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これにて完結です!お付き合いいただきありがとうございます!
じっちゃんが世界樹の精霊だからどうしたという話になるのだが、おらは小さな頃、いつでも頭が痛かった。
毎日毎日頭が痛くて、それで泣いている子供だった。
原因は不明と村のお医者どころか、町のお医者様すらさじを投げるほどで、父さんと母さんはいつも心配してくれていた。
本当に原因不明と言って良い頭痛で、毎日毎日、朝起きるたびに頭が痛くて、二日に一回は寝込んでいるくらいだった。
おらが病弱だとその頃は言われていて、両親は痛み止めの薬の代金を稼ぐために、真珠取りに精を出したと言っても過言では無かった。
その結果、ちょっといつもと違う場所に真珠貝を探しに行って、鮫に襲われて死んでしまったのだから、おらが殺したと言っても良いかもしれなかった。
そして皮肉な事に、その両親が鮫に襲われる数日前に、じっちゃんは岬の灯台にやってきて、一番近くの村だからと、おらの暮らす村に挨拶をしに来たのだ。
じっちゃんは流れの薬師だと自称していて、それを聞いた村長がおらの事を相談したのだ。
この村には、慢性的な頭痛に苦しんでいる小さな子供がいるのだが、何か良い薬は無いだろうか、と。
それを聞いたじっちゃんは、それはかわいそうな話だとおらが寝ている家に来てくれて、そして良い薬があるのだが、調合してすぐに飲ませないと効果が半減するから、自分の暮らす岬におらを連れてきて欲しいと頼んだのだ。
流れの薬師でうさんくさかったけれども、じっちゃんは村長に、信じられないならいくつか自分の調合した薬を置いていくから、使ってみてからでも良いと言ってくれたのである。
よほど自分の腕に自信があるのだろうと、村長は思って、おらの両親が戻ってきたら相談してみると言ってくれた。
両親はこの話を聞いてとても喜んでくれて、それならすぐにでもと、翌日おらをじっちゃんの所に連れて行き、代金を支払うのだからと、真珠貝を捕りに行くと言って海に行き……鮫に襲われて死んでしまった。
おらは両親が岬から出ていき、じっちゃんと残された時に、じっちゃんから自分の頭痛の正体を聞かされたのだ。
おらの頭痛の正体、それは呪いだった。……呪いと言って良いのかもわからない様な微妙な問題の物で、それは執着なのだとじっちゃんは告げた。
この話はきちんと両親にも話さなくちゃいけない、だが頭が痛いのはつらいだろうから、一時的に押さえ込んでおくから、二人が帰ってきたら話し合おうと言ってくれたのだ。
そして調合した薬であっという間に痛みは遠のいて、おらは久しぶりに頭が痛くない眠りについて……父さんと母さんが鮫に襲われて食いちぎられて、出血多量で村に戻ってすぐに死んだと聞かされたわけである。
じっちゃんはそれを聞いて、痛ましいと言いたげな声で死者を弔って、おらはじっちゃんの独断で、頭痛の正体をどうにかしてもらう流れになったのだった。
おらの頭痛の正体は、竜王様の執着だった。おらの前世は竜王様の恋人と言われている人間で、竜王様の前で毒を飲んで死んでいった人で、今際の時に、また出会うこともあるかも知れません、みたいな言葉を竜王様に伝えた人であったのだ。
その言葉を聞いた竜王様が、ならば彼女が生まれ変わった時にすぐにわかるようにと、彼女のまだ体から抜け出していなかった魂に、印をつけたのだとじっちゃんは言った。
その印は、竜王様にとっては目印程度のものだったけれども、人間の魂にとっては深い傷になってしまって、その傷の結果、前世の記憶は生まれ変わっても戻ってくる事無く、ただ頭が痛み続けるという症状を引き起こしたのだと。
竜王というのは竜族なので、人間とは魂のあれこれが大違いで、だから種族差を考えなかった竜王様のつけた目印が、おらに痛みをもたらしたのだと、じっちゃんは教えてくれた。
