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大陸中からかき集められた、三人の蝕まれし日に生まれた女の子が誰一人として、竜王様の恋人の生まれ変わりでは無いと、おらが思うのは皆からすればおかしな話だろう。

だが、おらはそのたった一つの真実だけは、間違いなく言い切れるのだ。


「……竜王様の恋人なんて、もうこの世のどこにもいない」


小さな声でおらは呟く。そう、竜王様の恋人……という人間は、この世界に元々存在していない人間なのだ。


「そもそもの最初から、恋人じゃ、ないんだべ」


誰も知らないその真実を、おらだけは知っている。

おらだけが知っているから、皆、おらの妄想なのかも知れないけれども、おらはそれを真実だと思って生きている。


「女の子は、最後まで、竜王様に心は開かなかったんだ」


伝説の中の絶世の美少女、美しい黒髪に輝く青い瞳の彼女は、





「竜王様が、だいっきらいだったんだもんなあ……」





それを知るのは関係者だけなのだ。

そして、女の子は、生まれ変わったとしたって、絶対に竜王様に心を開いたり、恋人関係になったりしないと、彼女の記憶やそのほかの事情を知っていればすぐにわかる。

これはあくまでも知っていたらの話だから、知らない人達は運命に翻弄された恋人達が、生まれ変わって再会する感動の物語を、求めているに違いなかった。


「……ライラ様、大丈夫だべかな」


自分よりも身分の高い、気詰まりな相手がほかに二人もいる状態なんて、ライラ様がいくら気丈に冷静に振る舞っても大変だろう。

ライラ様は立ち回りも上手だけれども、気に入らないという人はどこまでも気に入らないのだと知っているから、おらはただ、物を片付けて、衣装部屋をきれいに整理整頓して、それからライラ様の居室を丁寧に掃除して、その後に部屋に飾るお花をもらうために、竜王様の後宮の中にある庭園にむかったのだった。






「ああ、もう、本当に気に食わないわ!」


ライラ様がお供を伴って戻ってきて、すぐに楽な格好になりたがったので、おらはすぐさま彼女の衣装をほどいて、楽な格好を着せる手伝いをしてから、お茶の支度をした。

もう本当にお冠なライラ様は、まだその調子で続けた。


「ほかの候補の二人ったら、私なんて眼中にないのよ! 二人で火花を散らしていがみ合ってて、私の事なんて目もくれないの! どうせ田舎育ちの娘が、高貴な竜王様の恋人の生まれ変わりな訳がないって!」


「田舎育ちは事実だべ。でもライラ様は誰にも引けを取らない美少女だし、立ち振る舞いだって今はだめっていわれても、これからここで、本物がわかるまではたくさん指導してもらえるんだべ? そうすれば誰も文句言えない淑女のできあがりだべな!」


「あんたそういう所が本当に前向き。……まあ、本物じゃ無いにしたって後宮で洗練された世界一の美少女が、爆誕するのは事実ね」


「そうそう」


おらはライラ様が幸せになるのが良いと思っている。たとえ本物の竜王様の恋人じゃないとわかったって、ライラ様のような美少女は、引く手あまたで人生のお供に不自由する事はないとも思っている。

だから笑顔で言うと、ライラ様はぐっと伸びをした後に、こう言った。


「オーレ、お茶はまだ? こんなにイライラしたんだもの、お茶菓子も今日は一つじゃ無くて二つが良いわ」


「はいよ、ライラ様。焼き菓子と干した果物にするべ。油の多い焼き菓子二つは、ニキビの原因になるってじっちゃんがいってたべよ」


「あんたの謎のおじいちゃんの入れ知恵?」


「そうそう。おら以外に喋った事のない、岬のじっちゃんの知恵」


おらの言葉にライラ様は頷いた。


「本当に、あんたはおじいちゃんが大好きね」


「そりゃあ、親もいないおらをかまってくれたじっちゃんだ、大好きじゃ無くてなんだべ」


「村の人間はあの仮面を外さないおじいちゃんが、ちょっと苦手なんだけどね」


これは事実だ。岬に一人で暮らしているじっちゃんは、誰にも顔を見せないで、仮面を被ってすっぽりと体を隠す服を着て暮らしている。

だから皆、なんとなく不気味に思うのだ。

それでもじっちゃんだとわかるのは、手が大きくてしわしわだからだ。

あと爪の形が男性的なんだとか。よくわからない見方だけれども。

そんなじっちゃんは腕の良い薬師なのだ。


「でも調合するお薬は皆頼ってるべ」


「高価な素材は使わないのに、本当に安心の価格でよく効くから、助かってるってパパが言っていたわ。あんた価格ってやつだって聞いたけどね」


「じっちゃん、おらが村の事好きっていってる間は、お薬の値段は優しさお値段っていつも言ってた」


じっちゃんは結構おらに甘くて、おらが村が好きって言うと、じゃあ薬の値段をつり上げないでおくと言う。

そういう所が、甘やかしてくれるおじいちゃんという感じがして、おらはとても好きだ。

サメに襲われて、早くに両親を亡くしたおらにとって、岬に行けばいつでもかまってくれるじっちゃんは、肉親に近いくらいの人でもある。

じっちゃんの方も、孫みたいに扱ってくれているのが、よく伝わってくる。


「パパがあんたを引き取るって言わなかったら、おじいちゃんが弟子にするって言っていたらしいわ。でもあんたがまだたったの六歳だったから、六歳で人と関わらない岬の端に生活するなんて、とんでもないって事で、うちで引き取ったんだって」


「それに関しては、村長にもとっても感謝してる事だべな」


「あら、私にも感謝してよね」


「ライラ様がいなかったら、おら、見た目のあれこれでずっと悩んでたもんな」


「そうよ? 大陸では赤い髪の毛は不美人の印で、赤い瞳は大昔のものすごい不美人の色だったって事で、皆遠巻きにする原因だったんだから」


「かあちゃんもとうちゃんも赤毛じゃなかったのにな」


「パパが昔、あなたのお父さんに聞いた話だと、曾祖母のさらにおじいさんが、赤っぽい色の髪の毛だったらしいわよ。それにあんたのお母さんは金髪だったから、髪の毛の色が薄まっちゃって、茶髪があせて赤くなったんじゃないかって」


「茶髪が良かったなあ」


「あら、私はあんたの赤色の髪の毛、お気に入りよ。だってどこで探してもすぐに見つかるんだもの」


ライラ様の慰めなのかもわからない言葉に、おらはちょっと笑うほかなかったのだった。



……この、じっちゃんこそ、おらが竜王様とその恋人の真実を知る理由である。





じっちゃんは、竜王様の悲劇の恋人が生きていた時代から生きている、世界樹の精霊なのだから。

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