第27話
目立つよう魔術で生み出した結界を足場にし、天高くから私は地上を見下ろす。
時刻は逢魔が時、昼と夜が入れ替わる境界線。現世と異界が繋がり魔物や妖怪が現れるなんて言われる時間帯だが、実際に現れるのは天使だ。
リリアたちから採ったデータからも警戒すべき相手のはずなのだが、
「うむ、良きかな良きかな」
ミラは休眠から目覚めた義体に戻り、私の膝の上で大きな胸に頭を預けてご満悦だった。
目線がいつもより高い。小学生ボディだった私の体は念願かなって平均身長よりも高くなっていることだろう――ただし女性としてのだが。
胸もでかい、そして重い。声も艶っぽいモノになっている。おそらく客観的に見ても妖艶と呼べる容姿をしているに違いない。
ああ、なるほど。魔王が女性らしくなるのを待つのもわかる。《《オレ》》だった頃のままだったら中身と外見で違和感しかなかった。解釈違いというやつだな。
そう、私はいつぞやに見た魔王好みの美人な年上お姉さんになっていた。これが魔王が何年も掛けて用意したアバターである。
これは普段勇者がやってる魔王アバターを使ったロリ化の逆で、私をベースに勇者のアバターを良い感じに流用した半勇者化とも呼べる状態だ。
今更、美女になろうがロリになろうがどうでもいいが、こっちのほうが近接戦闘はしやすいな。
「こんなときにやることじゃないと思うのだけど?」
「だからと言って元の姿のまま連れてくるわけにはいくまい。余の魔人よ」
今の私は表向きミラのスキル≪悪魔召喚士(嘘)≫で呼び出された魔人ということで通すことになっていた。モルゲンたちと同じ枠というわけだ。
「なんで連れてくる前提なのよ。下で他の子たちと残党の掃除でも良いじゃない」
「おぬしが天使を救うと啖呵を切ったのじゃろーが、なら自分でやらんか」
「しょうがないにゃー」
「口調!」
「はいはい。仕方ありませんわねー」
「適当に返事すな! まあ良い、そろそろ到着するようじゃ」
統括機構から送られた衛星画像を見たミラが天使がすぐそこまで来ていることを知らせる。
欧州から日本までおおよそ八千から一万km、戦闘機の速度が音速の三倍(時速三千キロ)とかなのでそれでも三時間以上は掛かる。それも最高速度であって巡航速度で考えればもっと時間が掛かる。そもそもそこまでの航続距離がある戦闘機が存在しないのだが。
それが補給無しに一時間で到着するのである。さすがに光速とまでは言わないが、戦闘機も霞む速度と航続距離だな。
「例のアレを試したらどうじゃ」
「天使の意趣返しにこっちも実戦テストってわけね。それもあっちが作ろうとしている物の完成品を見せつける……良いわね」
虚空から取り去すは赤と青、二色一対の球体。赤には魔王の、青には勇者の魔力と制御用の疑似人格が組み込まれた私専用のDデバイス――【夢幻機関ウロボロス】。
二人の魔力と言っても量は高が知れている。これを直接戦いに用いても数分でガス欠するのが関の山だ。
これは武器ではなく、言うなればエンジン――勇者と魔王が不在でも、私が一人でも共鳴反応で膨大な魔力を引き出すための増幅装置の一部に過ぎない。
時間制限付きではあるものの、これを使用してる間は単独でも三人揃った共鳴――双極状態の二割、Sランク程度の力は得られる。いや全力を出した場合のパーフェクト双極モードがどれだけやばいかって話だが、普通の戦闘では無用の長物なんだよな。
それはそうと、このDデバイスはある意味で天使化兵器をさらに進化発展させた成功品とも言える。だからこそ星月公司の研究者に対しての意趣返しなわけだが、残念ながらこれを扱えるのは現状で私しかいない。
なぜなら本来打ち消しあうはずの勇者と魔王の魔力が共鳴できているのは私の≪三位一体≫の効果有りきだからだ。要するにこの増幅装置の本体はあくまで私で、ウロボロスは本体に投入する燃料を調整する装置に過ぎない。
そしていくら真似しようと思ってもスキル無しにこのシステムを魔術だけで再現することは困難だ。
将来、スキルの解析に成功しこれに近い魔術を作り出せたとしてもサイズ的に個人が携帯できるような大きさには収まるまい、というのが匙を投げた私と魔王の結論だった。
「疑似人格……起動、ツインドライヴ……接続、双極システム……模倣開始」
二つの球体が私を挟んでぎゅんぎゅんと魔力を放出する。それを吸収、共鳴して私の魔力が爆発的に増えていく。
「まずは優しく抱き止めましょうか」
「呼んだか?」
「あとでね?」
「うにゃあああああ! このアバター作ってよかったなのじゃあああああ!」
後ろで魂の叫びを上げている魔王は放置するとして、
空の彼方より流星が如く飛来する二つの発光体――天使に向け、パチンッと指を鳴らす。すると魔王の張った《《巨大な結界の上に》》新たな結界が何層にも張られる。
この距離であれば本体からの供給で魔王は義体でも残量を気にせず魔術を使える。
その魔王が張った結界だ。このまま天使が音速以上の速度で突っ込んだとしてもビクともしないだろう。
だが天使が無事で済むかまではわからない。もはやそれを考える理性すらないのか、それともそう命じられているのか。
一切速度を緩める様子もなく向かってきている。
とりあえず強度がわからない今は、一度別のわざと強度を落とした結界を挟んで衝撃を殺すことにしよう。救うと大口叩いたくせに衝突死しました、じゃ格好がつかないからな。
「念には念をっと」
勇者の≪光魔法≫によって生み出した無数の光線を発射する。
それに対して天使は回避行動のひとつも取らず、光が包帯のように全身へ巻き付こうと意に介さない。それどころか彼女は光の帯をぶちぶちと引き千切りながら目標へ進み続ける。
だが多少は効果があったのか。少し速度が落ちた。
「はい、いらっしゃい」
最後に網でキャッチするとそのままパリンッパリンッとクッション代わりに張った私の結界を割り、魔王の結界でようやく止まった。
まあ止めるだけならどうとでもなったんだけどね。
「進行度はレベルⅡ初期といったところかしら、それなら《《まだ》》救える」
天使は小学生低学年のエリーゼを中学生にしたような少女だった。また薬物か魔術によって意図的に意識を希薄にされているらしく、背中から生えた小さな白い翼も相まってよりお人形感が増している。
ちなみに進行度とは、
レベルⅠが天使の魔力が全身を覆うだけで肉体的な変化はない。
レベルⅡは白い天使の翼が生えるなどの軽微な変化が起こり、戦闘力もかなり上がる。
レベルⅢまでいくと翼が黒く染まりほとんど意識を失い暴走状態となる。ここまで進むと肉体も完全な異形と化しモンスターと変わらない状態となる。
と、いった具合に進む。
レベルⅡまでなら今ある天使の力を消耗させて、体内にある天使化の術式を止めさえすれば元に戻れる。現にリリアが全力出すとこうなるらしい。
「とりあえずこれ以上の進行を遅らせるためにも抑制結界の展開はしておきましょうか」
「おそらくアレが命じられているのは敵地でのターゲット以外の無差別攻撃よのう。余らを攻撃対象にしたようじゃぞ」
ミラの言うように、天使はここにきてようやく私を敵として認識したようだ。ゆっくりと上半身を起こし、こちらに敵意を向ける。
「勇者直伝の戦闘術、馳走して差し上げましょう!」
伊達に勇者に師事したわけではない。あとは殴り合いながら毒抜きといこうじゃないか。




