第36話
呪物の存在が認識され始めた最近では爆発物処理班ならぬ呪物処理班という呪物の専門家も存在し、オカルトとも思えるような事件も公式な記録として残っている。
前世の知識から正解を引き当てたことを適当にはぐらかしつつ、ミナトはシオン経由で日本統括機構から入手した画像データと確かめる。
かなり昔の代物であるにも関わらず錆や風化もなく、完全に一致することがわかった。ここでミナトはこれがサブストーリーの導入であることに確信する。
「要は娘が死ぬ間際に残した怨念がこの指輪に色濃くこびり付いた結果、このような呪物が出来上がったというわけじゃな」
「そこは母親を守ろうとした娘の家族愛って言ったら?」
事件について書かれたあらましに目を通したミラは身も蓋もないこと言い出す。それをミナトが呆れた様子で言い直す。
「愛も呪いも紙一重よ」
「そうね。厄介オタクとただのファンみたいなものね」
「言い得て妙よの」
「いや、納得しないで?」
「ふむ。ネットの情報と大きな相違はないな。強いて言うなら、指輪は突如として姿を見せなくなった、という点か」
ネットに書かれているオカルト的な視点からの情報とも見比べた結果、それまで定期的に上がった目撃情報がある日を境に皆無となったことがわかる。
「私が見つけた場所を考えると何者かに確保された後、持ち出されたんでしょ。どういう目的かは興味もないけど」
「おそらくな。保管する術さえあれば当時でも持ち運べはできる。それにしてもいくら状況が特殊だったと言え、小娘にすら満たない年のただの幼児にこれほどまでに強力な呪いのアイテムを作りせるとは思えんが」
「こんなお手軽に呪いのアイテムが生まれるってなら、今頃世の中は呪いのアイテムで溢れてるって話よね」
「この娘最低でもAランク程度の素質はあったかもしれん。駆除するつもりならダブルの可能性も考慮しておかねば足元を掬われかねんぞ」
シオンの【ハイエルフ】と【精霊魔法】のように、二つのスキルを持つ者を“二重異能”と呼ぶこもある。
まず小紅娘は【龍人】を所持しているのは間違いない。それに亜人系は比較的ダブルになりやすい傾向がある。高ランクかつ種族に関連するスキルであれば確率としては十分にありえる範囲である。ただしそれでも元から少数な種族の上、希少スキルを受け継ぎかつダブルとなると宝くじで一等を当てるより難しい。
「【死霊術】系とか最有力候補じゃない?」
「その手のスキルは生者が手に入れるにはかなり特殊な条件を満たさねばならん。順当に考えてカースド化した後の話じゃろ? 警戒する必要はあるが生前は別のスキルも持っていたはずじゃ」
「まあ私たちに掛かればどんな相手でも楽勝でしょ?」
「相手が余らの前に大人しく姿を見せるならな。まず警戒して姿は見せんだろ。それでどうやってティテを助けるつもりじゃ?」
そして話は振り出しに戻った。
結局のところ目的は如何にしてティテの魂を取り戻すかであって、亡霊をどうこうするのとはまた別の話だった。それに《《とある事情》》からミナトもミラも亡霊を消すわけにはいかなかった。
「たすけて、マオえもーん」
「ええい、余に変なあだ名をつけるな。あと時間が足らん。いくら余が人間を超越した大天才でも、すぐに囚われた魂を救出する術など用意できるものか」
「ええー。こんなこともあろうかって言うチャンスだったのに」
「どうせ一日で帰ってくる……と言いたいところじゃが今の亡霊がどういう状態がわからん以上、素直に解放される保証も無しか。できる限り早く対抗策は用意する。まあ自力で帰ってくる気もするが」
「わかるー」
実をいうとミナトにも魔王にも焦りはなかった。
なぜかというとティテの見た目は幼女だが、実際はAランクでも上位に位置するモンスターだからだ。
一方で小紅娘の亡霊をゴースト系のモンスターに当てはめるなら良くて怨霊辺りだろう。
ちなみに幽鬼系のモンスターは下から死霊《Cランク》、悪霊《Bランク》、怨霊《Aランク》、神霊《Sランク》とランクで名称も変わる。
怨霊までなら局地的な被害で済むが、神霊クラスともなると都市ひとつ容易に滅ぼすことができる。また幽鬼系モンスターは普通の物理的な攻撃は効果が薄く、討伐には専用の装備か魔法的な攻撃が必須となる。物理特化型のシーカーにとって天敵とも呼べるモンスターと言える。
過去に起こした事件と指輪の魔力から神霊クラスはまずあり得ない。そのレベルであったなら今頃あっちの大陸はいくつかの州が幽鬼に乗っ取られた亡者の都市が発生していてもおかしくない。
というわけで怨霊クラスまでであれば悪魔ベースの魔人であるティテと相性も悪くない。
最悪、力尽くで戻ってくることもできるだろう、というのがミナトと魔王の予想だ。
最初の不意打ちこそ無警戒だった上に亡霊側に一切の邪気や敵意が含まれなかったために効いたのであって、一度存在を認識した今通用する可能性は万に一つもないと断言できる。
「よくよく考えると余計なことをする前に連れ出したほうが良い気がしてきたぞ?」
「……それなー」
何やら一抹の不安を感じるミナトは救出の準備を始める魔王を見送るのであった。




