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第39話

「あの……」


 泣き止んだウェリカが帰る準備をすると言って病室から出て行った直後、シンシュさんが入れ替わりでやって来た。メイド服姿ではなく、シンプルな白いシャツブラウスとロングスカートという出で立ちだった。


「怪我はありませんでしたか?」

「はい……」


 俺の問いに、シンシュさんは俯いたまま返事をした。


「ごめんなさい……わたくしのせいで……」

「シンシュさんのせいじゃないですよ」


 涙声で俺に謝るシンシュさんに対して、俺はすぐにそう返した。守れる人が目の前にいるなら迷わず守る。それだけの事だから。


「…………わたくしなんか……見殺しにしても良かったのに……」

「シンシュさんが死んだらカトレアが悲しみます」

「……わたくしの代わりなんて……いくらでもいます……」

「……カトレアは今、どうしているんですか?」


 これ以上自分を卑下する言葉を聞きたくなかったから、わざと話題を逸らした。


「辺境伯の地位を急遽継ぐことになりましたので……雑務をこなすため先に領地へと帰っています……」

「そうですか……」


 あの殴り合いは結局どっちが勝ったんだろうか。無事に帰れているって事は負けはしなかったんだろうけど最後はどう終わったのか気になる。


「カトレア様からは……先生が退院したらウェリカ様と共に学校へと送り届けるように指示……されています……」

「またカノンちゃんに乗るんですか?」

「はい……嫌……でしょうか……?」

「ああ嫌じゃないです! 全然!」

「ですが……高い所が苦手だと……」

「大丈夫です! またシンシュさんを抱けば耐えられますので!」


 シンシュさんを元気にしようと明るく言ったけどなんかとんでもないこと口走ってないか俺?


「わたくしに……先生に抱いてもらう資格は……」

「あります!」

「ないんです!」


 俺はわざとらしいほど元気に即答したが、シンシュさんは今までにないほどに大きな声を上げて俺の答えを打ち消した。


「わたくしは……先生の……いえ……アルドリノール様の……」

「アルドリノール様の?」


 俺が撃たれた事ならそんなに気に病まなくていいと言おうとしたが、どうやら違う理由のようで、不自然に言葉を反復してしまった。


 顔が熱くなりそうなのを感じていると、真正面に立っているシンシュさんの全身が凍えているかのように震えている事に気がついた。


「アルドリノール様の……」

「言いたくないなら、言わなくていいです」


 雰囲気からして、シンシュさんは何かを俺に打ち明けようにしているのではないかと感じた。でも、言うのが怖い。出来る事なら言いたくない、そういう風にも思えた。


「言わなきゃ……ならないんです……わたくしのせいで……アルドリノール様の……妹様の……フィオラ様は…………死んでしまったんです……!」

「どういう事ですか……?」


 シンシュさんのせいで、フィオラが死んだ?


「わたくしは……生まれはクラウディア領なのですが……幼少期は…………レイクレイン領で……暮らしていたのです……」

「そう……だったんですか……」


 俺の家の元領民……だったのか……。でも、だからといっても……。


「どうして……妹が……?」


 頭に靄がかかったような気持ちになりながら俺が尋ねると、シンシュさんはすすり泣き始めた。この時点で、シンシュさんがフィオラを殺した訳では無いのだとわかる。


 そうであって欲しい、と俺が思っているだけなのかもしれないが。


 俺が願っていると、シンシュさんは時間を掛けてゆっくりと呼吸を整えた後、静かに口を開いて話を始めた。


「『魔物化現象』が起こった時、わたくしはまだ八歳でした。両親は様子が変な町の状況を確かめに行ったきり……戻ってくることはありませんでした……。やがていつまでも帰ってこない事に不安を感じたわたくしも……外に出ました……ですが……数えきれないほどの魔物が……町を跋扈していたのです……」

「そう……だったんですね……」


 俺はその時、王都で学生をやっていたから死なずに済んだ。だから実際にいた人からこういう話を聞くといつも胸が苦しくなる。言伝にしか知らないからこそ、どうしようもない罪悪感に苛まれる。


「わたくしは追ってくる異形の魔物たちから必死に逃げ続けました。ですがすぐに息が上がってしまって動けなくなってしまいました。魔法も使えないわたくしは文字通りもう為す術も無く、魔物に食べられてしまう――そう覚悟した瞬間、フィオラ様が颯爽と現れて魔物を倒してくれたのです。ですが魔物はあまりにも多く……わたくしを守って戦い続けるのにも限界が来て……わたくしを風魔法で目一杯遠くまで飛ばした後……たくさんの魔物に……」

「……わかりました」


 もう、十分だ。


 フィオラが、最期に誰かを守って死んだ事が知れたから。


 それで、十分だ。


「カトレア様から……教えてもらっていたのですが…………言えなくて…………拒絶されるのが……怖くて…………ごめんなさい……」


 顔をあまり合わせてくれなかったのは、そういう理由だったのか。


 でも、俺は。


「俺は……いいんです。妹が命懸けで守った人が、こうして生きてくれれば、それで」

「だけど……!」

「……もし、負い目があるのなら約束してください。これからもずっと……生き続けるって。妹が生きていたかった時を、代わりに生きるって。見殺しにしていいなんて、もう言わないって」


 今回の事もだけど、自責の念を抱いて生きるよりも、そうして前を向いて生きていって欲しいと俺は願う。


「でも……わたくしは……」

「生き残った者同士、仲良くやりましょう。妹だって、きっとそれを望んでいるはずですから」

「……はい」


 俺の言葉にシンシュさんは泣きながらではあるけど、小さくこくりと頷いてくれた。

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