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感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第31章

「……いやあ、本当になんとかなったなあ」

 最後に穴を抜けたロシコの姿を確認すると、アルバタールは大きく伸びをしながら言った。

 康大の掘った穴は四つん這いでなければ通れなかったが、見つかることもなく、こうして全員無事に感知魔法をやり過ごし街からの脱出を成功させた。


 しかし、それでウエサマの手から完全に逃れられたわけではない。

 まだ到底安心はできなかった。


「それで姫様よ、隠し道ってやつはどこにあるんだい?」

「……少なくとも今いる場所とは全くの逆方向ですわ」

 アルバタールの質問にエリザベスはため息交じりに答える。


 エリザベスの言う通り、塀を抜けたのは北側で、目的地のドゥイエ方面とは正反対である。

 距離だけで見ればむしろ遠ざかった。


「いずれ着くのですから、過程は二の次でござる。ではここから予定通り、街を迂回しながら南へ向かうわけでござるが――」

「その点に関して少し意見があるにゃ」

 そう言ったのはロシコだ。


 圭阿としては全て自分に任せてほしかったが、残念ながら今回のパーティーには現地人がいた。

 初めての土地において現地人の意見をより重視するのは、圭阿の世界でも鉄則である。 


 明らかに不服そうな顔をするものの、分はわきまえている圭阿は口に出して文句は言わなかった。


 そんな圭阿なぞどこ吹く風でロシコは話を続ける。


「ここから身を隠しながらドゥイエまで行くには、周囲の森を大回りで向かう、というのが常道にゃ。お前もそう思ってるにゃ?」

「然り」

「かなりの遠回りになりそうですわね……」

 エリザベスがうんざりした顔をする。

 高貴な生まれで普段あまり歩かないため、きついのだろう。


 康大はそう思っていたが、


「ですがこの私にはどうという事はありませんわ。ドゥイエにいる間はいつお父様からお呼びがかかってもいいよう、鍛錬は欠かしませんでしたから!」


 ……きついことはきついが、存外にタフな少女らしい。

 自信満々に言うエリザベスが康大には頼もしくもあり、またその努力が空まわりに終わったことに同情もした。


(まあそれがあったから、こうして命からがら逃げることが出来てるんだから、無駄どころか実際に役には立ったんだよな)

 康大はそう思ったが、言ったところで慰めにもならないので、心の中で思うにとどめ、口ではロシコの方針に賛同する。


「それじゃあロシコさんの言うように森に――」


「……というのは実は問題があるにゃ」

 ロシコは自分の提案を自分で否定する。

 これには康大も思わずコケそうになった。


「あの……」

「そう結論を急ぐにゃ。そろそろウエサマも、私達が街を脱出したことに気付いているはずにゃ。その場合、まず捜索されるのが今言ったルートにゃ。やや距離が長い東から迂回しようが西から迂回しようが、実のところあまり関係がないにゃ。その代わり、探索の死角になる場所があるにゃ」

「それはいったいどこなんです?」

「ここにゃ――」


 そう言ってロシコは塀沿いを平然と歩きだす。

 そのあまりに堂々かつ無謀とも思えるルートに康大達は唖然とした。


「いや、さすがにそれは……」

「灯台下暗しにゃ。感知魔法がある以上、塀の上に見張りは置けないにゃ。さらに兵士達も自分の持ち場さえ警戒してればいいと思ってるにゃ。そうなるとどうしても外塀沿いは警戒が疎かになるにゃ」

「圭阿はどう思う?」

「……拙者からは異論はござらん」

 自分の出番が奪われたことにまだ不満はあるようだが、方針自体に異存はないらしい。少なくとも経験豊富なこの2人が問題ないと言っているのなら、康大も受け入れるしかない。


