第35話
「アルドリノール!」
扉の先には、絢爛なシャンデリアが三つ吊り下げている高い天井と鮮やかな赤い石で作られた床が広がっていて、奥にある長机の前にある赤く巨大な椅子には白いドレス姿のウェリカが座っていた。彼女は翡翠色の瞳を大きく丸めて、俺の名を呼ぶ。
「ウェリカ!」
彼女の名を呼ぶ俺も、きっと同じような目で彼女を見ているのだろう。
「部外者が入って来るだと!? 魂壊竜は何をしている!?」
ウェリカとは別の長机の前に座っていた赤髪の老人が赤いマントを翻しながら立ち上がり、怒りの形相で俺を見た。魂壊竜とは何だ、いや、今はそんな事どうでもいい。
「貴様は……ああ……レイクレイン家の長男か」
ウェリカの隣に座っていた黒い礼服で緑髪の中年男が見下すような眼差しを俺に向ける。間違いない、こいつこそがウェリカの父親であるクラウディア辺境伯だ。
「ウェリカを……自分の娘を犠牲にする事に、思う事は無いのか!」
感情のままに、言葉を発する。
「無いな。私はこういう日が来る事を見越して、今までこいつを生かしておいたのだから」
辺境伯は迷う素振りすら見せる事なく、こう言い放った。
「そも、クラウディア家に関して部外者に口出しされる筋合いは無い」
「家の事じゃない、ウェリカの事を聞いてるんだ!」
「こんな化け物の利用価値など、せいぜい兵器か生贄しか無いだろう」
……こんな奴に、こんな事を尋ねた俺が馬鹿だった。
助けに行くのを、殴りに行くのを、躊躇った俺が馬鹿だった。
元々こいつがこういう奴だってのは、ずっと前から知っていただろう。魔法の才能に恵まれている家である俺達《レイクレイン家》を、多くの貴族が集まる社交界で化け物の家だと罵った事を、忘れなかった日は無い。
だからそんな奴の娘が魔法学校にいるのを知った時は驚いたし、そんな奴の娘の担任なんて断固願い下げだって、内心は思ってた。
でも――。
「ウェリカ! こんな――」
刹那、謁見の間に空気が割れたような激しい破裂音が響き渡った。
光魔法――光の時間。光属性のマナを大量かつ瞬時に全身に巡らせる事により、一瞬だけではあるが光の動きを目で追える程に体感時間を引き延ばす事の出来る魔法を反射的に発動した。
何が起こったのかは静止した時間の中で目を動かすとすぐに気がついた。辺境伯の持つ黒い筒から、鉛玉のようなものが高速で俺――では無く俺のすぐ斜め後ろに立っていたシンシュさん目掛けて放たれていた。そうしている間にも鉛玉は徐々にシンシュさんに近づいている。俺は咄嗟にシンシュさんを突き飛ばし――。
「がああああああああああ!」
首の付近に鋭い刃物で刺されたかのような痛烈な痛みが走り、魔法が切れた。
「アルドリノール!?」
明滅する視界の中で、ウェリカの叫び声が頭の中に響いた。
「な……何……!? 何が……あったの……!?」
近くで聞こえるシンシュさんの呆然とした声。良かった、大丈夫そうだ……。
「何をしたの!?」
「撃ったんだ。これでな」
「これって……あのときの武器……!?」
「異世界人が開発したこの『銃』はやはりすごいですね、陛下」
遠くでそんなやり取りが聞こえる。異世界の、武器か……。
「血……!? どうしたんですか……!?」
座り込んだまま、俺の顔を見るシンシュさん。まずい、意識が切れそうだ。
「い……癒があああああ!」
回復魔法を発動しようとした瞬間、今度は背中に激痛が走る。
「一発目は貴様を狙わなくて、正解だったな」
足音と共に段々近づいてくる男の声。
「貴様を狙って撃ってもどうせ魔法で弾かれて終わりだろう。だがシンシュを狙えば代わりに庇って撃たれるだろうと予想していた」
「ご主人様……!? 何を……!?」
「最期に、何か言い残す事はあるか?」
辺境伯は、俺の額に筒の先端を突きつけながら尋ねてきた。
「ウェ……リカ……」
「アルドリノール!」
ウェリカの声が聞こえたが、視界が霞み、遠くにいるのか近くにいるのかもわからない。
残された力を喉に集め、俺は必死に口を動かす。
「こんな奴の……子供なんて……辞めちまえ……貴族なんて……辞めちまえ……自由に……生きろ…………お前は…………兵器でも……生贄でも……ない…………お前は……天才で……俺の」
再び鋭い破裂音が聞こえ、俺は終わった。




