第41話
アルドリノール先生が望まない結婚をさせられたウェリカちゃんを連れ戻しにブーゲンビリアまで行ったっきり、帰ってこない。
事態の把握もする必要があるとの事で「アナザークラス」は学校判断で一時休講となった。
突然出来てしまった休日に、私は一人で学校を離れてロゼフローラ領にある墓地を訪れていた。
ウェリカちゃんの事もすごく心配だけれど、やれる内にやっておきたい事があって、オルシナスちゃんとストレリチアちゃんには黙ってここまで来た。
等間隔で並べられているお墓全てに、赤い小さな花を添えた。こうしていると、私が屠ってきた一人一人に、頭を下げている気持ちになれる。
持ってきた花が残り僅かになってきて、墓地の奥まで進んできた頃、他のお墓よりも一段と大きなお墓が三つ並んでいるところまで辿りついた。
「ごめんなさい……」
私は手に残っていた花全てを添えて、精一杯の思いを込めてお墓にお祈りする。
こんな事をやっても、許されるとは思っていない。
だけど、私にはこうする事しか出来ない。
ずっと頭を下げていると、酸っぱいものが喉から込み上げてきた。
ダメだ。ここで吐いちゃ。
違う。
ダメなのは、アルドリノール先生と一緒にいる事だ。
だけど。
私には、他の居場所なんて、どこにもない。
「ごめんなさい……私が一緒にいて……本当にごめんなさい……」
もう一度謝って、墓地を後にした。
*
市街地を歩きながら、私は思い出していた。
十二年前、まだ小さかった私は、両親に連れられてレイクレイン領――今のここにやって来た。
海に面しているここは気候も穏やかで、食べ物も美味しく、自分の名前とも少し似ているこの場所を私はすぐにこの地を気に入った。親の仕事が休みの日はよく町の図書館に連れて行ってもらって絵本を読んでもらったり、食堂で海鮮料理を食べさせてもらった事を子供ながらに覚えている。
だけど、楽しかった時間は長くは続かなかった。
当時の事は断片的にしか覚えていないけれど、とにかく「魔物化現象」がここで起きて、私は両親を失った。
両親を失っただけなら、まだ良かったのかもしれない。
私は、気づいてしまったのだ。
手が、どす黒く長い爪が生えている異形になっている事に。
口元を触ると、唇が無くなっていて、歯が鋭くなっていた事に。
自分自身の身体も、魔物になっているという事に。
狂乱状態に陥った私は自分の状態も理解出来ないまま、目の前にいる人を爪で切り裂いた。記憶に残っているのは、水色の髪色をしていた事と首から噴き出た血しぶきの感触だけだ。
何も考えられなくなって一心不乱に逃げ出した私は、知らぬ間にレイクレイン公爵の邸宅前までやって来ていた。
「頼む……人間でいられている内に……殺してくれ……」
ズタズタに破れている服を着た男の人が私にそう言ってきたので殺した。近くにいた歪な姿で黒い猫のような魔物も殺した。ヤギのような魔物も、泥みたいな魔物も、鳥のような魔物も、なりふり構わず殺した。
そうやって数え切れないほどの魔物を殺し続けていると、たった一人でたくさんの魔物と戦い続けている女の子の姿が見えた。女の子は魔法使いがよく着ているローブと帽子を身に纏い、魔法を使って魔物を倒し続けていた。だけど一瞬の隙をつかれて杖を持っていた腕ごと魔物に噛み千切れられて、地面に倒れて、魔物にもみくちゃにされた。
私は視界に映る魔物を殺し尽くすと、彼女の血だらけで青ざめた顔を間近で見に行った。
「私……すっごいかっこよかったよね……わかんないか……ははは……」
女の子は息も絶え絶えにそう言った。
「魔物化が……まあいいや……私……死ぬから……海に投げてよ……こんなグロいの…………さんが……見たら……死んじゃうかもしれないから……」
私は言われるがまま、女の子を持ち上げて海まで歩いて行った。
不思議なほどに女の子が軽く感じたのを、今でも鮮明に覚えている。
「ありがとう……じゃあ……蹴って……」
誰もいない港まで着くと、私は女の子を獣のように太くなっていた脚で海に蹴り落とした。女の子は沖までぷかぷかと紙のように流されて行って、やがて見えなくなった。
これが私の「あの日」の記憶だ。
自分で記憶に蓋をしているのか、単に幼児期だったからなのかはわからないけれど、これ以上は何も思い出せないままだ。
だけど、後に読んだ「あの日」の資料に描かれていたレイクレイン公爵家の人物の肖像画が、そんな曖昧な私の記憶の中でも残る人物の姿と重なってならないのだ。
殺してくれと言った男の人。海に投げてと言った女の子。
確証は無い。だけど私は、先生の家族を、この手で殺したかもしれない。
その可能性は、限りなく高い。
帰ってきた先生がこれを知ったら、どう思うだろうか。
考えなくても、わかっている。
「……帰りたくない」
口が、自然とそう動いていた。
気づけば私は馬車に乗り「ノコエンシス領のナモフーまでお願いします」と御者さんに言っていた。
私は、一体何をしようとしているんだろう。
自分でも、わからなかった。