 今度はロシコが先導し、一行は塀沿いを警戒しつつ足早に進む。

 塀に銃眼のようなものはなく向こう側の様子は分からないが、圭阿曰くしびれを切らした兵士達が忙しそうに動き回っている気配があるらしい。


 まさか兵士達も塀の向こう――距離にしたらわずか数メートル先に探している人間達がいるとは夢にも思わないだろう。


 そう考えると康大は何かおかしくなってきた。


「・・・・・・」

 先頭のロシコが無言で集団の歩みを止める。


 今は北側の塀沿いを西に進んでから、角を曲がり、南に向かって歩いている最中だ。

 都には東西南北に出入り口の門があり、北から塀沿いを南に進めば当然西側の門にぶつかる。

 そしてどの門にも警備の兵士がいる。

 魔法で使い魔の目は誤魔化せても、人間の目までは誤魔化せない。


「如何するつもりで?」

 そうロシコに聞いたのは圭阿だった。

 そもそも康大の目では先にある門がまだ見えない。


「外に向いている視線を感じるかにゃ?」

「――いや、注意は完全に内に向いているでござる」

「自分も同じ意見にゃ。ならばこれが一番手っ取り早いにゃ」

 言うが早いか、ロシコは唐突に腹ばいになり、匍匐前進の構えをする。


 これがロシコが言う最も手っ取り早い方法らしい。


「拙者なら別に普通に移動しても気づかれん。貴公とて同様でござろう」

「確かににゃ。けれど今回は我ら2人だけではないにゃ」

 不意に振り返ったロシコに、康大はあいまいな愛想笑いを浮かべる。


 2人とも小声で話しているので内容は分からなかったが、なんとなく馬鹿にされていることは理解できた。自分の無力さは痛感しているので、腹が立つより恥ずかしい。


「――まあそういわけで、後ろにいる連中も私の格好に倣うにゃ」

『・・・・・・』

 ロシコの指示は伝言ゲームのように伝わり、全員が同じ態勢になる。


 エリザベスでさえも完全に覚悟が決まったのか、文句すら言わずに腹ばいになった。アルバタールは最初から抵抗する気配すら感じられなかったが、その出すぎた腹がつぶれて苦しそうではあった。


「・・・・・・」 

 そんな2人を見て、康大はしみじみ思う。

 ゾンビの自分から見ても、この2人は特殊すぎる貴人だな、と。


 エリザベスは初対面の時はテンプレート的な尊大さでいたが、今は駄々をこねることもなく体力を振り絞ってこの脱出行についてきている。生き残れるなら泥でもすすってやると思っているのか、同世代の子供より聞き分けがいいぐらいだ。


