第30話
「生贄って……どういう事だよ!?」
「落ち着いてくださいまし」
感情のまま立ち上がり、詰め寄ろうとした俺をカトレアは槍で制止すると、きっぱりとした声で言った。
召喚魔法――この世に存在するとされている魔法の中でも最上級に発動するのが難しい魔法の一つで、こことは異なる世界から生命体を呼び出す事が出来る魔法だ。発動には莫大な魔力が必要であり、何人もの魔法使いが力を合わせてようやく発動出来るか出来ないかと次元だという。任意の生命体を召喚したいのなら言うまでもなく、更に多くの魔力が必要となる。
魔力が足りない際は魔力を持つ道具を片っ端からかき集め、集めてもまだ足りないのならば魔力を持つ人間を「生贄」にして発動する。ストレリチアが自作の魔法を発動させるときに様々な素材を使うように、人間を素材として扱うのだ。
そのような手段で発動されていた背景もあり、この国においては使用する事自体が禁止されている「禁断魔法」であるのだが、ブーゲンビリアでは度々使用されているようであり、内戦が終わらない原因にもなっているとされている。
「最初から生贄にするつもりは無いでしょう。あの子が反体制派の人間を容赦なく殺せるのであれば全く問題はありませんもの」
「殺せるって何だよ!?」
「だから落ち着いてくださいまし。わたくしの心にだって滾る炎の一つや二つありますわ。ですが必死に抑えて努めて冷静に話しているんですから貴方も冷静になりなさい」
槍を下ろそうとしないカトレアに冷たい雨粒を飛ばされながら叱責され、俺は黙るしかなかった。
「結論から言いましょう。ブーゲンビリアの第二王子と結婚させられる理由は、あの子をブーゲンビリア国内で起こっている内戦を終わらせるための戦略兵器として使う他なりませんわ。実際、両家の誰もあの子を愛してなどいませんわ。ただ一人、わたくしを除いて」
「兵器……わたしと……同じ……」
ベッドに寝転んでいるオルシナスが天井を見上げたまま呟いた。
兵器として使う。誰も愛していない。魔法使いに対してのクラウディア家の考え方、現在のブーゲンビリア王国の情勢なんかを考えると頭のどこかではそうなんじゃないかって思っていたが、いざ身内からはっきりと告げられると自然と拳に魔力が上っていく。
やっぱりあのとき一発殴っておけばよかった。
「そうかもしれませんわね。ですがウェリカはとても優しい子。恐らく、いえ、間違いなく誰一人殺す事は出来ないでしょう」
カトレアがオルシナスの呟きに首を縦に振った後、横に振った。
「見限られるのも時間の問題って事かよ……」
「顔を上げなさい。わたくしはそのような事態を防ぐためにわざわざこんなところに来たんですのよ」
俯いた俺の顎を、カトレアは槍で強引に押し上げて言った。
「貴方、わたくしとブーゲンビリアまで一緒に来なさい」
そのまま、俺にこう言い放った。
「そしてウェリカをここに連れ戻しなさい」
「どうして……」
刹那、頬に強い衝撃が走り、視界が大きく横に傾く。ほどなくして、カトレアに殴られたのだとわかった。
「どうしたもこうしたもありませんわ! 五年振りの再会を遂げたわたくしがドア越しにいくら何を話しても『帰りたい』としか返してくれませんのよ! もうあの子の帰る場所は家ではなく、ここなんですのよ!」
「ウェリカ……そこまで……」
「悔しいですがわたくしにも立場というものがありますわ。本来ならばここにこうして訪れる事自体許されざる行為なんですの。ですから貴方がわたくしの代わりにあの子を救い出しなさい! あの子が犠牲になる運命を、捻じ曲げなさい!」
レイノに身体を起こされながら俺はカトレアの言葉を受け止める。だけど。
「俺には……」
「事の責任は全てわたくしが負いますわ。ですからもう一度貴族としての誇りを胸に立ちなさい! アルドリノール・レイクレイン!」
カトレアは左手に槍を持ったままこう言い放つと、俺に右手を差し伸ばした。
「お前……やっぱり覚えてたんだな……」
「わたくしと、踊ってくださる?」
いつかの社交界で社交ダンスと称してひたすら上下左右に振り回され続けた事を俺は死ぬまで忘れないだろう。
「お断りだ」
だから俺はこう言いながら、彼女の手を取り、立ち上がった。
「俺はウェリカと、踊らせてもらう事にするよ」
「承知、いたしましたわ!」
責任を取ると言われても、クラウディア家、ましてや外国の王家に歯向かうなんて末恐ろしい事出来る事ならしたくない。しないでいいなら、それが一番だ。
でも、それ以上に俺は。
ウェリカは兵器でも生贄でも無く、天才だという事を証明してやりたい。
あの子にまだまだ、たくさんの魔法を教えてあげたい。魔力制御が出来るようにしてあげたい。最強の風魔法使いになった彼女の姿を、この目で見たい。
それに。
「ウェリカは……俺の妹だからな」
兄として、全力で取り戻したい。
お前の居場所はここだと、心の底から言ってあげたい。
これが俺の、本心だ。
…………なんか空気が変になったな。唖然とした表情で皆が俺を見ている。
「貴方、いつウェリカの兄になったんですの?」
そうだった。この事はメーデル先生しか知らなかったな。
「妹みたいに、大事に思ってるって事だよ」
咄嗟に言い訳をした。
「そうでしたわね。貴方にもかつて、可愛らしい妹さんがいらっしゃいましたわね」
「……もう二度と、死なせたくない」
「わたくしも同じですわ」
カトレアは俺の手を引っ張ると「行きますわよ!」と言いながら窓枠に足を掛けた。
「行ってくるよ。あいつはアナザークラスの、学級委員だからな」
三人にそう言った後、俺も開け放たれた窓から外へと降り立った。
「……待ってる」
「いい結果を期待してるよ」
オルシナスとストレリチアが窓から身を乗り出して手を振ってくれた。
「では、行きますわよ! シンシュ! 飛び立つ準備を!」
「かしこまりました。カトレア様」
「な……!?」
雨降る暗闇の中、カトレアに引っ張られて走り続けたその先には、藍色の鱗を持った二頭の大きなドラゴンと。
「アルドリノール先生ですね。お話しはかねがね伺っております。わたくしはカトレア様に仕えておりますメイドのシンシュと申します」
メイド服を着た水色の髪の女性がいた。




