感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第38話
「お疲れ様でござる」
「首尾よくやったみたいだにゃ」
霧の中から攻撃した2人――圭阿とロシコに康大は労いの言葉をかけられる。
あれから康大は揺れる海面の上を、とぼとぼと歩きながら船に戻って行った。
全ての仕事を終えた瞬間、疲労が両肩にどっと押し寄せる。
途中、歩クラーケン達になんとも言えない視線で見送られた気がした。
霧に入ると例によって案内役の鬼火が待機しおり、同じように船まで導かれる。
2人に会ったのはその途中だ。
2人も当然のように海の上にしっかり立っていたのだ。
海上を歩く魔法は簡単らしく、出番の欲しかった2人にもしっかり片手間でかけられたようだ。
「それにしてもよくここからイカの位置が分かったな」
「そこはまあ長年の勘でござるよ」
「自分は臭いだけどにゃ」
それぞれ別の理由で標的を見極められたらしい。
「感謝はするけど、できればそのまま仕留めてほしかった」
「拙者も可能なら左様にしたかったでござるが、あれは奥の手で使えるのは一度きり、もう作るための材料はないでござる」
「自分も似たようなものにゃ。こっちの場合はさらに肉体的なダメージもでかいにゃ」
そう言ったロシコをよく見ると、右肩が不自然にだらりと下がっていた。
おそらく脱臼でもしたのだろう。
やはり2人の2射目に期待するのは間違いだったようだ。
ここでも康大の頭脳は正しい行動を導いていた。
「結局俺がやるしかなかったてことか。とにかく……いてて」
「無傷とはいかなかったみたいだにゃ」
「ひょっとしたら俺も俺で骨折れてるかも……」
王将クラーケンに弾き飛ばされたとき、康大は強かに波に叩きつけられた。
その時は興奮していて気づかなかったが、こうして落ち着くと脇腹がかなり痛い。
後でハイアサースに治してもらうにしても、船に戻るまでのわずかな距離すら億劫になった。
「仕方ない。肩ぐらい貸してやるにゃ」
「厚意には素直に甘えます」
ロシコの肩を借りる康大。
すぐ隣に顔が来ると、康大も改めて猫だなあとしみじみ思う。
またハイアサースやアビゲイルほどではないにせよ、それなりに女性らしい体をしているなと、妙に感心した。
この分だと、猫好きの本能に任せて顎の下をなでたりしたら、そのまま張り倒されそうだ。
「然らば拙者も」
ロシコに対抗したのか強引に康大に肩を貸す圭阿。
「ぐえ」
身長は圭阿の方が大分低いので、康大の体は斜めになり、むしろ肋骨の痛みが増した。
それでも自分で歩くよりはマシと、全面的に女性2人の力を借りる。
ほうほうの態で船まで戻ると、康大達はすぐにアビゲイルの魔法で甲板上まで持ち上げられた。
「コータ!」
戻ってそうそう、婚約者から熱い抱擁を受ける。
これが私服ならよかったのだが、臨戦態勢ということもあり鎧姿で、脇腹がより強く締め付けられ、将棋の駒には存在しない「死」の1文字が頭に浮かんだ。
「気持ちわかりますが、それ以上するとおそらく康大さんが卒倒してしまいますよ」
「え、あ! すまん!」
アビゲイルの忠告で、慌てて康大の体を離すハイアサース。
康大は大きく息を吸い込み、それが原因でまた脇腹が痛んだ。
「私が今すぐ魔法で治す。おそらくアビゲイル殿の方がうまくできるだろうが、ここは私に任せてくれ。せめてこれぐらいは役に立たないと、婚約者として面目が立たない」
「だったら……いやなんでもない」
「おっぱい揉ませて」という心からの本音が口を突いて出そうになったが、康大は寸前で耐えた。もし言えば、息の根を止められるかもしれない。
そんな康太の内心を手練れの魔女が的確に読み、無駄に気を利かせて助け舟を出す。
「せっかくですから膝枕でもしながら魔法を使ったらどうでしょう? 安心した気持ちになった方が魔法もより効果的でしょう」
「それは……うむ、アビゲイル殿の言う通りだな」
アビゲイルの甘言に引っかかったハイアサースは、勧められるまま康大に膝枕をした。
さすがにこの時はハイアサースも太ももを覆う部分は外していたので、康大の後頭部にダイレクトに柔らかい感触が伝わる。さらにそこまで清潔な環境でないにもかかわらず、花のように香しい匂いが鼻腔をくすぐった。
