第34話
「これがよく聞くお化け屋敷ってやつね!」
「いやこれは事故物件……馬鹿言ってないで、来る」
敷地の外から無数の黒い影が現れる。影は辛うじてヒト型を保っているが、その存在は霧のように希薄であった。
モンスターである死霊と違い、ここで死んだ者たちの残留思念に過ぎない。彼らは死に際の怨みとこの空間の主の命令に従うだけのただの魔力の塊でしかない。
「とりあえずぶっ飛ばせばいいんだよね」
「わかって言ってる?」
「あははは、やっぱり幽霊に物理は無効だよねー」
「はあ……魂だけの今なら直接攻撃も有効。でもあんなバッチイのに触れたいなら勝手にどうぞ。たぶん大元をどうにかしない限り無限湧きかもしれないけど」
「あっうん、やっぱ無し」
いくら魂に触れられても精神が汚染されないといっても、気分的にはヘドロに手を突っ込むようなものだ。その場のテンションで殴り合いで解決しようとしていたティテもこれにはスンっと真顔になった。
「ここはぼくがなんとかするから、ティテは大元――元凶を探してきて」
「元凶?」
「この世界の核となる存在、あれの親玉」
「わかったー、見つけて倒してくる!」
その間に、ティロは空から敷地を覆う透明の壁で怨霊の侵入を防ぐことにした。
「ここはあいつらの領域。けど“夢の中”はぼくの領分――悪魔の権限に勝てると思うな」
ティロがティテを内部に送り込んだ目的は、彼女が相手の縄張りを引っかきまわしてる間に世界を掌握することにあった。
ティロのスキル【眠り姫は夢の中】は夢の世界――精神世界であれば好きに干渉できるというもの。
魂だけの世界はある種の精神世界《夢》と見做すこともできる。であるとするならば、夢の支配者足る彼女に勝る者はいない。
迷い込んだ生者を食い物にしてきた怨念の巣窟は今、上位者の存在によってその支配を塗り替えられようとしていた。
一方地上、邸宅の中に突撃をかましたティテはといえば、
「元凶はどこだー」
彼女はティロの思惑通り、ドタバタと騒音を立てながら家中を探索していた。
慎重にとか、静かになんてものは彼女の行動にはない。
ひとりでに浮かぶナイフやベッドがあれば有り余るパワーで壁ごと粉砕し、ポルターガイストの起こる部屋では無差別攻撃で黙らせる。
そのすべてを物理で解決していく様はまさに世紀末覇者、『ぅゎょぅι゛ょっょぃ』状態であった。
こうなった敗因も怨念で溢れかえっていた外と違って、室内は比較的綺麗な状態を保っていたからである。そのせいでティテが躊躇うことなく暴れることができた。
その結果、外では少しずつ領域が奪われ、内では物理的に領域を壊され、と二人の幼女にめちゃくちゃにされることとなった。
これには元凶も頭を抱えているかもしれないが、魔人を招き入れたのは自分なので因果応報と言わざるを得ない。ただしティロに関しては勝手に入ってきたので、そちらは完全に被害者ではある。
そうこうしてる間にティテが最後に残った部屋に足を踏み入れる。するとそこには角の生えた女の子と顔を黒い靄で覆われた大人の女性が。
女の子はさっきの友好的態度から打って変わって、親の仇を見るかのような敵意マシマシの眼でティテを睨む。
だがティテは敵意を向けられる理由がわからずキョトンとした顔で首を傾げている――が、この反応は当然である。
幼女は人の心がわからない。なぜならこの幼女は人ではなくモンスターだった。
「うーん、きみたちがおんねんを動かしてる元凶?」
「この化け物を早く殺しなさい!!」
ティテの問いかけに大人のほうの女性がヒステリックに叫び、
「妈妈を怖がらせるやつはゆるさない!」
それに応えた女の子はティテを食らわんとその姿を龍へと転じた。
ティロのスキルの元ネタは数日から数週間にわたり連続した睡眠状態となる睡眠障害の一つ、“クライン・レビン症候群”から来てます。てかそのままです。特に弄る必要もなく、スキルっぽい名前でしたので。




