない。中立とされる自由都市や多種族連合も違うだろう。だからソレ以外。
そして、それ以外の答えとは。
誰かが、叫ぶ、
「大国に追いやられた中小国かッ!」
この世界に存在する国は、帝国連合三国や対帝国連合三国、それに中立二国の計国だ。だが、存在するのがこの九国だけではないのだ。実際には、領土が小さく、国力が低く、人口が少なくても確かに国はまだまだ沢山あるのだ。大国に追いやられ、衰退するしかない国々が確かにあるのだ。大国に飲み込まれるのを待つばかりの国々があるのだ。かつて存在したミコート自治州のように。
そして、そのような国がただ潰されるわけがなかった。
そして蹂躙され、抑圧されるづけた思いが今ここに現れたのだ。
この激戦区で、それらの国々が手を取り合い、踏破困難とされる領域を超えて。
抑えつけられた者たちが反逆者となり雄たけびを上げる。それが応えだった。
再び光が灯る。先ほどのような頭上からの降り注いだ閃光ではなく、
「拙いぞ……!」
半分か三分の一はいる魔法使いたちが同じ魔法を使う。
いくつかの直系数メートルの魔法陣が浮かぶそれは、
「砲撃系魔法だ! 避けろォーーー!」
最早、帝国連合も対帝国連合も関係無く逃走を選んだ。手にしていた武器を棄て、一刻も早く離脱しようとするが、遅い。
いくつかの魔法陣が重なっていく。十数人で作った砲撃をさらに重ねているのだ。恐らく一人一人の練度はそれほど高くないだろう。だが、だからこそ、何人もがそれぞれのイメージをつなぎ合わせ、強化しているのだ。英雄クラスの一撃とまではいかなくても、ソレの一歩手前。抑圧され続けたという負のイメージが今ここに閃光の咆哮となる。普段ならともかく、今の戦闘で、疲労した両連合の兵士たちでは防ぎきれるかも怪しい。
だが、しかし、無常にも、いやある意味では当然のこととして。
戦場を貫いた。
●
「……?」
「……!?」
驚愕はその場にいた全ての者から生まれた。そう、砲撃を放った者たちも、放たれた者たちも同じだ。なぜならば、戦場を貫いた、いや、貫くはずだった閃光が途中で止まったから。戦場の中心に届く前に、その手前で飛び出してきた二つの人影。その二人から生じた暴風と稲妻が閃光とぶつかり合い、わずかに鬩ぎ合い、閃光が消えたのだ。
「――」
閃光と巻きあがった土煙りが晴れていく。そこにいたのは――クロウとセレスだった。
二人がそれぞれ魔石による暴風と精霊術の稲妻で閃光を相殺させたのだ。勿論それは簡単なことではなかった。実際二人の身体は傷だらけだった。
それぞれの服装は完全に血に沈んでいて見るからに満身創痍だ。元より無事なとこはどこにもない。特にクロウの腹の刺突の傷とセレスの胸の×の字の傷は完全に致命傷。さらに閃光を止めるために使ったのだろう両腕の裂傷も激しかった。だが、それでも二人とも己の両の足で立ち閃光を止めていた。
その後ろ姿に誰もが呆然とし、その正面から二人を見た者たちは戦慄する。自分たちが同時に練り上げた魔法が半死半生の二人程度の止められていたのだから。
「……ぐっ、ごほォッ」
「っは……クッ……!」
二人の口から、いや口だけでなく、体の各部から鮮血が吹き出している。だか、それでも、
「ハッ……どう、よ、セレス……まだ、動ける、か……?」
「貴方は、どうな、の……?」
「余裕だぜ」
「なら私も」
明らかに強がりの言葉だった。だが、それでも互いに苦笑しあい、視線だけは前を向き、
「おい聞け! 殿やってやるからとっと退けよ!」
叫ぶ。殿。つまりは囮だ。
そう叫んだクロウと共に動かないセレスを見てほとんどの兵たちは安心したようにしながら逃げ出すが、
「おいばかクロウ! お前のそんな体でなに言ってんだ……!」
「アンタもだ、お嬢! 死に体じゃねぇか!」
ロウガンやセレスの知り合いの傭兵たちが叫ぶ。
そう、どう見ても二人には死にかけだった。何せ、最後に二人がぶつけ合った決殺技は英雄クラスにすら匹敵する一撃だった。そんな規模の攻撃同士がぶつかりあって無事な訳が無い。血だらけの見た目以上に全身ボロボロなはず、だったのだ。
「馬鹿、だからだろ。こんな体だからこそ、残るんだ」
「……あなた達は、怪我人を運んで。それくらいは、食い止める」
「馬鹿が……!」
「いいから、行けよ。 アンタがいないとまとめ役とかいないから困るだろうが」
「……メイリンに、よろしく言っておい、て」
「お嬢!」
ロウガンたちが叫ぶも、それでもクロウとセレスは振り返らない。それに対し、ロウガンたちがまだ叫ぼうとするが、
「----!!」
雄たけびが上がった。それは森の前に陣取っていた反逆者たちの再起だ。確かにセレスとクロウに渾身の一撃を受け止められ戦慄したが、しかし、その程度では止まれないのだ。
それで止まっては、何のために山を越えたのか。何のために戦場に隙が生まれるまで潜伏してきたのか。
