四十四話 ルナリアのお手伝い
「できた~~~~!」
『おー』
『おめでとうございます、ですわー!』
ブラッシングも終えた頃には、ナガテの繊維は粗い部分もほとんどなく、ふわふわの細長い髪……いや、ヒゲ? もしくは馬の尻尾? そんな風に見えた。
元の茎からは想像もできない柔らかさになり、また細かくしたことから量も増えたように錯覚する。
『人ってのは大変だなぁ~』
「ほんとにな」
まだここから撚って糸状にして、さらにそれとミライ草とを組み合わせないといけない。やっと入り口の段階だ。
素材の加工だけでこんなにも手間暇がかかるんだ。
弓の道具に限らず、昔ながらの製法に分業制が多いのも納得だ。
弓師である俺でさえ、弓以外のこととなれば「こんなに手間暇をかけてすごい」と思ってしまう。
「んじゃ、お次は……」
次にウィンハックが取り出したのは、糸紬の道具。
ミシンの糸を装着する部分のような構造で、くるくる回すことができる棒に撚った糸を巻き付けていく道具だ。
「これを、こう」
「ほうほう」
『ほー』
『まぁ』
俺と精霊二人は、童心に戻ったかのようにウィンハックの手先を見つめる。
ウィンハックは器に用意した水に手先を濡らし、ナガテの繊維の束をほぐして一本取り出す。
それを右手の親指、人差し指、中指までを使って上方向にねじるように指の上で繊維を転がす。
「撚りをかけるのは、必ず同じ方向にな」
「お、おう」
正直……難しそう──!
「俺にできるかな……?」
「なぁに、大丈夫さ」
『お手伝いしたいのですが、わたくしの手ではむずかしそうですわ……』
ウサギ姿のルナリアは、自分のちいさな両手を見つめて嘆く。
『人型になりゃいいだろ?』
『……! コーヤさま! その手がありましたの!』
「え?」
セローの時は人の姿からイタチの姿になったが……逆バージョンもありなのか?
『風のお方は、ほんとぉ~~~~に稀に役に立つんですのねぇ』
『はぁ~~~~??』
『なにか??』
「えーっと、セローの時と同じことを?」
『そーゆーこった』
セローがイタチ姿になって怒らせた時のことを思い出す。
「ルナリアはなんか、希望とかあるかな?」
『希望、ですの?』
「そうそう。セローは動きやすい小動物ってリクエストがあったんだけど」
『そうですわねぇ……コーヤさまのイメージにお任せいたしますわ!』
『森のやつは木が根城みたいだし、人の姿の想像ができねぇんだろ』
「なるほどな」
じゃあエルフじゃなくて、俺の想像しやすい人間でいいか。
「うーん」
『ドキドキですわ』
ルナリアのイメージか……。
全体的にはまず間違いなく、少女のイメージだ。
口調からして上品だが負けん気は強い女の子。
名前から連想する『月』のように肌は白くて、髪は茶色。
耳元の赤い花は……そうだな、リボンの色とか?
瞳は黒でウサギと同じく丸くて大きい。
ウサギの耳みたいだし、髪型は二つ結びがいいよな。
うーん。でも、ルナリアの耳はそんなに長くない。
……そうだ! あれだ、中華風お団子ヘア!
ピョコっとした耳はそれに似ている。
背中の葉でできた羽根はさすがに人間の姿に応用はできないよな。
なら、緑色のワンピースはどうだろう?
首元の葉っぱや蔦でできた装具は、銀色のストール……とか?
「────っ!! まぁまぁ! 素敵ですわーーーー!!」
「お」
ただでさえ俺は男だ。
イメージすればいいとはいえ、女の子の見た目を想像するのにセンスもなければ馴染みもない。云々とどうにかアイデアをひねりだすと、ルナリアは俺のイメージ通りな女の子の姿となった。
自分で思い描いてなんだが……美少女!
「よし、イメージどおりだ」
「これは、人間の…………少女、ですの? わたくし、初めての感覚です! コーヤさま、ありがとうございますですわー!」
ルナリアは手を握ったり開いたり、ぴょんぴょんと飛び跳ねて体の感覚を確かめる。
「僕も人間の女の子は初めて見るが、たしかにルナリア様って感じがするな」
『人間の街にいる、生意気なガキって感じだな』
「はい~~~~????」
『ああ??』
「あはは。中身はやっぱりルナリアだな」
俺の足元くらいの女の子姿のルナリア。
ウサギ姿では体格的に五分五分だったセロー相手に、ここぞとばかりに睨みを利かせる。
「村の連中にも言っとくよ。もし見慣れぬ人間の少女がいたら、それはルナリア様だってな」
「ありがとう」
さすがにエルフの村に、突然人間の少女が現れたらビックリするよな。
「セローはいいのか?」
『オレ? オレはいいんだよ』
「まぁまぁ。コーヤさまのお手伝いをしないんですの? ええ、怠慢です」
『アホか。オレは動きやすい方がいいっての~』
そう言いながらすい~っと工房内を漂うセロー。
「まったく……風のお方は本当に自由ですわね」
「まぁまぁ、それがセローだから」
人間の姿になっても相変わらずなルナリアをなだめ、引き続き作業に戻る。
「じゃあ、ルナリア。手伝ってくれるか?」
「ええ! もちろんですわ、コーヤさま!」
「じゃあ、この続きからな」
ウィンハックが手本を見せてくれた続きから、さっそくやってみるこに。
手先を濡らして、右手の三本の指を駆使しながら撚っていく。
「ルナリアは、こっち側を頼む」
「ええ! お任せくださいな」
左手側のナガテの繊維は、一本だけを取り出そうとしてもふわふわし過ぎて余分な繊維もついてくる。
そこをルナリアに上手く調整してもらうことにした。