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第36話

「アルドリノール! ねえ! アルドリノール!」


 必死に呼び掛けてるのにアルドリノールは頭から血を流してぴくりとも動かない。なんで。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!


「やだ……やだ……こんなの……ああああああああああ!!」

「ご主人様……なんで……こんな事……」


 そばにいた姉上の従者のシンシュが目の前で銃とかいう武器を持って立っている父上に話しかけた。


「邪魔者を排除した。それだけの事だ」

「そんな言い方……!」

「お前も撃ってもいいんだぞ。抵抗はするな」


 父上は銃をシンシュに向けた。なんで、なんで、なんで!


 アルドリノールが……先生が……お兄ちゃんが……殺されなきゃならないの!


「ああああああああああああああああああ!」


 どうして! どうして! どうして!


「起きてよ! 目を覚ましてよ! あたしを最強にしてよ! うわああああああああ!!」


 あたしは動かないアルドリノールにしがみついて、ただただ泣いて叫ぶ事しか出来なかった。


「微かだけど脈はある。だからまだ、助けられるよ」

「え……?」


 泣いていると、ずっと黙ってあたしたちのやり取りを見ていた、あたしの婚約者でブーゲンビリアの第二王子――ガランス・フォン・ブーゲンビリアが足早にこっちにやって来てアルドリノールの手首を掴み取りながら言った。


「とにかくまずは回復魔法だ。全ての生命の根源たる母なる水よ、彼の者の傷を癒せ――アクアヒール」


 ガランスはアルドリノールの身体に両手をかざして回復魔法を発動した。するとたちまち、という感じではないけど、溢れ出す血の量が少しずつ減り始めた。


「出血はこれで大丈夫だ。でも銃弾が体内に入ってるからこれを摘出する必要がある。早く病院に――」

「殿下。一体何をやられているのですか」


 父上が氷のように冷え切った声でガランスに言い放った。


「治療ですよ」

「なぜこいつを治療する必要があるんだと聞いているんだ!」

「……この人が、ウェリカちゃんの先生、なんだよね?」


 ガランスは父上の怒鳴り声に動揺する素振りも見せず、あたしに確認してきた。声も上手く出せなかったから、何度も必死に頷いた。


「今日、ここに来るって知ってた?」


 首を横に振った。知ってたら、絶対に止めてた。こんな事に、なって欲しくなかったから。


「…………アルドリノール先生は……わたくしと……カトレア様が……ここまで連れて来ました……お二人の結婚を……阻止するために……」


 シンシュが顔を両手で押さえながら、涙声で言った。まさか姉上が…………話……もっとちゃんと聞いておけばよかった。


「……なんだ。ちゃんと、愛されてるじゃないか」


 シンシュの言葉を聞いたガランスが、小声で呟いた。


「ダメだな。やっぱり僕には、無理だったみたいだ」


 そう言ってガランスは立ち上がると。


「影なる我が魂の根源よ。鋭利なる刃へと形を変え、愚者の胸を穿て――デモンズナイフ」

「殿下――がはあああ!」


 父上の胸を、闇魔法で創り出した黒い刃物で一刺しした。


「な……なに……を……」

「辺境伯殿。なぜ僕がウェリカちゃんと結婚しようと決めたのか、知っていますか?」


 突然の事態に唖然とした表情で胸を抑える父上に、ガランスは変わらない顔色と声色で尋ねた。


「それは……生贄として……」

「はい。僕はウェリカちゃんを生贄にして、召喚魔法を発動するつもりでした。彼女は生贄としては最上級ですからね。何としてでも自分のものにしたかったんです」


 ガランスはきっぱりとそう言い切った。やっぱり……あたしの存在価値なんて……そんなのしかないのかな……。答えてよ……アルドリノール……。


「なら……どうして……私を……」

「僕は召喚魔法を使って、異世界に行ってしまった伯母上を取り戻そうと決意しました。そのためならどんな手段も使うし、どんな犠牲も厭わない。そう割り切っていたつもりでした。でも……やっぱり無理ですね。人が傷ついている姿を目の前で見せられると、気持ちなんて簡単に揺らいでしまう」

「き……貴様……何をしているのか……わかっているのか……」

「あんたが自分の娘を単なる便利な道具だとしか思ってないのも気に入らなかった。だけどそれに文句を言ったら結婚なんて出来ないし、最高の生贄も手に入らない。なんとか感情を押し殺しましたよ。でも、気づいちゃったんですよね。僕はまた『悲劇』を繰り返そうとしているって。祖父たちが伯母上にやった仕打ちと、同じ事をウェリカちゃんにやろうとしているってね」

「てめえの……伯母って……誰だよ……俺が……てめえごと……殺してやる……」


 父上はガランスに銃を向けたけど、あっさりと拳で叩き落とされて終わった。ガランスは落ちた銃を誰もいない方向へ蹴り飛ばした。


「皆さん大好き、マゼンタ・フォン・ブーゲンビリアですよ」


 床に血をポタポタと垂れ流し、息も口調が荒くなった父上に、ガランスはわざとらしい笑みを浮かべながら言った。


「マゼンタは……死んだはずでは……」

「世に出回っている史実では死んだって話になっているようですが、実際には異世界に転移しただけで、まだ生きてるんですよ」


 マゼンタってまさか……レイノがよく読んでいる小説の……主人公……? 本当にいた人だったんだ……。


「ふざけんじゃ――」

「果てなき常闇に飲まれろ――エンドレスダークネス」


 ガランスは簡単に詠唱を済ませると手から真っ黒な闇を放ち、父上の顔を覆った。次第に闇は顔から身体中に行き渡り、やがて全身が闇に包まれた途端、一気に縦長だった闇が集束して、一つの小さな球になるとガランスは邪魔な羽虫のようにそれを片手で握り潰した。


「ごめんなさい夫人。あなたの旦那さん、潰しちゃいました」


 そして椅子の上でブルブルと震えてるだけの母上にこう言った。それからガランスは向きを変えて、ブーゲンビリア国王と王妃に身体を向けた。


「婚約者の父親を消しちゃったら、結婚なんてもう無理ですよね?」

「お……お前は……なんてことを……」

「そうよガランス……こんなのはあまりにも……」

「だけどその人は銃を持っていて、無抵抗の人を撃った。消されても文句は言えませんよね?」

「お前は本当にそれでいいのか……マゼンタと……会えなくても……」

「いいんですよ。また別の方法を考えますから。それよりも今は」


 ガランスは強引に親との話を打ち切ると、しゃがんであたしと顔を合わせてきた。


「先生を病院に連れて行かないとね」

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