おらは不思議だった。どうしてそんなにも、竜王様はその昔の恋人に執着しているのかがわからなかったのだ。まだほんの子供だった事もあって、不思議で不思議でしょうが無かった。
それに、じっちゃんは子供には難しい話かも知れないけれど、と前置きして答えてくれた。
竜、と言うものは番い、と言われるほかの何者とも比べものにならないほど、愛してしまう存在がいるのだと。出会うまでそうだとわかる事はなく、出会ってしまったらほかの何者もその相手以上にならないのが、番いなのだそうだ。
竜王様にとっての番いこそ、おらの前世だったらしい。
だからこそ、竜王様は番いが寿命でも何でも無く、毒をあおって死ぬなんていう割り切れない死に方をしたから、次こそは彼女を幸せにするのだと誓って、彼女の魂に目印をつけて、生まれ変わったら記憶を取り戻すように秘術を使ったらしい。
しかし、この竜王様の使った目印の術によって、記憶を取り戻す術の方は効力を発揮できず、ただ頭の痛いおらという事になったそうだ。
「竜にとっての番いは、夫婦や恋人以上の存在なのだよ。だからどうしても、竜王様は彼女以外が眼に入らないのだ。……かなしい竜の宿命ともいえるがな」
じっちゃんは複雑そうに言ってくれた。
ところで何でそんなに竜王様の当時の話……もう何百年も昔の話を知っているのかと聞いたところ、じっちゃんは仮面を外して答えてくれた。
大樹の肌をもったじっちゃんは、竜王様の宮廷の庭に生えている、世界樹の精霊なのだと。
そして……おらの前世が、孤独に後宮で生活していた頃に、いつも話しかけていた若木なのだと。
竜王様のたった一人なのだから、おらの前世はちやほやされていたのでは無いのかと疑問に思えたが、これにもある程度の年齢になったらじっちゃんが教えてくれた。
「彼女はいつも孤独だった。……番いである事は彼女にとっての幸せでも何でも無かったのだから」
と。
具体的には、彼女はとある国の奴隷で、もう少しで年季が明けて自由になれるという所で、竜王様に見いだされた結果、竜王様の後宮に連れて行かれた身の上だったそうだ。
彼女は自由が欲しかった。彼女はたくさんの世界を見たかった。旅をしたかったし、友達の吟遊詩人と、世界を歩きたかったのだ。
だが、竜王様の番いとなったら、そんな自由な事は出来ない。竜王様の目の届くところにいなくては、竜王様の機嫌を損ねるのだと、彼女は後宮の中に押し込められて、どんなに外に……街にすら……出る事を願っても出してもらえなかったのだ。
年季が明けたらと待ち合わせの場所を決めていた、親友の吟遊詩人への連絡すら出来ず、彼女は後宮という鳥かごの中で、不自由でも贅沢な暮らしをさせられたのだという。
そして、後宮の関係者達も、貴族達も、彼女には冷たかったそうだ。
それは彼女が奴隷だった事が大きな理由で、その当時の竜王様の統べる国では、奴隷というのは生まれも育ちも魂も卑しいと言われていたのだ。
彼女の暮らしていた国では、仕方なくお金を前払いした住み込みの労働者、という扱いで、前払いした分働き終わったら、自由になれる身分だから、魂まで卑しいという話も無ければ、両親に売られて仕方なくと言う、ある意味同情できる過去の人も多くて、卑しいとか下品だとかそんな話には滅多にならなかったのだという。
だから彼女は自分の国と同じような態度だったそうだが、そんな彼女を周りは卑しくて下品で身の程知らずで、竜王様の番いで有る事がとんでもない間違いだと言う態度だったんだとか。
そして彼女は後宮では侮蔑されながら、豪華な生活を強いられていて、大陸一の贅沢な暮らしをさせているのだから、何不自由ないだろうという態度の、自分の話など何一つ聞くつもりの無い竜王様にも憎しみとかが強くて、孤独に生活していたそうだ。
じっちゃんは、竜王様が彼女の話を聞いて彼女の悩みに寄り添っていれば、まだましだっただろうと言う。
おらでも、確かに、そりゃあ彼女が竜王様の事好きになれないのは当たり前だなって思った。
どんなに豪華な生活を送らされていても、周りが冷たい態度でいつも馬鹿にしてきて、見下していたら、つらいと思うのだ。
