第29話
「改めまして、わたくしはクラウディア辺境伯の長女にして嫡女のカトレア・クラウディアと申しますわ。カトレアという名は同名の花から名付けられておりまして『優美な貴婦人』『あなたは美しい』といった花言葉があるんですのよ。以後、お見知り置きを」
槍を持ったまま窓から入ってきたカトレアは全身が濡れたままウェリカに似た色の長い前髪を軽くかきあげて翡翠色の瞳を見せると、長々とした自己紹介をした。「絨毯が……」とストレリチアが俺の背中に隠れながら嘆いている。
「……ここにはもうウェリカはいないぞ」
勘違いしていたらさっさと帰ってもらおうという思いを込めながら、俺はカトレアに事実を告げた。
「知っていますわ。ウェリカは今、ブーゲンビリアで結婚式の準備をさせられておりますもの」
「もう結婚式……!? いくらなんでも早すぎるだろ!」
「両家とも、夫婦になったという既成事実をさっさと作りたいんですのよ」
「それを伝えるためにわざわざここに来たのかよ!?」
苛立ちを隠せないまま、カトレアに言った。カトレアは俺の言葉を聞いて一笑すると再び口を開いた。
「貴族たるわたくしがそんな理由でわざわざこんなところに来る暇があるとでも? 貴族の時間は貴重ですのよ? もっと有意義な目的があって訪れたに決まっていますわ!」
「じゃあ何のために来たんだよ!」
「勿論、結婚式をブチ壊すためですわ!」
「……は?」
「何て呆けた声出していますのよ。むしろ他に理由があるとお思いで?」
「待て。お前は一体……」
「ウェリカのお姉ちゃんですわ!」
何を言っているんだと口にしようとした瞬間、カトレアはドヤ顔で言った。そして俺に槍の先端を突きつけながら話を続けた。
「わたくしは貴族である前にあの子の姉ですのよ。ですのであの子が泣いているのを黙って見過ごす訳にはいきませんの」
「泣いてるって……」
「あの子、家に帰って来てからというもの、まともに食事も摂らずにずっと部屋に引き籠っておりますのよ。まるでマゼンタ姫みたいに」
「……マゼンタ姫のは引き籠りではなく幽閉に近いでしょうが」
「まあ! 貴方も『マゼンタ姫物語』を読んだ事がおありで!?」
「後ろにいる彼女の影響でな。俺はまだ最初の方しか読めてないけど」
俺は後ろで俺の背中に隠れているレイノを見て言った。レイノは槍をこちらに向けたまま話をする不審者を怖がっているみたいで「はい……」と軽く手を挙げてカトレアに言うと、また俺の服にしがみつき始めた。
「ごきげんよう。貴方もマゼンタ姫が優れた魔力の才を持っていたが故に山奥の屋敷に幽閉されていたのはご存じでしょう?」
「は、はい……」
レイノが俺にしがみつきながら頷いた。マゼンタ姫が屋敷に一人で暮らしていた理由ってそうだったんだな……。なんか盛大なネタバレを喰らった気がするが、カトレアはレイノに目を向け話を続ける。
「わたくしの妹であるウェリカも同等――いえ、それ以上に優れた魔力の才を持っていますの。これが何を意味するのか、お分かりですわね?」
「まさか……!」
「まさか?」
何かに気づいたようなレイノを見る。まさか何なんだろうか。レイノはぎゅっと口を閉じた後、小刻みに身体を震わせながら言葉を発した。
「ウェリカちゃんを……召喚魔法の生贄に……!?」




