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第34話

 広い芝生の間にあった石畳を走り抜けて王宮の内部に突入すると、すぐにいかにも格調高そうな赤い絨毯が敷かれた床と、歴代の国王と思わしき人物が描かれた肖像画が見えた。上を見上げればこれでもかというほどの大きさのシャンデリア。


 大丈夫。俺の知っている宮殿とよく似ている。


 のは、良かったのだが。


「どうしてお嬢――ぐはぁ!?」

「な、なんでぐあああ!」

「待ってきゃああああ!」

「成敗あああああああ!?」


 俺は、愕然としていた。


 クラウディア家の嫡子たるお嬢様がワンピース姿で微塵の遠慮も見せる事なく廊下にいる人間を片っ端から拳だったり槍の柄で殴り倒しているのはまだ何とか理解する事が出来る。


 だが発せられた言葉からしてクラウディア家で働いているのだと思われる人間や騎士と思わしき全身を鎧で覆い良質な剣と盾を構えている人間すら一蹴している光景は目の前で実際に起こっているのにも関わらず理解が追いつかなかった。


「あ、あの……カトレアさん?」

「わたくしは貴族である前にウェリカのお姉ちゃんですのよ。この程度出来て当然ですわ。さっさと先に進みますわよ」


 カトレアは倒れている兵士の兜を踏み砕きながら平然と言った。お姉ちゃんが出来る程度のやつじゃないんだよそれは。


「カトレア様は幼少期より近接格闘術を学んでいらっしゃいますので、このような事は造作もございません」

「学んでたとしてもこんなん出来ないでじょ!?」


 当然でしょう? と言わんばかりのシンシュさんの発言にもたまらず突っかかる。


 ……なんか、いつかの授業でストレリチアが格闘術も学んでおいた方がいいと言っていた理由が何となくわかった気がする。


「賊め! この宮廷魔導士」

「遅いですわ!」


 紋章付きのローブと帽子を身に纏っている宮廷魔導士らしき人ですら全く歯が立ってないからだ。杖を構えて魔法を発動しようとしたときにはすでに接近されていて、次の瞬間には顎を砕かれ戦闘不能にされている。この人が味方で良かったと心の底から思う。というか貴族が思いっきり賊呼ばわりされてしまっているがいいのだろうか。いややってる事は完全に賊のそれでしか無いんだけど。


「この階段を上がりますわよ!」


 死屍累々(死んでる人はいないと信じたい)としか表現のしようが無い廊下を歩き、カトレアに導かれて俺はシンシュさんと共に階段を上がる。ここまでやってしまったら、もう後戻りは出来ないなと唾を飲んでから改めて覚悟を決める。


「こんなところで止まれませんのよ! わたくしは!」

「何奴――ぬおおおおお!!!」

「ここは通さああああああああ!!!」

「お嬢おおおおおおおおお!?」


 階段を上がった先にも兵士や使用人がいたが、またもカトレアは戦えそうな人、戦えなさそうな人関係なく目に映る人間は全て素早く無駄のない身のこなしで迅速かつ確実に排除し続けた。


「待っていてくださいまし! ウェリカ!」


 ウェリカのためだとはいえやりすぎなのではないかとも思ったが、だからといって止めたり引き下げたりした結果ウェリカがどうなるのかを考えると、俺には何も言えなかった。


「許してください……」


 俺に出来る事は、既に意識が無い相手の横を通りながら謝罪の言葉を言う事だけだった。


「我の食事を妨げるな」


 このままウェリカに会う事が出来るのではないかと思った矢先、奥にある扉から宝石のような輝きを放っている銀色の長い髪と瞳を持っていて赤い礼服を着た十歳くらいの少女がナプキンで口を拭きながら現れた。


「あ、あなたは――!」


 少女の姿を見て今まで一度も足を止めなかったカトレアが足を止めた。もしかしてこの子は王女だったりするのだろうか。いや、ブーゲンビリアの王家は代々赤髪だと「マゼンタ姫物語」で読んだ気がする。じゃあこの子は一体誰なんだ。口調も見た目とはアンバランスすぎるほどに尊大すぎるし、それに――。


 身体から噴き出ている魔力が、あまりにも異質すぎる。


 ウェリカともオルシナスとも異なる魔力の感じだ。どんな魔法が使えるのかまでは見当がつかないが、間違いなく、この子はそんじょそこらの大人の魔法使いよりも遥かに強いと断言する事は出来る。


「カトレアか。なぜ貴様がここにいる――いや、聞く必要は無いな」

「わたくしはあの子を取り戻さなければなりませんの。道を開けて下さる?」


 どうやら少女とカトレアは知り合いらしく、微妙に長い距離を取りながらやり取りをしていた。


「我はこの宮殿の防衛システムとして組み込まれているのだ。不法侵入の輩を通す訳にはいかない」

「ならば、押し通るまでですわ!」


 カトレアが言葉を発した瞬間、二人の拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃が俺の立っているところまで伝わってきて吹き飛ばされそうになる。横を見るとシンシュさんが尻もちをついていたので身体を支えて起こしてあげながら二人が殴り合っている光景を見る。


 カトレアが右ストレートを喰らわそうとすると少女はカトレアの手首を払いのけ空いた胴体に蹴りを浴びせようとするがカトレアが少女の足を掴みそれを軸として宙返りして躱す。少女は瞬時に振り向き着地時に出来る隙を狙いカトレアの顔面目掛けて拳を突き出すがカトレアは少女の腕を踏み台にして飛び上がり上空から蹴りを放つ。少女は一度腕を引いたと思いきやすぐに再度拳を振るってカトレアの蹴りにぶつけ、再び周囲に衝撃が走りシンシュさんが飛ばされた。


「今のうちに先に行きましょう。ウェリカ様は謁見の間にいるはずです」


 もう一度シンシュさんを起こしに行ったとき、シンシュさんがそう言った。


「そ、そうだな……」


 俺とシンシュさんはカトレアと殴り合っている少女に気づかれぬよう、二人の横を急いで通り抜けた。


「貴様、更に腕を上げたな」

「わたくしの限界はまだまだ先ですわ!」

「久々に全力を出せる気がするぞ」

「わたくしもですわ!」


 そんな声が聞こえたが二人の動きが速くなりすぎて目が追い付かなくなったため、最早何がどうなっているのか全くわからなかった。


 *


「あの銀髪の女の子って何者なんですか? 防衛システムとか言ってましたけど」

「わたくしも詳しくは知らないのですが、長い時を生きてきた亜人だと聞いています」

「なるほど……」


 実年齢は見た目よりもずっと上で戦闘能力も普通の人間より優れているから王宮の防衛という重要な仕事を任されてるのか。だとしてもあれだけ身体が小さくてもカトレアと互角に戦えていたのはすごいとしか形容出来ない。間違いなく魔法も使えるだろうし出来ればこのまま戦わずにいたい。カトレアには何とか頑張っていて欲しいところだ。


「この扉を開けた先が、謁見の間です」


 再び階段を上がってしばらく無人の廊下を歩くと、道中で見かけたどの扉よりも巨大な木製の扉が眼前に広がっていた。


 この扉の向こうに、ウェリカがいるのか。道中色々ありすぎたが、ようやくここまで来る事が出来た。


「行きましょう」

「……ああ」


 俺はシンシュさんに首肯してから扉に手を掛け、一気に押し開けた。


「ウェリカ!」

「……アルドリノール……!?」

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