きっと彼女は竜王様の目の届かないところで、色々周りのせいで苦労していただろうし、親友への連絡すら取れなかった事は、彼女にとって絶望にかられる思いだっただろう。
彼女にとって、親友との旅は年季明けのきらきらした夢で、それ以上の物なんて無かっただろうし。
竜王様の都合で、外に出してもらえないって事は逃げ場も何も無かったわけで、そうなったらずっと、自分の事を冷たい態度で扱う人達の中で生活していたに違いなかった。
竜王様の番で無ければとか、何かそう言った酷い言葉だって言われていただろうしさ。
ほかにも色々あって、竜王様の治世での不幸な話は、彼女が番いだからだとか、周りに責任を押しつけられたりしていたらしい。
竜王様は立派な方なのだから、その番いが番いとしてふさわしくない魂の持ち主だから、竜王様の治世の妨げになっているのだとか言われ続けて、竜王様が見ていない時は、徐々に冷遇されるようになったそうだ。
食事を出されないなんて日常茶飯事になっていき、お風呂の回数も減り、おまるの処理もだんだんとずさんになって、衣装とかも竜王様のお渡りの時だけ整えられて、彼女の牢獄は徐々に豪華な牢獄から、劣悪な牢獄になっていったそうだ。
彼女はそれでも、そういった事を竜王様に言わなかったと言う。
大嫌いな大嫌いな、夢も自由も希望も親友も奪った竜王様に、助けを求めるなんてとんでもないと思ったからなんだとか。
そんな彼女の心の慰めが、唯一出られた外の空間である、中庭で育っていたじっちゃんだったそうだ。
中庭のじっちゃんに毎日水をあげながら、彼女はじっちゃんに色々話していたらしい。
じっちゃんは言葉をやりとりできるようになるのに、あと数百年は必要だったから、彼女の話し相手になれなくて、悔しかったと言ってくれた。
そんな彼女は、最終的には竜王様を毒殺しようとした疑いを持たれて、身の潔白を証明するなら、杯の酒を飲み干せと周りに言われて、何にも迷いなしにそれを飲んで、血を吐いて倒れて死んだらしい。
その時に、最後の最後だから、竜王様にとっておきの皮肉を言ったわけで、それが
「生まれ変わる事があったら、会うかもしれませんね」
という言葉だったという。
彼女からすれば、生まれ変わったってお前に会う物か、と言う皮肉だったに違いないがそれを聞いた竜王様が、彼女の魂が飛び立つ前に目印をつけて、愛し合った記憶と言う、彼女には存在しない記憶を取り戻すように術をかけるなんて思わなかっただろう。
そういった事情の結果、おらという人間が生まれたわけだった。
だから、おらは蝕まれし日に生まれた三人の女性達の誰もが、竜王様の恋人の生まれ変わりじゃ無いと知っているわけである。
だってそれは、おらなのだから。
世界樹のじいちゃんが嘘をつく理由がないし、じいちゃんが過去を教えてくれて、おらにその事を誰にも話さないように、仮に何かの記憶がよみがえってきても表に出ないように封印してくれた事で、おらの頭痛はすっかり消えたのだから、これはきっと真実に違いないのである。
「見て、オーレ。これが魂の指輪なんですって。これが竜王様の青色に染まったら、私が運命の恋人なんですって」
数日後、竜王様の元に呼ばれたライラ様が興奮したようにそう言って、おらにも指輪を見せてくれた。
乳白色の石で作られているように見える指輪だ。
これの色が変わるという事なのだろうか。
まじまじと見ても、それの色が変わるなんて思えなかったけれども、ライラ様はいまいちわかっていないおらに、こう教えてくれた。
「これは竜王様の番いならば、徐々に竜王様の色に染まっていく魔法の指輪なんですって。これを作るのに何年もかかったすごい道具で、私とあと二人に渡されたのよ。これが竜王様の青色に染まった暁には、染まった少女こそ竜王様の番いであり、運命の恋人なんだって」
「色が染まる指輪には見えないべ」
「染まるのよ! きっと私の指輪が染まってくれるわ」
「だといいなあ」
