五十話 誰を想う
「今日もよろしく、ウィンハック」
「こちらこそ。手伝いどうも」
翌日、ウィンハックにもらった果物や野菜を朝食として食べ、再び工房へとやってきた。
先日素材について色々教えてもらった矢師のエルフも隅の方で作業している。
彼は大きめの刃物で丸太を角材へと加工している最中のようだ。
ミラウッドが居ないとなかなか村の情報が俺にまで伝わらないため、セローとルナリアは村を一周してから来る予定だ。
「……」
「お。元気ないな」
「え? そうかな」
「ミラウッドがいないと寂しいよな」
「さっ、寂しい? 俺、もういい歳だぞ」
「年齢なんて関係ないさ。ずっと不安を分かち合ってきた者が側から離れたんだから、当たり前だろう」
「そういうものか……」
昨日はどうにも寝つきが悪かった。
ミラウッドが心配だったというのもあるが、俺自身、彼が側に居なくなったことで不安に思っていたのか。
「うーん……。頼りにし過ぎているな」
「そりゃぁ、いきなりエルフの村に転移したんならなぁ。その分僕を手伝ってくれたらいい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
エルフの者らは優しい。
元々俺が自分の役割を求めて村の手伝いをしたいと申し出たことにも、恐らく気付いている。
精霊を従えるのだからと無理やり大人しくさせることもできるだろうに、人間の俺に色々と教えてくれる。
実際彼らの役に立っているのかもしれないが、それ以上に体を動かすことで俺は不安を打ち消してきた。
そしてずいぶん村の生活にも慣れ、異世界での不安というのはほとんど胸の奥に潜んでいたが……ミラウッドが居ないと、どうも気持ちが不安定だ。
まるで師であり家族であるじいさんが亡くなった時のようだ。
「そういえば、弦はどうだ?」
「上々だ。……そうそう、あとで弓に弦を張る時にルナリア様の力を借りたいんだが……」
「ああ。ルナリアも快く了承してたからな」
「助かるよ」
今日はいよいよ俺にとって一番興味のある、弓について教えてもらう。
見学はさせてもらっていたが、邪魔をしないようにと聞きたいことも聞けない状況だった。
「じゃあ、まずは木の選定からだな」
工房の外にはいくつか材料がまとめて置かれた場所がある。
その内の一つ、主に細長い木が置かれた場所で実際に弓にする木を選ぶ。
「エルフの弓は、どういう点に気を付けて材料を選んでいるんだ?」
俺とじいさんが作っていたのは竹と櫨が主な材料だった。
ただ、この世界では以前矢師に教えてもらった木だけでもいろんな種類があった。
心身弓と別に、『魔』を考えて作る弓というのは、恐らくいろんな材料を用いるんだろう。
「そうだなぁ。前にも言ったが、今はこんな状況だ。精霊様のいない土地で使う弓を前提とするなら、正直『魔力伝導効率』を考えるよりも使い勝手に特化した方がいい」
「それもそうか……」
「魔術矢を使うなら、……そうだな。たとえば火の魔術矢を使うならチルの木よりもフラマの木で作る方がいい」
「相性ってやつか?」
「そうそう。仮に魔力伝導効率がよくても、相性がわるければ元々の何倍も魔力抵抗が高まる。そうなると、魔術矢の効力は半減するだろうな」
「うーん……やっぱり使い手を見て、ってことか」
「そういうこったな」
やはり『魔』という部分を考えると、俺が作っていた弓以上に引き手のことを考えて作らないといけないな。
「なら、誰用かってのを想定してから選んだ方がいいよな」
「もう決まってるだろ?」
「え?」
「? なんだ、てっきりミラウッドかと」
「……」
ミラウッドの弓を
……俺が?
「いやいやいやいや! あんな、エリート中のエリートっぽい人の弓を、俺なんかが……」
元の世界でいえば、弓道における最上の称号・範士を持つ郡司先生の弓を作るってことだろ?
