感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第30章
全員から了承が得られたことで、圭阿はゆっくりと扉を開け、外の様子をうかがう。
これからは大人数での移動となるので、たとえウエサマの私兵が持ち場を離れないとはいえ、最大限の注意を払わなければならない。
圭阿はまだ燃え続けるアルバタール邸を横目に、遠くにいる兵士達の様子をうかがう。
もちろん視界に入る場所に兵士はいない。いればこちらの姿も見られるのだから。
圭阿が探っているのはあくまで気配であり、実際の人間を視界に入れたりはしなかった。
「(……こちらでござるな)」
圭阿はまず北側に進路を取る。
言うまでもなく目的地とは正反対の方向だ。
土地勘が全くない康大達は素直について行くが、元より都を熟知しているアルバタールとロシコは首をかしげる。
「(いくら警戒が必要とはいえ、目的地から離れれば意味がにゃいのでは?)」
ロシコが圭阿の耳元で囁いた。
圭阿は振り向くことなく、聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で答える。
「(道理でござる。然れども今は何よりこの街を出ることが肝要。南と東から感じる剣呑さは恐るべきものがあるでござる。ここは遠回りしてでも北か西の手薄な所から街を出て、街を迂回しながら南へ向かうべきでござろう)」
「(それは分からぬでもにゃいが……)」
ロシコの視線の先には空を焼くように燃え上る火柱が。
康大達がいる位置から北側に進むということは、アルバタール邸に近づくことと同じだったのである。
命からがら逃げてきた場所に再び近づくのは、裏をかくつもりであったとしても愚策にしか思えなかった。
なにより隣はウエサマの本拠地である天城だ。
到底警備が緩いとは思えない。
だが圭阿は考えも方針も変えなかった。
「(事ここに至れば是非もなしでござるよ)」
警戒しながら先頭に立って歩く。
アルバタール邸に近づけば近づくほど炎は勢いを増し、肌もちりちりと焼かれるような感じになっていった。
康大の偽りだらけのゾンビの肌にも火の粉が飛ぶ。
「あっ――」
熱い! と脳天に火の粉が降りかかったザルマが口を開ききる前に、圭阿はザルマを張り倒す。
敵だけでなく、味方の注意も忘れてはいない。
(しかしそれはそれとして確かに――)
康大は圭阿の気配探知能力に感心する。
圭阿の狙い通り、燃え盛るアルバタール邸の傍まで来ても、兵士の姿はどこにも見られなかった。
てっきりアルバタールの死体を捜索している兵士がいるものと思っていたたが、魔術の監視に頼り切っているのか誰もいない。
しかしここは都の中心だ。
結局街を出るどころか出入口からは離れてしまった。
安全は確保されたが事態が進展したとは――。
「ああ、にゃるほど、そういうわけか」
不意にロシコが納得したような顔をする。
先頭を歩く圭阿はそれを無視したが、気になった康大は思わず尋ねた。
「何がそういうわけなんですか?」
「確かにここは都の中心でどこの出入り口からも遠いにゃ。けれど同時に、あらゆる場所に好きな順路で行けるにゃ。あの隠れ家から強引に街の外に出ようとすれば、必ず警備が厳重な場所を通らなければにゃらにゃいが、ここからなら安全な道だけ選ぶことも可能にゃ。巡回がない以上、それはより効果的にゃ」
「まあそういうわけでござる」
ロシコの推察を圭阿が肯定する。
無視はしていたが、完全に聞いていなかったわけでもないらしい。
康大はなるほどと思いながら、圭阿に続いて歩く。
やがてアルバタール邸が再び遠くなる。
燃え盛り、崩れ落ちる自分の邸宅を見るアルバタールの気持ちはどんなものだろうか。
一般的な現代日本の高校生には本来わからない感情だ。
だが、康大は日常が崩壊したあり得ない日本を体験してきた。
自分の住んでいた家に2度と戻れなくなる気持ちは、それなりに理解できた。
(……まあ風来坊っぽいし実際は俺みたいに堪えてないのかもな)
ザルマに続き、火の粉が頭に降りかかりそうになり慌てる滑稽な中高年を見ながら、康大は苦笑した。
やがて一行は、南ではなく目的地から最も遠い北側の出入り口に近づく。西も東も警戒が厳重であったため、消去法でこうなった。
その代わり、それまで一人の兵士にも見つかることはなかった。
ここまでは圭阿の狙い通りの展開である。
あの魔術師の使い魔も、さらに上をいくフォックスバードの魔法により無効化され、未だ見つかった形跡はない。