おらは当たり障り無く答えた。染まらなくてもライラ様は素敵な女の子なのだから、染まらなくったって幸せな相手を見つけて欲しいと心底思う。
「ねえオーレ。何日で色がつくと思う?」
「えー、一ヶ月とか」
「なんと聞いてよ、たったの一週間よ!」
「はやいべ!?」
その速度に驚いたわけだが、魔法の指輪だから速度のあれこれは考えちゃいけない事というわけみたいだ。
「なあライラ様、もしもその指輪が誰も染まらないって言う、珍事が発生したらどうなるんだべな」
「そんな話はあり得ないわ。だって龍神様が神託を告げて、蝕まれし日に生まれた少女が竜王様の運命の恋人なんだって言ったのだから」
「そんな事言ったって、神託ってのは人間の捉え方一つだべ? もしもが有りそうで怖いべ」
「あなたったら変なところで心配性ね」
「だってよお」
おらはライラ様に何かとばっちりが来た時が怖い。指輪が誰も染まらなくて、偽物って言われて、酷い目に遭うかもしれないのが怖い。
でも、それを言ったところで、誰にも取り合ってもらえないのは明白で、おらはとにかく、一週間後が無事に済むようにと祈るほか無かったのだった。
「ねえオーレ、今日は後宮の裏手の森でピクニックに行きましょうよ」
「外に出て良いんだべか?」
「裏手の森は大丈夫って女官の皆さんが言っていたわよ」
「んじゃあ、お弁当もってお花とか探すべ。キノコとかあるといいなあ」
「あっても食べられないじゃない。ここでは専用の人達が料理をするんだから。うちだったら、あなたのキノコ三昧料理が三日くらい食卓に並ぶけど」
「キノコはライラ様もお好きだべ」
「だってオーレのキノコ料理おいしいんだもの」
「うれしい事言ってくれるべな!」
おら達はそんなやりとりをきゃいきゃいしながら言い合って、女官の人達にも色々伝えて、お弁当を持って裏手の森にピクニックに向かったのだった。
そして楽しいピクニックから戻ってきて部屋に入ったら、ライラ様は沈黙してしまった。
おらも見る事になった光景に沈黙した。
与えられた部屋の中のあらゆる物が、めちゃくちゃになっていたら誰だって沈黙するに違いない。
「! パパとママのくれた物まで!」
唖然としたライラ様は、豪華な物よりも、両親のくれた細かい色々な物をすぐに確認して、それらもめっちゃくちゃにされていたから、呆然としてしまった。
……これを行ったのは、どんな事情があるにしろ、この後宮の中でライラ様のお世話をする人の誰かだ。誰かと言う単独犯で、ここまで乱暴な事は出来ないから複数だ。
後宮でこんな目に遭うとは思わなかったライラ様がしゃがみ込み、衝撃を隠せないでいる中で、おらはとにかく、今日の寝床はどうにかしなくては、とライラ様に言った。
「衛兵を呼ぶべ。物取りが後宮に入ったなら、一大事なんだから」
「……うん」
ピクニックに使った時間は、部屋を出てから五時間で、その間に行われた事であるわけで、五時間もあれば部屋なんてめちゃくちゃに出来る。
物取りという騒ぎにすれば、この問題も竜王様の耳に届くだろうから、二度目三度目は無いはず、とおらは計算したのだった。
衛兵がやってきて色々調べたけれども、その調べ方はなおざりで、おらは衛兵にも何かしらの息がかかっているらしいと察した。ライラ様にはそれを伝えられなかったけれども。
そして、ライラ様の扱いは、おらがじっちゃんに教えられたような物に転がるように変わっていき、おらが一緒で無かったら、ライラ様は心が病むだろう酷い扱いとなった。
おらはじっちゃんに聞かされた待遇だったし、元々お嬢様育ちでも無い下働きだし、ちょっとやそっとじゃへこたれないから、ライラ様がまともな寝床とまともな食事とまともな休養がとれるように出来たわけだった。
……ほかの良いところのお嬢様達が、裏で手を引いているのだろうか。
とおらは考えたわけで、情報が欲しいおらは、ライラ様の許可を得て、あと二人の候補者のところの下働きと接触して、驚きの事実を知った。