 アルバタールに至っては初対面から今まで傲慢な態度を一切見せていない。

 加えて今は汚れてボロボロになった服を着ているため、浮浪者にしか見えない。


 だが康大はこうも思う。


 あの全てを知るようなウエサマが相手だと、ここまで規格外の人間でないと太刀打ちできないのかもしれない、と。


 ……もちろん自分の事は置いておいて。


 そんなどうでもいいことを考えながら、康大は匍匐前進を続けた。

 その効果は覿面(てきめん)で、松明の明かりが届かない位置の康大達に、見張りの兵士は全く気付くことがなかった。


 それでも暗視ゴーグルでもついてるような空飛ぶ使い魔達には丸見えだったが、まだフォックスバードの攪乱が効いているのか、そちらからも見つかった様子はない。


 映画やドラマで匍匐前進を見ても効果なんて大してないだろうと思っていた康大であったが、今はその有用性を身をもって知った。


 西の門を突破できれば、あとは目的の隠し道に向かうだけだ。


 康大は現代人日本人らしく、門を通過できたことで安心しきっていた。


 ゾンビ騒動に巻き込まれていても、根本的な日本人気質は変わらない。


 しかし、同じ日本でも戦乱のど真ん中にいて、それが今なお続いている圭阿は違う。現実の日本とは多次元的にしか関係していないが、境遇的には似通っているロシコも同じだ。


「皆様警戒を」


「え?」


 呆然とする康大に構わず、圭阿は苦無を構え、ロシコは愛刀の片手剣を抜く。

 康大の視力と危険察知能力では、自分達以外に誰の姿も見られない。それは2人以外も同様で、周囲にあるのは深い闇と、獣や虫の鳴き声だけだ。


「・・・・・・」


 塀を抜け、ドゥイエ村への林道が目と鼻の先まで近付いた辺り、林の中から染み出るように現れた闇がゆっくりと動き、林道の中央に立つ。


 そこには闇が動いたとしか表現できない存在がいた。


 そ(・)れ(・)は上下真っ黒の格好をしていた。

 顔も黒い頭巾のようなもので隠している。

 まるで黒子だ。


 明るい場所で見れば差異が分かっただろうが、ハイアサースが生み出したわずかな魔法の光源だけではほぼ闇と同化していた。


 現代日本であったならまず大道芸人か、テレビや映画の撮影を疑っただろう。


 けれども、どちらの職業もこのセカイにはなく、また圭阿の並々ならぬ態度から冗談では済まない相手であることは康大にも理解できた。


「・・・・・・」

 圭阿の頬に一筋の汗が落ちる。


 彼女は理解していた。


 今目の前にいる黒子が、かつて自分をこともなげに制圧した相手であることを。


「お前もあいつを知ってるのかにゃ?」

 視線を逸らさぬままロシコが圭阿に尋ねた。


 同様に視線を黒子からそらさず、圭阿は首をかすかに縦に振る。


「あいつはウエサマに常に付き従っている奴で、官位どころか名前も顔も声すら誰も知らんにゃ。ただとてつもない手練れで、今まで何人もうちの人間が陰で殺されたにゃ」

「でしょうな」

 今さら何を言われても驚きはしない。

 このセカイに来てから初めて、全く勝つ手段が想像できなかった相手なのだから。


 2人のただならぬ気配は康大にも伝わり、あの幽かに見えるばかげた格好の黒子が、とてつもない相手であることは理解できた。


 ――それと同時に、いつもの火事場の馬鹿力ならぬ火事場の馬鹿頭脳(頭脳なのでバカでは困るが)も発動する。


 臨戦態勢にあり、戦うこと以外考えていない2人と違い、初対面かつまったく相手の実力が読めない康大は、すぐにこ(・)の(・)違(・)和(・)感(・)に気付いた。



 なぜそれほどの手練れが、わざわざ姿を見せたのか、と。



 戦うことが目的なら奇襲した方がはるかに効率的だ。圭阿にしてもロシコにしても、この状況でのアルバタールの暗殺は防げないだろう。


 また戦うのではなく偵察が目的なら、なおさら姿を見せる必要はない。

 姿を見せず報告しに戻るだけでいいのだから。


 それでもなお姿を見せる意味があるとしたらそれは――。


「なあ圭阿、ア(・)レ(・)はそんなにヤバい奴なのか?」

「忌憚なく申せば、拙者とろしこ殿二人ががりで引き分けに持ち込めれば御の字かと」

「そっか。それならな(・)お(・)さ(・)ら(・)だな。うん、そうだな――」

「康大殿!?」

 康大はそう言うと、何を考えたのか黒子に無防備で近づこうとした。

 驚いた圭阿はそれを慌てて、力づくで止める。

 仲間達も康大の自殺行為に呆然とした。


「血迷ったでござるか!?」

「いや、ただ横を通り過ぎようと思って」

「ありえんにゃ!」

 ロシコも黙っていられないとばかりに叫んだ。


 康大としてはあまり大声を出してほしくなかったのだが、当人達にそこまで気を遣う余裕はないようだ。


 今なお構えを解かない2人には。


 康大は圭阿の手を振り払い、ため息を吐きながら説明する。


「おかしいんだよ。そんなに強いやつが戦いもせずただの通せんぼ役って。大駒の無駄遣いだ。だとしたら、こいつはそこにいて足止めする事しかできない、見てくれだけのただの案山子(かかし)と考えるべきだ」

「しかしこの威圧感は――」

「そこがポイントなんだろうな。ただのガラクタも箔(・)がつけば骨董品になる。あのおっかない魔術師なら、その箔をつけることもできるんじゃないか?」

「・・・・・・」

 康大の推論に圭阿は複雑な表情をする。


 納得していないのは明らかだ。

 それはロシコも変わらない。

 相手の力を見抜く力がある人間ほど、康大の暴論ともいえる推測が受け入れられなかった。


 けれど、力はないが誰よりも康大を信じている婚約者は違った。


「今まで康大の言う通りにしてきて上手くいってたのだ。とりあえずで試してみてもいいのではないか? 何より、ここでじっとしているのはまずいだろう」

『・・・・・・』

 ハイアサースの言葉に、珍しく圭阿もロシコも反論出来なかった。


 ハイアサースは満足そうに頷く。


 そして――


「さあ康大、おもいっきりやれ!」


 実践は婚約者に丸投げした。


「あ……はい……」

 一応命かかってるんだよなと思いながら、康大はゆっくりと黒子に近づいて行く。

 当初の予定では圭阿かロシコに頼むつもりだったが、あの様子では残念ながら役に立ちそうもない。


 康大の行動を、もう圭阿も止めはしなかった。


 皆康大の一挙手一投足を黙って見守っていた。


 そんな仲間達と違い、本人は大分気楽だ。


 康大には自分の考えが正しいという確信があった。


 それでも緊張はする。


 安全だと分かっていても、不気味な黒子に近づくのにはそれなりの勇気がいた。


 康大の歩みは黒子の目と鼻の先で止まる。

 そこで大きく深呼吸し、感じる視線や多分殺気だと思われる気配を無理やり無視して、普段通りに歩き、その横を通り過ぎ――



 ――――



 ――……



 ……たが、康大の予想通り何もなかった。



 その後は仲間達に向けて両腕で丸を作り、安全だという合図を送る。

 それを見てようやく全員が、康大の推測が正しかったと思い知らされた。


 それから康大に倣い、ハイアサース、リアンといった戦力にならない仲間達が次々に黒子の横を通り過ぎていく。


 力はなくとも皆一様に感じるものはあったが、それでも無事にやり過ごす。


 そうして本来なら真っ先に通過したであろう2人が残った。


『・・・・・・』


 圭阿とロシコは無言で顔を見合せた。


 厳しい訓練を受け、数多の修羅場をくぐってきた彼女達は、康大達のように何の警戒もせず通り過ぎる事がどうしてもできず、体が反射的に反応してしまう。

 横どころか頭上や、果ては地中を通ったとしても黒子が放つ圧力を無視できない。


 その結果二人が出した答えは――


「拙者はとりあえず気絶するので、その間に運んでくだされ」


「にゃーもそうした方がよさそうな気がするにゃ……」


「そ ん な に」


 想像以上にハードな選択であった。



 その後二人は本当によく分からない方法で自発的な気絶をし、引き返した康大とザルマが2人を移動させた後、何とも言えない表情で目を覚ました……。

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