第28話
「わたしなら……ウェリカを連れ戻せる……」
「やめてくれ。オルシナスまで失いたくない」
「……でも……ウェリカは……」
「わかってる。だからこそ……悔しいんだ」
ウェリカがいなくなってから一週間が過ぎたが、俺はオルシナスと話す中でやはり何も出来ないという現実を思い知らされて無力感に打ちひしがれていた。
「私は……こんなの……間違ってると思います」
「平民ならきっとそうなんだろう。でも……ウェリカは貴族で、貴族の世界の中で生きているんだ……だから……」
「なら……先生はこれが正しいとでも言うんですか……!」
「言う訳が無い! こんなのが正しいなんて……認めたくない……」
「そう……ですよね……ごめんなさい……私……」
「いや……俺の方こそ悪い……」
レイノと言い合いになりかけ、お互い冷静になって謝る。レイノはとても優しい子だ。だからこそこの状況では残酷で、どうしようもない現実を突きつけてくる。
「この空気で言いたくもないのだけれど、なぜ皆してボクの部屋にいるんだ」
ベッドの上に座り、窓から雨降る夜の景色を優雅に眺めているストレリチアが言った。
「お前の部屋が一番集まりやすいからな」
校舎から近くて、家具も少ないし。
「先生までそう言うのか、どこかの誰かさんみたいな事を」
「ウェリカの事か」
「まあね。それよりもだよ。彼女がいなくなってからというもの、夜はずっとボクの部屋に集まっているじゃないか。昼間教室で集まっているんだからそんな必要ないだろうに」
「……寂しいんだよ。ウェリカがいない夜は」
「……わたしも寂しい……」
「私も……ウェリカちゃんがいなくなって……心に穴が開いちゃった感じで……」
俺は無言で、ストレリチアを見る。
「ボクも何か言えと?」
コクリ。
「…………はぁ。うるさくて偉そうなのがいなくなってせいせいすると思ったけど、いざいなくなるとそれはそれで寂しいよ。ああ寂しいとも!」
ストレリチアはやけになったかのように枕を俺に投げつけてきた。反射的に投げ返してやろうかと思ったけど、ストレリチアの表情がおかしい事に気づいて止める。
「……ストレリチアさん?」
「先生! 不審者! 不審者がいる!」
ストレリチアが窓を見てそう言ったので俺も窓に近づく。
「わ……! 近いって!」
「ごめん……不審者ってあれか……? 確かに不審だな……」
やたらといい匂いがするストレリチアに怒られつつも、俺も窓の外にいる不審者らしき人物を視界に捉えた。するとオルシナスとレイノもこちらへとやってきた。
「誰なんでしょうか……なんか槍みたいなの持ってますし……」
「……怪しい」
二人も同様にその不審者を見て感想を漏らす。
窓の外には芝生があるのだが、不審者は緑色のワンピース姿で槍らしき得物を持ちながら、夜雨の中芝生を縦横無尽に踊り回っていた。そう、手足を激しく動かして踊っていたのである。
「とりあえずカーテンは閉めておこう」
俺の指示でカーテンを閉めさせる。
「これ……理事長に言いに行った方がいいんじゃ……?」
「そうだな」
レイノの提案に、俺は頷く。少なくとも、いや間違いなくこの学校の関係者では無いだろう。早いとこクインテッサに知らせなければ。
「なら、もう少し特徴を――」
とストレリチアが再びカーテンを開けると長い髪をべっとりと濡らし、顔の半分近くが隠れている女が、部屋の窓にべったり張り付いていた。
「「きゃああああああああああああああああああああああああ!!」」
ストレリチアとレイノが悲鳴を上げながらがっつり俺に抱きついてきた。寝間着のため柔らかくふよふよとした感触が直に伝わってきて実に素晴らし――くはない!
「誰だお前は!」
「開けなさい! 死刑ですわ!」
俺が女に言い放つと、女は俺に間髪入れずにそう言い返してきた。第一声から物騒すぎる。
「そう言われて素直に開ける奴がいるか!」
「いいから開けなさい! ほら!」
「開けるか!」
「貴方! この槍で窓ごと脳天ブチ抜きますわよ!」
くそ、一体なんなんだこいつは! 魔力を集めようにも二人が両方の腕にしがみついて離れようとしないのでどうする事も出来ない。どうすれば――と思っていると唯一動じている素振りを見せていないオルシナスが窓を平然と開けた。
「ちょ、やめ!」
「…………久しぶり……カトレア……」
「まあ! オルシナスではありませんの! まるで成長していませんわね!」
「カトレア? ってまさか……カトレア・クラウディアか!?」
「貴方、もしやわたくしのファンでいらして?」
「……ウェリカの担任です」
「そうでしたのね! 初めまして、わたくしはウェリカのお姉ちゃんですわ!」
いつかの社交界で会った事はすっかり忘れ去られているようだが、この不審者はどうやらウェリカの姉――カトレア・クラウディアらしかった。




