表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長廃嫡  作者: 白紙撤回
第六章  三河小豆坂
43/112

第六章  三河小豆坂(2)

 

 

 

 日がだいぶ傾いてきた。

 すでに右筆と下役、それに奉行の二人は退出して、代わりに勝千代と万千代が御座敷に来ている。

 吉法師は上段の間で足を投げ出し、脇息きょうそくに頬杖を突いていた。

 眉根を寄せて不機嫌そうな顔であるが、実はくたびれて眠たいだけである。

 

「五郎右衛門殿はどうにも融通が利かなくてダメですね」

 

 勝千代が眉をひそめて言った。

 彼は足軽衆の鍛錬に立ち会って来たのだ。

 

「服部兄弟とやり合ってばかりというか、あの二人に完全にコケにされてます。やっぱ青山様は偉大でしたよ。黙ってそこにいるだけで周りがピリッと締まってましたから。代わりになごませ系の内藤様でもいてくれたら、また違うんでしょうけど、もうずっと三河に貼りつきっぱなしでしょう」

「……いまは兄上の与力として安祥あんじょうじゃ」

 

 吉法師は欠伸を噛み殺してから、言う。

 兄とは備後守の庶長子である三郎五郎さぶろうごろうのことである。

 諱を信広のぶひろといって、吉法師より六つ年上だ。

 備後守から三河領内の安祥城の城代を任されており、内藤はその与力として派遣されている。

 万千代が腕組みをして、

 

「城の勘定も芳しくありません。美濃攻めで失った馬や武具の補充、戦死者の家族への弔慰金で出費が嵩んで、このところの平手様は額に青筋を浮かせっぱなしで」

け戦で死んだ……命を落とした者への手当ては、やり過ぎだったんじゃないですか」

 

 勝千代が言った。

 

「殿の気持ちはわかるんですけど、御当家としては得るもののない戦だったでしょう」

「青山の妻子に報いてやりたいと思うたのじゃ」

 

 吉法師は眉間の皺を深くして答えた。

 

「されど青山ばかりを贔屓にできぬゆえ、その余の者にも手当ていたさねばならぬと思うた」

「やっぱ青山様が偉大だったんですよ」

 

 犬千代も腕組みをして、うんうんとうなずきながら言う。

 

「古狸の林様を抜きにして、実質二番家老だったでしょう」

「それじゃあ古狸の林様が数のうちにも入らないみたいでしょう」

 

 くすくすと笑って万千代が言い、勝千代もまた、にやりとして、

 

「いや実際、目玉も態度もデカくて無駄に存在感あったけど、いま考えると、いったい一番家老として何をしていたのやら」

「……であるな」

 

 万千代、犬千代、勝千代は笑い合い、吉法師も口元を綻ばせる。

 そこに庭先から声がかかった。

 

「……失礼いたしまする」

 

 一同が座敷から庭を見やると、岩室十蔵が地に片膝をつき、頭を下げていた。

 隣には同じ姿勢の七、八歳の少年がいる。

 

「うわっ、いつの間に……びっくりした」

 

 犬千代は驚きの声を上げて、

 

「もしかして、あなたが岩室十蔵殿? そんな忍者みたいに庭先から声をかけて来なくても……いや忍びの者なんでしょうけど」

「岩室にござる」

 

 十蔵は答え、言い添えた。

 

「いかにも忍びと呼ばれる務めをいたしてござる」

「余人はおらぬ。こちらへ上がって参れ。そこでは話が遠い。儂は、ここから動くつもりは、ないぞ……」

 

 吉法師が脇息に頬杖を突いたまま、今度は欠伸を隠さず言った。

 遠慮をさせないためであろうが、それにしては無作法である。

 十蔵は苦笑して、

 

幼子おさなごの頃よりも子供じみたことを仰せられる」

 

 そう言いながらも立ち上がり、少年とともに沓脱石くぬぎいしから上がって濡縁ぬれえんまで来た。

 そこでまた揃って片膝を突き、

 

「されば、こちらにて」

「その子は、十蔵の子か。面立ちがよく似ておる」

 

 たずねる吉法師に、十蔵は「は……」と頭を下げた。

 

小十蔵こじゅうぞうと名づけております。七つになりまする」

「我が小姓といたそう。犬千代、きょうより面倒を見てやれ」

「え、オイラ?」

 

 目を丸くして自分の顔を指差す犬千代を、じろりと吉法師は睨んで、

 

「不服であるか」

「いや不服なんてとんでもない、むしろ喜んでお引き受けしますけど」

 

 犬千代は、ふるふると首を振ってから、その首をかしげ、

 

「でも忍者の弟分なんて、オイラに面倒見きれるかなって思ったんです」

「小十蔵に忍びの技は教えておりませぬ。でき得れば侍として奉公させることをねごうておりましたゆえ」

 

 十蔵は答えて言ってから、あらためて吉法師に頭を下げた。

 

「若殿への御奉公、叶いますでしょうか」

「そのつもりで連れて参ったのであろう。そのほうの子であるからではなく、そのほうが儂に奉公させるに値すると考えた者であるゆえ、我が側近そばちかくに置こう」

「は……ありがたきお言葉にございまする」

 

 十蔵は深く頭を垂れた。

 小十蔵も同じように頭を下げる。

 

「よろしくお願いいたしまする」

「うむ」

 

 吉法師がうなずくと、勝千代が、

 

「そしたら名前は十千代とおちよですかね」

「……む?」

「いやほら、オレが勝千代で、万千代、犬千代でしょう。だったら小十蔵のじゅうからとって、十千代」

「儂は吉千代きちちよではなく吉法師であるが」

「でもだって殿は殿であって小姓じゃないですもん」

「……であるか」

「いやあの、恐れながら」

 

 小十蔵は顔を上げ、恐る恐るといった様子で申し出た。

 若い頃の父親をそのまま幼くしたような綺麗な顔立ちである。

 

「わたくしは小十蔵で、ようございます」

「うむ。考えておく」

 

 吉法師は、あっさり流しておいて、十蔵にたずねた。

 

「されば十蔵そのほう、よもや次の戦で死のうと思うてはおらぬか」

「望んで死のうとは思いませぬ。なれど難しき戦になろうと覚悟はいたしておりまする」

「……であるか」

 

 吉法師はうなずいて、

 

「今川治部大輔、あるいは太原崇孚やも知れぬが、大敵か。山城入道より油断ならぬか」

「治部大輔と太原崇孚、いずれも大将として采配を振るい得る傑物にござる」

 

 十蔵は答え、つけ加えて、

 

「また恐れながら、いずれも名家の生まれにござりますゆえ、もとより家臣と領民との心をとらえておりまする」

「ふむ。山城入道とは違うのう。我が父上ともじゃ」

 

 吉法師は脇息から身を起こし、姿勢を正した。

 

「十蔵。死ぬなとは申さぬ。そのほうにも意地があろう。死ぬべきときは、おのれで選ぶのであろう」

「は……」

「されど、いずれ儂がこの尾張一国を掌中にいたして、美濃も三河も併呑へいどんいたそうというとき、我が側近くには、そのほうのように我が意をまごうことなくむ者があれば心強い」

 

 吉法師の言葉に十蔵は、また深々と頭を垂れた。

 

「ありがたきお言葉……我が懐の内に大切にいだいておきまする」

 

 

 


週末、信貴山へ上って参りますので、週明けまで更新が滞りまする…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