なんとほかの二人も同様の事がされていて、残りの二人が嫌がらせをしているのだと思っているとの事だった。
ほかの二人のところも情報を集めているから、自分以外もこんな扱いだと聞いているはずなのに、対抗心をメラメラと燃やす二人は、絶対に自分以外の候補者が嫌がらせをしているに違いないと思い込んでいるそうだった。
これどうすんだろうとおらは思った物の、ライラ様にはとりあえずそれは伝えておいた。知らせないという選択肢がないからだ。
ライラ様はそれを考えてから一言言った。
「明日は運命の一週間後になるわ。指輪の色は変わらないから、もう私は帰る支度をしたいの。こんな所はもううんざり。オーレ、荷物をすぐに出せるようにまとめておいてね」
「ほいきた」
おらはライラ様の大事な物を鞄にまとめて……そして運命の一週間後というわけで、ほかの女官達がライラ様につく気配が無い事もあって、竜王様からのお呼び出しに、同伴したのだった。
ほかの女性達もやつれていたしどこかみすぼらしくなっていた。
やっぱり仕事を放棄されていたに違いない。彼女たちは食事を満足にとれたのだろうか。
お風呂もまともに入れていない様子で、おらという下働きかつ何でも出来る人間がいたライラ様は、たっぷりのお湯を沸かすお風呂は無理でも、この夏場の汗臭い時期に、身を清める事は出来ていた。
洗濯物だってお料理だっておまるの処理だってお手の物なおらがいたライラ様は二人より幸運なのかもしれない。
残りの二人は、側仕えはいても、側仕えが下女の仕事が出来るとは思えないのだから。
下女の仕事が出来る側仕えというのは、良家のお嬢様の身の回りならばあり得ない。仕事に依る階級差は歴然としているので、別に側仕えが無能ってわけじゃないのだ。
ちらっと見ると、彼女たち二人の指輪は青く染まっている。
「染まってるわ、二人とも」
ライラ様が小さく呟く。おらもこくりと頷いた。
三人の候補者が所定の椅子に腰掛けた後、高らかな音とともに竜王様がやってきた。
記憶が無いのでここで始めてみる事になる竜王様は、美しいけれどもやつれていて、なんだかどこかくたびれたおっさんという感じがした。
失礼だが。
これが竜王様なのだろうか。おらはライラ様をちらっと見たものの、彼女もかなり動揺していた。
「お顔が違うわ」
「そんなに?」
「最初にあった時と、一週間前にあった時とは同じだったわよ、でも今はまるで別人」
おらとライラ様のやりとりはかなり小さいので、ぎりぎりおしゃべりには気付かれなかった。
そんな中で、竜王様であるはずの、竜王様が腰掛ける椅子に座った方が口を開く。
「三人の番の候補者達よ。よく来てくださった。……指輪は色を変えたかな?」
「はい!」
そう言って立ち上がり、自分の指にはめられた指輪を見せつけたのは、色も顔も似ていない候補者である、他国の姫君だった。
「私も変わりましたわ!」
負けじと立ち上がったのは、顔の似ている貴族のお嬢様だった。
だがライラ様は、彼女達と張り合う事無く座ったままだ。
そんな三人を見て、竜王様? は問いかけた。
「何色に染まったかな?」
「竜王様の青色にございます。見てくださいませ、この深い青色を」
お姫様がそういう。負ける物かとお嬢様が口を開く。
「違いますわ、竜王様の青色はこの鮮やかな青色に間違い有りませんわ!」
「……なるほど。では三人目のあなたは?」
二人の主張を聞いた竜王様が二人を見た後に、ライラ様に問いかける。
座っていたライラ様はそこで立ち上がり、静かに一礼し、静かな声でこう言った。
「私は染まりませんでした。私は番いでは無いという事なのでしょう」
「……」
竜王様? が眼を細める。二人の候補者が、勝ち誇った顔をした。
そんな時だ。
「では、三人の指輪をここに」
「はい」
竜王様が直々に近くでご覧になりたいのか、指輪を手元に持ってくるようにと指示を出す。
それを聞いた文官だろう人が、ライラ様の指輪も含めて三つ、指輪を台座に乗せて竜王様?の前に捧げた。
それを見た竜王様? が言う。
