第70話
それから俺たちは、意識を失ったレイノとシンシュさんを医務室まで運んだ。幸いシンシュさんの怪我は俺の魔法ですぐに治癒させられたし、レイノの方もオルシナスが上手く手加減してくれたお陰で治療にはさほど苦労はしなかった。
「ありがとう、オルシナス」
医務室の無機質な白いベッドの上で眠っているレイノを挟んで正面にいるオルシナスに礼を言った。もし彼女がいなかったら、間違いなく取り返しのつかない事態になっていただろうから。
「わたしも……怖かった」
「あの殺気の事か?」
俺の問いに、オルシナスは黙って首を横に振る。
「わたしは……そういう殺気に対しての……強い耐性を持たせられてるから平気……だけど……怖かった……レイノも……殺してしまうんじゃないかって……」
そして消え入りそうなほどの小さな声で呟いた。
「全然状況飲み込めてないんだけどさ、他にもいたの? レイノみたいな子」
俺の隣に座っているウェリカが安らかな寝顔で眠っているレイノの顔を見ながらオルシナスに尋ねた。雑な問いかけだったが、オルシナスは相変わらず顔色一つ変える事無くこくりと一回頷いた。
「超人的な力を持った人とは……何度も戦わされた……でも……レイノが……今まで戦ってきた人と同じなのかは……わからない」
「理事長は知ってたのよね? この子が、普通じゃない力を持ってるって」
ウェリカがレイノの頬を指でつんつんとしながら、シンシュさんが寝ているベッドの側にいたクインテッサに尋ねる。
「どうなんだよ」
俺も、クインテッサを見て言う。クインテッサは言うしかないか、と覚悟を決めたような真剣な表情で、真っすぐ俺と目を合わせてきた。
今まであえて考えないようにしてきたが「アナザークラス」に入れられたという事は、きっとウェリカやオルシナスと同じように人並外れた力を持っているのだろうと察してはいた。だがしかし感じ取れる魔力は普通の魔法使いそのものだったため、まさかあんな秘密を隠しているとは想像出来なかった。
答えがわかれば、迷宮で見せた火事場の馬鹿力も、そういうのに由来するものだったのだなとなるが、あのときは何も知らない状態だったから、何も思わなかった。思えなかった。
「レイノちゃんはね、アルドリノールの故郷で起こった『魔物化現象』の生き残りなの。理由はわからないけど、魔物になってもなお、正気を保っていられたんだって。やがて身体も人間の頃と変わらない姿に戻った。ただ一つ、瞳の色を除いて」
クインテッサは俺から目を一度も逸らさないまま、説明を始めた。
「……本人から、さっき聞いたよ。俺の家族も殺したんじゃないかって事も」
「そっか」
俺がそう返すと、クインテッサはそれだけ言った。
「アルドリノールを『アナザークラス』の担任にするって決めたとき、本当にレイノちゃんを入れるべきなのか、ちょっと迷ったの。家族を殺された先生と、先生の家族を殺したかもしれない生徒。普通に考えたら学級崩壊待った無しだけど、アルドリノールなら大丈夫かなって思った。だから、当初の予定通りに編成する事にしたんだ」
「買い被りすぎだ」
「でも、大丈夫だったでしょ?」
「……まあ、な」
たとえレイノが俺の両親を、フィオラを介錯したのだとしても、俺は彼女に対して悪感情を抱かない。なぜならそれは、自ら望んで行った事では無いと、確信出来るから。とはいえ、何もかもを気にせず水に流そうとまでは思えないのも、事実だった。しかしレイノに罪悪感を感じて欲しいとも思っていなくて――と考えが堂々巡りになりそうだったので、思考を断ち切る。
「だけど、レイノちゃんはそうじゃなかった。怒られたよ。どうしてアルドリノールが、レイクレイン家の子息だって言ってくれなかったのかって」
「そうか……知らなかったのか……レイノは……」
ウェリカとオルシナスには教えた記憶がはっきり残っているが、四人全員が教室に集まっているときにレイクレイン家がどうのこうのといった話は、今までした記憶が無い。わざわざ大っぴらに喧伝する必要も無いと思っていたが、こんな事になるならさっさと言っておいた方が良かったのかもしれないと、今になって考える。
「……レイノちゃんには、過去も、自分の力も、全部受け入れて欲しいんだけど……難しいのかな……」
静寂と、薬品の匂いに包まれた医務室に、クインテッサの呟きが響いた。
「……やっぱり、頼りになりっぱなしだね。アルドリノールに」
ややあって、微笑んでいるのに、どこか悲しそうな顔でクインテッサが俺を見た。
「俺を頼ろうとしなかったのはそれが理由かよ」
「私だけじゃ、どうにも出来なかったから。アルドリノールと、オルシナスちゃんがいてくれて、本当に良かったよ」
クインテッサが立ち上がり、俺の方へと近寄ろ――うとしたところで、ウェリカが立ち上がった。
「と、とりあえず! あたしたちはもう行きましょ! オルシナス!」
そう言って俺の手を取り、医務室から出て行こうとするウェリカ。
「どうして急に――」
「いいから!」
いきなり何なんだと思いつつも、確かにこのままここで目覚めるのを待つのもどうかとも思ったので、俺はウェリカに引っ張られるがまま医務室を後にしたのだった。なんでこのタイミングなのかはさっぱりわからないが、何か考えがあったりするのだろうか。
「なんか理事長、あんたの事うっとりとした目で見てたし!」
「そんな理由で!? てかそんな目で見てたの!?」
「気づいてないの!?」
俺の手を取り俺の前を歩くなぜかウェリカが驚愕の表情を浮かべながら振り向いてきた。驚きたいのはこっちだよ。
「……」
てくてくと可愛らしい足音を立てながら追いついてきたオルシナスが、無言で俺の顔を見てきた。なんだその何か言いたげな目は。
……もしかして、これがうっとりとした目だとでも言いたいのか。
だとするのならば、それはすごく可愛くて、俺は思わず――
「だあああああ!?」
「痛あ!?」
ウェリカが突然奇声を上げて走り始めたので、肩の関節が外れそうになった。
こいつは一体何がしたいんだ。
「なんなんだよ!?」
「あああ! ああああ! わー!」
答えは、わかりそうになかった。