依頼されたじいさんの手伝いをすることはもちろんあったが、俺が主導で作ったことは一度もないし、許されなかった。
だいたい、誰かに「弓師なんです」って打ち明けてもいないのに、こっちの世界においては命をも預ける道具を俺が作っていいんだろうか。
「ミラウッドの口癖、知ってるか?」
「口癖? えーっと、……『出来ることがあるのなら、試さないわけにはいかない』……とか?」
「さすが」
そう言うとウィンハックは俺の頭に手をポンと置いた。
「人間の生涯は僕らと比べると短い。もし自分たちが人間だったらと思うと、失敗したくないという気持ちもよく分かる。……けど、寿命がどうであれ正しいこと、最適なことというのは、やってみないと分からないのは僕らも人間も同じさ。だから僕たちは人間たちの技術の進歩や、新しい物を生み出すということに敬意を払っている。それは誰かが何かを試した結果だからね。エルフは時間がある分、結構臆病なんだ」
「ウィンハック……」
「特にミラウッドはそうさ。ずっとこの森で静かに暮らすことだってできるのに、外に憧れを抱いて冒険者にもなった。試すっていうのは、知ることだ。失敗しても一つの結果だし、成功してもね。エルフの中でも好奇心旺盛な彼は、きっとコーヤが自分のために弓作りをしてくれたと思ったら、その出来に関わらず喜んでくれるよ。……まぁ。そもそも、僕も一緒に作るんだから失敗はしないけどね」
ウィンハックは俺が思い詰めないようにと思ったのか、ウィンクをして言ってくれた。
「えっと……うん。その、ウィンハックがちゃんと監修してくれるなら」
「その調子だ! 大丈夫、弓師でなくても自分で作るエルフもいるくらいだ。基本さえ押さえていれば問題ない」
「自分で!?」
「? 僕たちにとっては普通なんだけどねぇ」
弓が身近っていうのは、こういうことなのか。
元の世界での感覚でいうと、弓は職人の手で作られるもの。クオリティの高いもの。
弓師でなくてもそういう認識だ。
もちろん基本の手入れは持ち主がするが、調整や修理は弓師の元に送ることも多い。
少しはこちらにも慣れたと思っていたが、まだまだ驚くことがある。
「じゃ、射手をミラウッドと想定して作ってみよう」
「よしっ」
「……」
「?」
「そういえば、コーヤ」
「うん?」
「ミラウッドが精霊魔法を使ったところ、見たことあるんだっけか」
「……いや」
「だよなぁ」
ウィンハックは「うーん」と天を仰いだ。
「まぁ、あいつに関してはどんな精霊様の力も借りることができるからなぁ」
「さすがミラウッドだな」
「んー……じゃあ、慣れ親しんだハズパラにしようかな。汎用性も高いし」
ウィンハックは立て掛けてあった木材から、細長いハズパラの木の根を手に取った。
「じゃ、まずはこれの表皮をナイフで削って──」
『コーヤ!!』
この後の手順を教わろうとすると、セローが慌ててやってきた。
「! あ、セロー。お帰り……」
『あっち見ろ!!』
「あっち?」
セローが尻尾で指差す方を見れば……、森から黒煙が上がっている!?
「火事か!?」
「! あれは」
「ウィンハック……!」
「長老方に報告してくる! セロー様、すみませんがコーヤを頼みます」
『おう』
慌てて報告に行くウィンハックの背を見送ると、入れ違いで少女姿のルナリアが帰ってきた。
「コーヤさま! 大変ですのー!」
「ああ、セローに聞いたよ。……どうしよう」
俺にできることってあるだろうか。
もしあるならセローとルナリアの力を借りることだが……、どう動けばいいか分からない。
『慌てんな。オマエに頼み事があれば守衛のエルフでも寄越すだろ』
「そ、そうだな」
ひとまず二人が調べたところ、村の中に何らかの被害はなかったようだ。
俺たちは何らかの指示が長老たちから下ることを想定して、その場で待つことにした。