「なるほど」
何に対してのなるほどなのかはわからなかった物の、ライラ様が候補者では無い事は確定に違いなかった。
とおらが思っていた時だ。
「ふんっ!」
竜王様? が指輪達の前に手を差し出し、念を送り始めたのである。
三つの指輪が念を与えられて……色の変わった二つの指輪は、ぱりんとそこで砕け散ったのだ。
「!?」
指輪が砕けるなんて思いもしなかったおらが目を見開いていると、ライラ様も似たような反応だった。
ほかの二人は蒼白な顔色をしている。
「この指輪は竜王のうろこから作り出されている。そのため竜王の念では砕ける事などありえない。……お二人は指輪をすり替えたな?」
「それは」
「そのような事は」
候補者二人は青ざめてしどろもどろになっている。もはや答えは出たような物だ。
そして最後の一つである、ライラ様の指輪を見て……竜王様? はため息をついた。
「そして最後の一つは色が変わらないのか……ならば三人の候補者は全員、違うと言う事か」
とても残念そうな声だった。そして竜王様? は衝撃的な言葉を口にしたのだ。
「番いがいたならば、兄を後宮の一角に押し込めておけたというのに。残念だ」
兄とは誰だ。くたびれたおっさんの言葉がわからないと思いつつ、おらはライラ様の半歩前に出て、いつでもライラ様の事を守れる位置についた。
「三人のご令嬢達には伝えておかなければならないな。それが誠意という物だ。このたびの竜王の運命の恋人を探す事は……先代竜王の恋人を探すという事だったのだ。私の兄こそ、三百年前に人間の女性を目の前で失い、少しおかしくなった当時の竜王に他ならないのだ」
口をぽかんと開けて思考停止しそうだった。誰もそんな事聞いていないし知らなかったのだから当然だろう。
「兄は番いを失い、統治者としての仕事も徐々に放棄するようになり……今では彼女の暮らしていた離宮にこもる日々だ。あまりにも見ていられないと皆が言う物だから、生まれ変わった番いを探すために神託を願い、蝕まれし日に生まれた少女を探し求めたわけだが、何が起きたのか、三人とも違うという結果になってしまったわけだ」
「で、では、一番はじめと一週間前にお目にかかったあの見目麗しいお方はどなたなのですか!?」
色々衝撃的だったのか、お姫様が叫ぶ。それにくたびれたおっさんは答えた。
「あの方こそ、我が兄である先代の竜王陛下に他ならない。番いが戻ってきたかもしれないのだから、顔を見たいと願い、あの場に出てきてくださったのだ」
「で、ではあなた様が何故、先代の竜王様では無いのに指輪の真贋を確かめられたのですか?!」
これもネタばらしをされたら当然の疑問だろう、貴族のお嬢様が言う。
それにくたびれたおっさんが答える。
「竜のうろこから作られた装身具は、竜の念に堪えうると言うだけだ。うろこの持ち主と念を送る物が違っていてもだ、私は一度も、私のうろことも、兄のうろことも言っておらぬよ」
確かにそうである。竜王のうろこから作られたと言って、竜王の念に堪えうると言ったが、本人のみという言い方はしていない。
「指輪をすり替えた二人は追って沙汰を下さなければならない、先代とは言え竜王の番いを詐称するつもりがあったと言う事は重い罪となる。……三人目のお方は、時間と手間とそのほかの色々な迷惑をおかけしたようだ、何か望みがあるのであれば、かなえられる限りの事で償わせて欲しい」
「……では、お答えいただけませんか。何故この一週間で、私達候補者の待遇が皆、酷くなったのでしょう」
「ああ、それは兄と兄の使用人の手による物だ。兄曰く、当時と同じ事をすれば、愛しい彼女は記憶を取り戻し、誓った愛を思い出してくれるに違いないと。兄は使用人達に、当時と同じ事を候補者にして欲しいと命じたのだ。……中身までは私も知らない話だが、そのように酷い扱いになったのかな」
「はい。とても劣悪に。愛されて大事にされた番いの方への待遇とはとても思えませんでした」
