三十話 アレに似ている
翌日。
俺たちは村の一角の泉へとやってきた。
数軒のお宅で使用している水源で、本来は常時水が張っているらしい。
大きさは……そうだな、銭湯の湯舟くらいか?
それほど大きくはないが、精霊のおかげで綺麗な水がいつも溜まっているそうだ。
だが今はミラウッドも言っていたように水が枯れている。
底スレスレに水が僅かながら残っているだけの状態だ。
ちなみにエルフの村での風呂は、大きい水瓶みたいなので入るか、水の精霊と森の精霊に手を貸してもらって簡易的な露天風呂を作るかのどちらかだ。
今は精霊が眠っているため、簡単にお湯を浴びるか各自お湯を浸したタオルで体を拭いている。
大きい水瓶分の水を汲んでくるのだって一苦労だからな。
「泉はあれだが……。しかし、これまた綺麗なところだな」
本来であれば周りを囲む木々や草花を水面が映し、もっと綺麗な場所なんだろう。
『水……ねぇ』
『野蛮な風のお方は黙っていた方がいいですわよ。ええ、そうしてください』
「泉に水を引いていたのは、あの花を好んでいた水の精霊なのだが……」
ミラウッドが指差す。
そこにはスイレンのような、まるで水に浮かんでいるように咲いている花の蕾があった。
水が少ないからか蕾は元気をなくしたようにしぼんでおり、普段は水中で見えない茎なんかもハッキリ見える。
「うーん……」
ここはやはりセローやルナリアと同様、弦音を鳴らした方がいいんだろうか。
『お花の精霊でしたら、わたくしが呼び掛けてみましょうか?』
「ルナリア様、ありがとうございます。……その前に一つ、コーヤに試してもらいたいことがあります」
「俺?」
疑問に思い横に立つミラウッドを見上げる。
「コーヤ、聖樹の枝を泉に浸してみてはくれないか?」
「枝を?」
俺はいつも持ち歩くようにしている、腰のベルトに刺さった聖樹の枝に触れた。
「長老たちより、聖樹に召喚されたコーヤならその力を扱えるのではないか……という話が出ていてな」
「聖樹の……力、か」
今のところそれを実感しているのは神賜魔法である鑑定だ。
魔法のない世界の俺が魔法を使えるようになったのは、まちがいなく聖樹の影響だろう。
そして弦音に関してもそうだ。
ただそっちは魔法っていうより、聖樹の影響を受けた俺の魔力を拡散させてる……って感じだよな。
この上なにかあるだろうか?
「花の精霊も水の精霊も、森に満ちる聖樹の力が弱まったことが原因で眠っている……。セロー様はもとより森に棲む精霊様ではありませんし、ルナリア様はたまたま祈りによって精霊様のお力が高まっている場にいらした方。村の中というのは一番聖樹の影響を受けているはずですから……。おそらく、お二方よりも強い力でしか呼び起こせないのではと思いまして」
「つまり聖樹の力を分け与えるしかない?」
「長老たちの見解では、そうであろうと予想している」
「なるほどな。仮にルナリアに起してもらったとしても、活動が持続しないかもしれないか」
『では、わたくしはどうしてこんなに元気なのでしょう? 不思議ですわ、ええ、不思議です』
「おそらく聖樹の影響を受けたコーヤと契約しているからかと思います、ルナリア様」
『あらあら! 言われてみれば、たしかにそうですわ!』
「コーヤ。弓を引くような感覚で、聖樹の枝と心を一つにし……それを精霊お二人に分け与えてみてはくれないか? いきなりで難しいのは分かる。焦らなくていい」
「今度は分け与えるイメージ……」
弦音を鳴らした時は、「俺の声、届いてくれ!」って気持ちも少なからずあった。
それで応えることができたのは、森の関係者じゃないセローと、聖樹以外の力も蓄えていたルナリアだった。
そうじゃなくて、今度は本当に力が弱まっている精霊にこの聖樹に満ちたエネルギーを届けるイメージ。栄養補給のようなものか。
「やってみるよ」
「頼む」
えーっと……。
弓の声を聞くように、まずはそれが何かを『知る』必要がある。
聖樹を鑑定で視てみると、
【聖樹の枝:エルフたちの暮らす森の一角にある聖樹、その枝先】
【魔力伝導効率:A+】
とあった。
A+っていうのは、最高値なんだろうか?
まぁ聖樹というからにはそうであってもおかしくない。
とにかく今は、この聖樹が秘めているであろう魔力を水の精霊と花の精霊に分け与えるイメージ。
俺は泉へと祈るかのように跪き、聖樹の枝をぎゅっと握った。
聖樹……。
エルフの村の奥にひっそりと佇む大きな存在。
神聖なもの。森の精霊たちの力の源。
そんな力が拡散する…………うわ、間違えて杉の花粉を想像してしまった。
そう沢山あるわけない聖樹が花粉を飛ばすなんてありえないよな。
だがイメージとしては近いはずだ。
魔力の粒子が飛び立ち、二人の精霊に力を与えるイメージ──
「っ!」
すると、握りしめていた聖樹の枝には文字通り魔力の粒子が帯びていた。
驚きながらもそれを泉にわずかに残る水に浸け、精霊に分け与えるイメージを持ち続ける。
粒子は俺のイメージ通りに水や水底へと溶け込んだ。
「……」
「……」
『『……』』
…………どうだ?
『──!』
『~~♪』
「「!」」
魔力の粒子のほとんどが消え去ると、徐々に泉の水位が増し、元気のなかった水面の花が満開に咲き始めた。
同時に水面を悠々と泳ぎまわる人魚のような精霊と、花から葉っぱへぴょんぴょんと元気に飛び跳ねる精霊が現れた。
『まぁまぁ! すっかり元気みたいです、ええ、よかったですわ!』
『オレがたたき起こすまでもなかったか』
「水の精霊様と花の精霊様だ。コーヤ、ありがとう」
「よかった……」
どうやらちゃんと出来たようだ。
俺は安心して力が抜け、その場に座り込んだ。