彼らが集った経緯はクロウやセレスたちが考えている程簡単ではなかった。
大軍を動かせば大国に悟られる。だからこそ、各中小国から十数人ずつがバラバラに集い、この戦場で集合したのだ。無論誰もがここに来れたわけではない、山の環境に負ける者もいたし、来る途中で大国の兵と交戦し、殺された者たちもいたのだ。
だから臆するわけにはいかない。例え戦況そのものは変えられなくても、この戦場くらいは自分たちでの手で大国の鼻を明かしてやろうという意地めいた思いが、彼らを突き動かす。
「----!!」
「----!!」
「----------!!」
咆える、叫ぶ、最早声にならぬ絶叫が轟き響く。
そして、それに対し、
「行け」
「行って」
「………糞!」
悪態付きながらようやくロウガンたちが後ろを向いて走りだす。
「クロウてめぇ、ちゃんと戻ったらどっちが勝ったか報告しろよ、俺はお前に賭けてたんだからな!」
「お嬢、俺たちもだ!」
野次を飛ばすように叫び、
「それなら俺が勝ったに決まってるだろ」
「そんなの私が勝ったに決まってる」
声を揃えて言う二人に、無理矢理な笑みを浮かべながら、去る。
●
去っていく足音と向かってくる足音。その二つを耳に届けながら、
「……やれやれ、これは死ぬなぁ」
「……そんなこと、いちいち言わなくて、いい」
血が流れ出過ぎたのか、ふらつきながら言葉を紡ぐ。
「てか、肩並べて一緒に戦うのは始めて、か」
「……」
少し考えてコクリと、頷く。
言われてればそうだ。一年前に再開してから、ほとんどお互いのみを殺すためだけだったから。だからこうやって、同じ方向を向くのは始めてのことだった。
「……」
「……」
迫る感情の瀑布を見る二人の目は凪いでいた。彼らに言う言葉はない、ただ、生きるために必死なのだ。言えるわけがない。
「なぁ……」
「……?」
「お前さ、貴族になれるか?」
「……貴方は、王国で騎士になれる……?」
「……」
「……」
「…………無理だろ」
「…………無理」
バッサリと、互いの幼いころからの夢を無理だろ言い切った。クロウは苦笑しながら肩を竦め、セレスは何時も通りの無表情だ。
「てかあれだよな、一度没落して都合良くお家復興とか無理だろ。おまけに戦争中だしさぁ」
「……いくらなんでも敵国出身の人間を王国の騎士になんかできない」
言い合う。視界の中で、いくつかの魔法陣が浮かんだ。そして剣を、斧を、槍を、それぞれの武器を振りあげてる反逆者たちが迫ってくる。
それをぼーっと見ながらも、
「子供って怖いな、なんにも知らない」
「……ホントに」
「…………」
「…………」
「なぁ」
「ん」
「貴族様は無理だよな」
「騎士様も、無理」
「なら、さ」
「ん、だから」
「…………今度は、これからは護るから、一緒にいてくれよ」
「…………優しさは持つから、護って」
「…………」
「…………」
ク、と二人の口元から笑みが漏れる。こんな状況で、いやこんな状況だからこそ、か。生死の境界線上という境地だからこそ、二人の心は驚くほど凪いでいたのだ。それに、正直言って殺し合うのはさっきの決殺で十分だった。
だから、
「今度は、生きよう」
「……うん、一緒に」
そして、その為に。
双剣を逆手で握る。槍を構える。最後の魔法石を握りつぶし全身に纏う。雷精に懇願し、無理にでも纏う。
「行こう」
「行こう」
そして――行った。
●
これがこの二人の物語だ。
この後、この中小国に介入より大戦争はさらに戦火を広げ、後に泥沼と称される後期に突入するのだ。
これが始まりと言うわけではなかった。だが、それは確かにきっかけの一つとなったのだ。
この戦闘の結果がどうなったのかは、後世にはほとんど記されていない。
結局、誰も帰ってこなかったから。反逆者たちも傭兵の少年と少女も。どちらもだ。少なくとも、体勢を整えた者たちが再び戦場に戻っても、大規模の戦闘の痕はあった。かなりの反逆者たちと思わしき死体もあった。だが、二人の姿だけはなかったのだ。
生死不明。
この簡単な四文字が二人の結末だった。
なんてことはなく、二人の傭兵の結末はそんなものだったのだ。
だから。だからこそ。時は流れ、戦争は終わっても、その物語はまことしやかにささやかれる。
たった二人で百もの感情の瀑布に立ち向かった戦い。
その戦いに参加していた傭兵の一人はこういうのだ。
――――これは馬鹿二人の痴話喧嘩の話だ。犬も喰わない喧嘩を一年も続けてたお似合いの二人の物語だ。
その戦いに参加していたある国の騎士はこういうのだ。
――――これは悪鬼羅刹の虐殺の話だ。己から、相手から流れる血を見て狂喜する修羅の物語だ。
そして、この話を聞いた吟遊詩人はこう謳うのだ。
――――これは二人の恋の奇跡の話だ。お互いに刻みあいながら、それで想い合った二人の物語だ、と。
ただ一緒に生きたい。そんな恋が起こす奇跡がある、と。