「……では、兄は何も知らなかったというわけか。世界樹が兄に繰り返し警告したらしいが」
「世界樹が?」
「そうだ。人間との会話を世界中は千年以上成長しなければ行えないが、竜とはその前から意思疎通を可能にする。後宮の中庭にそびえ立つ世界樹は、代を代えた私にも事情を教えてくれたほどのお節介だ。兄にも若木の頃に繰り返し、彼女の扱いのひどさや、彼女を自由にして欲しいとの願いを訴えていたそうだ。だが兄は聞こえないふりをした、と言う事なのだろう。番いが自分から遠く離れるなど、耐え切れないのが番いと言う物だからな」
じっちゃんはあの頃も、おらの前世を助けようとしてくれていたのか。
でもかなわなかった無念ってどんな物だっただろう。
おらはそう思いながら、謁見が終わるのを待っていた。
ため息をつき、二人の候補者を兵士に連れて行かせた今の竜王様は、ライラ様を部屋に送る事を兵士達に命じて、手厚くもてなすように指示を出した後、おらを見てこう言った。
「あなたは少し残っておいてくれないだろうか」
「おらが?」
「このものが何かいたしましたか?」
ライラ様がおらを庇うように言う。今の竜王様が首を横に振ってこういう。
「少しばかり話をしたいだけだ。誓って何か悪い事はしない」
「では、すぐにお返しくださいね」
ライラ様は不安そうにおらと今の竜王様を交互に見てから、謁見の間を出て行った。
そして残されたおらに、今の竜王様が言う。
「レティーファ。君に伝えるべき言葉が有るんだ」
知らない名前を言われても、おらは誰の名前だとしか思えない。
だっておらの名前はオーレである。
「”一緒に旅が出来なくて残念で仕方が無い。でも、君が生まれ変わって思うままに人生を送れるなら、私は君と一緒じゃ無くても、君が隣にいなくても、笑ってみせるよ”」
「!!」
それはまるで、おらの前世の親友が言いそうな言葉だった。じゃあ、今の竜王様は……まさか……?
ばきん、と頭の中で何かが砕け散る音がする。
目の前の光景と、頭の中いっぱいに浮かぶ光景が交互に現れて、今の竜王様と、記憶の中の親友の顔が重なっていく。
レティーファという名前が何かも、わかり始めていく。
それが点滅してぐっちゃぐちゃになった後に、それが落ち着いてから、おらは彼を見て問いかけた。
「ボーロンダル? あたしのボール?」
それを聞いて、今の竜王様……ボーロンダルが懐かしそうに笑った。
「最初に出会った時とおんなじ、にんじん頭に炎の瞳だから、すぐにわかったぞ、レティーファ」
ボーロンダル、おらのボールは、後宮に連れて行かれてから連絡を取れなかった、親友の吟遊詩人で……おらが竜王様好みの黒髪に青い瞳じゃないって事で、無理矢理色の変わる薬を竜王様の家来に飲まされる前に出会っていた、相手だった。
「……兄の事で色々な苦労をかけてしまって申し訳なかった」
「あんたはくたびれたべな」
「主に心労関係だ」
「歌って旅暮らしのあんたが、一所に落ち着いてるって時点で気詰まりそうだべ」
「違いない。……レティーファ、今の名前はなんていう?」
「オーレ」
「そうか、オーレか。じゃあ、オーレ。……あなたの村に、たまにあなたに会いに行っても良いだろうか。一緒に旅が出来る身の上じゃ無くなったけれども、たまに話して笑い合う事くらいは出来るだろうか」
「いいべ。おらはあの村で、ボールが遊びに来るのを待ってるよ」
おらの言葉を聞いて、ボールは一筋の涙を流して、笑ったのだった。
こうして、竜王様の番い探しのすったもんだは閉幕した。指輪の色を変える詐称をしようとした二人のお嬢さん達は、未遂に終わった事もあって、厳重注意ですんだ物の、実家では針のむしろの状態で生活し、修道院に逃げたそうだった。
おらはと言うと、ライラ様が村に戻って行くのについていき、そして……
「いらっしゃい、ボール。相変わらずくたびれてんだべな」
「こんなくたびれたおっさんは嫌いか?」
「きらきら顔面よりはいいべ」
笑って、たまにやってくる親友の話を聞く日々が始まったのだった。
了




