三十五話 風の矢
「精霊魔法、か」
『んだぁ? お望みとあらばやってやろうか?』
「! 俺も、使える……のか?」
『ハァ? オレの主なんだから、当然だろー』
と、当然だったのか。
セローはバカにするかのように尻尾でペチペチと俺を叩く。
「コーヤは精霊魔法を初めて使う……んだよな?」
「ですね……」
「ふむ。なにかあるといけないから、ミラウッドが戻ってからにしよう」
「そ、そうしましょう」
精霊魔法……それほど扱いが難しいんだな。
「──コーヤ。すまない、待たせたな」
『ただいまですわー! ええ、ただいまですの!』
「! おかえり、二人とも」
引き続きウィンハックの工房で見学していると、ミラウッドとルナリアが帰ってきた。
「ミラウッド、コーヤが精霊魔法使いたいんだと」
「! セロー様のお力か」
「やっぱり俺じゃ、危ないか?」
「……いや。そうとも限らない。なにせコーヤは、聖樹の力を引き出すことができるのだからな」
「聖樹かぁ……」
だったら同じ森に棲むルナリアに力を貸してもらう方が安全か?
「だったら、ルナ──」
『ハァ? オマエ、さっきオレの力使うって言ったよな?』
『あーら! 野蛮な風のお方は、危険性というものをわかっていないようですわねぇ、ええ! そうにちがいありません』
『……はぁ~~?』
『なにか文句がおありですか? ええ! おありですね?』
「ふ、二人とも……」
いつもの精霊ゲンカが始まった。
もはやこの村の風物詩である。
「コーヤも村で共に過ごすうちに、自然と精霊様との共存というイメージができていると思う。そもそもお二方と契約しているのだから、私たちよりも上手く扱えるのではないか?」
「そういうもんかねぇ? なんせ精霊様お二人と契約している人間なんて、生まれて初めて見たからなぁ」
「それは……ちがいない」
「えぇ……」
「ともかく──」
「『出来ることがあるなら、試さないわけにはいかない』……だよな?」
「そのとおりだ」
俺は言葉を引き継ぐようにして言う。
するとミラウッドも少し笑ってくれた。
「それに、セロー様とルナリア様がいらっしゃるとはいえ、コーヤ自身が使えるようになってくれれば私も安心だ」
「?」
「お。外に行くのか?」
「ああ、見回りの者らから少し気掛かりな情報が入ってな。近々行くことになるだろう」
外、……人間の街ってことか?
それも冒険者としてではなく、別の用事があるみたいだ。
『とーにーかーく! ほれっ』
「っ!?」
痺れをきらしたセローがなにやら俺の手元に向けて尻尾をぺしっとやると、俺の右手元に風の力? が集まっているのを感じる。
何も持っていない左手と比べ、右手は明らかに重い。
いや、それは質量の重さではなく……なんだろう。
今からこの右手で、大事なことをしなければならない。
そんなシチュエーションの時に感じるような……一種の緊張感といえるだろうか。
何もないが、何かある。不思議な感覚だ。
『ちょーどさっき矢を放ったんだし、それをイメージして使ってみろ』
「風の矢……ってことか?」
『そーそー』
『まぁまぁ、コーヤさま。いつの間に』
風の矢……か。
それならたしかにイメージしやすい。
矢羽はセローの耳元のようだし、ヒュンッと飛んでいく姿は鳥のよう。
矢と風は相性がいいのかもしれない。
安全のためにミラウッドにしっかりと見てもらいつつ、再び工房の裏手にある的の元へ。
左手に初心者用の弓を携えて、今度は的から一番離れた位置を示す目印の上に立つ。
「……」
不安がないと言えばうそになる。
でも、今はどちらかと言えば『できる』と信じている気持ちが大きい。
セローと契約していて、ミラウッドの言う『出来ることがあるなら、試さないわけにはいかない』という信条にも胸を打たれ。
そして、初歩中の初歩ながらさっき自分自身の手で的に矢を中てることができた。
何もしなければ不安で覆いつくされる自分の心の中に、周りや自分がもたらした『自己肯定感』が元の世界に居た頃よりも満ちているからだ。
変な話だ。
勝手の分からない異世界の方が、自分で自分を信じる力が大きいなんて。
「……──っ!」
俺は意を決してイメージする。
手元にある力は、セローの貸してくれた力。
それはやがて矢となり、俺の前方にどっしりと立つ的へと向かう。
風は自由だ。
だから軌道は決してまっすぐではないかもしれないが、セローの力なら絶対に的を外さない。
風、風の矢、……鳥。
「……!」
『おー』
「さすがだ」
気付けば俺の手元には、風でできたように輪郭がおぼろげな矢が一本。
それも矢羽は鳥のように動いている。
「これで──」
大丈夫、セローの力だ。
きっと大丈夫。
そう思いながら軽い弓につがえて引く。
先ほどより的から遠い分、失速する距離を考慮してやや照準を上にしようとする。
が、思いとどまった。
普通の矢ならそれでいい。
でもこれはセローの力だ。
絶対、いつもの狙いでも届く。
いけ──っ!!
放った矢の軌道は想像以上に蛇行した。
いや、まるで鳥が翔けるようだ。
標的へ一直線ではなく、上下左右、あらゆる角度から獲物を狙う。
しまいには風の矢の矢羽は翼となり、ますます鳥の姿に近づいた。
本来失速するはずの距離に到達したというのに、翼のおかげでさらに加速する。
そして──的をザクッ! と貫通する音が聞こえた。
「射っ!!」
『「しゃ?」』
「えっ!? あ……いや。なんでも……」
思わず声に出して言ってしまった。
それほどまでに、なんだか清々しい気分だ。