これで顔が見えなくなるぐらいの巨乳を上から押し付けられたら最高だが、それはまた心の中にとどめておく。
もしそこまでされたら、下半身が正常でいられる自信がなかった。
「それで、船は出航できるようになりましたが、これからどうします?」
膝枕で回復魔法を受けたまま、康大はアルバタールに尋ねた。
本来なら咎められる態度だが、この情けない中高年相手では別に気を遣う必要などない気がした。
そう思っていたのは康大だけではなかったようで、誰もその態度を非難したりはしない。
ロシコでさえも痛めた腕を抑え、我関せずといった態度を取っている。
何より当の本人が最も無頓着で、気にするどころかわざわざ康大の近くに胡坐をかいて座った。
「そうさなあ。お前さんを頼るならフジノミヤに行くことになるんだが……」
「それは………ちょっとお勧めできませんね」
康大はやんわりとアルバタールの提案を否定する。
そもそもがウエサマに対する猟官運動のため康大達は都に来た。
そんな状況でアルバタールをフジノミヤに連れて行けば、アムゼンは当然官位と引き換えにアルバタールをウエサマに差し出すだろう。
アルバタールと一緒にいることを知ればそう命令するはずだし、むしろ自分達が今からでもそうするのが家臣として当たり前なのだ。
しかし康大個人としては、到底それはできなかった。
現在ウエサマとフジノミヤの関係はなんともなくとも、康大個人に関しては完全に敵対している。ウエサマの視点で見れば、自分達はまごうことなき裏切り者だ。
ひょっとしたらアムゼンはそのことで今追及を受けているかもしれない。
そのため、フジノミヤに戻った瞬間アルバタールと共にウエサマに差し出される可能性が高い。アムゼンは平気でそういう事が出来る人間だ。
たとえ無事だったとしても、敵ではなく陪々臣以下の存在になったら、ウエサマと接触する機会は完全に消滅するだろう。
ウエサマとの関係が最悪の自分が、両者の間に入ることはあり得ない。
そしてウエサマとの接点が無くなれば、レッドハーブを入手する機会も失われる。
今こうして敵本陣の中心にいるからこそ、レッドハーブがどさくさ紛れに得られるチャンスもあるのだ。
つまりアムゼンに対する忠誠心が欠片もない康大は、自分の都合だけでアルバタールを支えていた。
「ま、そうだろうな。聞いた話じゃお前さん、わざわざウエサマから官位をもらいに来たんだろ。だったらフジノミヤはウエサマ陣営ってこった。こうなるともう、アルバタール様に残された逃げ道は西しかないわけよ」
「西……ですか?」
このセカイの関西以西の知識が全くない康大は、ただオウム返しに聞き返すことしかできなかった。
「ああ、西のシーガンの連中は歴史的にウエサマと折り合いが悪く、アルバタールに好意的だ。実際に会った奴はせいぜい1,2人しかいないが、まあ東の連中よりは信じられる」
「・・・・・・」
シーガンというのはおそらく九州のことだろう。
康大は戦国時代の知識を頭から総動員し、島津とか大友といった大名を思い浮かべる。
具体的に何をしたかと言われると答えられなかったが、全体的にかなり野蛮で無骨な人間だという知識はネットから得ていた。確かに洗練された都の人間とは折り合いが悪そうだ。
尤も、アルバタールもその都の人間ではあるが。
「……私から異論はありません。ただ」
「ただ?」
「今回したことと同じことをまたしなくてはならないかと思うと、気が重くて……」
この海域にはクラーケンが100体いる。
そして将棋の駒が20個であることを考えると、海域は5つに区切られ、そこにそれぞれクラーケンセットが割り振られている。
大阪湾周辺の地図を頭に思い描くと、この海域から西と南にそれぞれ別のクラーケンセットが配置されている可能性が高く、最低でもあと1回は王将クラーケン洗脳を解く必要がある。
それを思えば康大が憂鬱になるのも当然だった。
そんな康太の背中をバシバシ叩きながら、
「はっはっは、若い頃の苦労を何度も重ねれば、俺みたいに将来立派な人間になれるぜ!」
と、アルバタールは自信満々に言った。
ここまで根拠のないことを自信満々に言える図々しさに関しては大物だなと、康大は乾いた愛想笑いを返すのだった……。