とはいえ、それもここまでだ。
さすがに目の前の門に陣取っている兵士達の目をやり過ごすことはできない。
圭阿1人だけならそれでも気配を完全に消して通れたが、ここにいる全員となると不可能だ。そのような魔法も誰も使えない。
また、警備している兵士も一人や二人ではなく、物見櫓のような場所に数人いるので、一瞬で全員倒すこともできない。
1人でも残せば、そこからどんな方法で情報が伝達されるか分かったものではない。何より兵士が倒れれば使い魔が気づくだろう。
しかし方法がないわけでもなかった。
街の周囲は壁……というよりも塀に囲まれているのだが、言葉通りそこまで高くはない。
康大の運動神経でも、頑張れば越えられなくもなかった。
こんな防備になったのは、当然理由がある。
街そのものがこの国の全住民の尊崇を集めるウエサマの御座所であり、外部から攻め込まれる心配はない。それどころか、城壁を作ることはウエサマに弓引く不届き者の存在を認めることになり、権威の失墜に繋がる――。
アルバタールは康大達にそう説明した。
ただし、ウエサマの威光も人間以外には通用しないので、あくまでモンスター対策として、壁全てを取っ払いはしなかった。
このセカイでは基本的にどんな街にも強力なモンスターからは認識されなくなる結界が張られている。これは簡単な魔法で、魔術を齧った者なら誰でも使えた。
結果、街を襲うのは野犬程度のモンスターだけとなり、人間を無視すれば最低限の備えで十分だった。
閑話休題。
圭阿はすぐに全員でその壁をそのまま越えることを提案した。
「壁の上部に感知魔法が施されているにゃ」
しかし、このセカイ特有の理由からロシコから却下される。
「デカパイにもわかるにゃ?」
「・・・・・・」
「ハイアサース、お前のことだぞ」
他人事のような態度の婚約者に康大はすぐに指摘する。
ハイアサースは初め呆然とし、その後すぐに顔を真っ赤にした。
逆に初め自分のことと思いキッとロシコをにらみつけたエリザベートは、すぐに勘違いと分かり、結果的に同じように顔を赤くした。
「会ってそんなに経ってない相手から、そんな無礼な呼ばれ方をされるなんて思わなかったぞ!」
「名前知らないんだからしようがないにゃ」
「ハイアサースだ! 覚えておけ!」
「わかったわかったにゃ。そんな事よりお前も塀の上の感知魔法が見えるだろう?」
「……まあ、な」
そこまで魔法に精通していない2人にも存在がわかるあたり、その感知魔法は示威的な意味も持っているのだろう。手を出せばただでは置かないぞ、と。
である以上、解除は難しい――。
魔法を知らない康大はそう論理的に推測した。
「そんなに分かりやすい魔法なら解除できないのか?」
康大と違い、そのあたりが察せないザルマが釈然としない様子で質問する。
ロシコは本当にこいつ顔だけだなという失望をあらわにため息を吐いた。
ハイアサースも鈍い奴めという感情を隠しもせず、「素人は黙ってろ」と目と表情とついでに口で言った後、他の仲間達のために説明した。
「単純な魔法だし簡単に解除できるが、しようとした瞬間、魔法を使った人間はそれを察知する。そうなれば結果的に見つかるのと同じだ。防護魔法なら上手く解除できれば相手に知られることはないが、感知魔法ではそういうわけにはいかないのだ」
「そうなのか……」
「無い脳みそに刻んでおけ脳無し」
「ぐ……」
最期の駄目押しは同じく何の知識もない圭阿である。
ハイアサースはさすがにそこまでは言わなかった。
「じゃあどうする。塀から出られないとなると門を強行突破するしかないぞ」
「……ならばそうするしかないだろうにゃ。幸いにも門にまでは感知魔法はかかって無いにゃ。まあかかってたら兵士にもいちいち反応して対処しきれないから、当然ではあるにゃ」
「ここにきて力業か……」
このまま平和的に出られるだろうと楽観的だった康大はがっかりする。
一方、今まで消化不良だったのか圭阿はやる気満々だ。
「ならば拙者とろしこ殿で、一気呵成に叩きのめすのが最善でござろう。魔法に関して拙者は無知故分かりませぬが、あの兵士達を叩きのめしたところで知られることはないのでござろう?」
「そこはもう神に祈るしかないにゃ。ただ、倒す時間が長くなれば長くなるほど、知られる危険性は高まるにゃ。もちろん一人でも逃せばもう確実に終わりにゃ」
「行き当たりばったり過ぎる……」
康大は一度落ちた肩がそのまま地面につきそうな気がした。
実際にあの魔術師に遭った人間としては、再び相対したら、たとえ圭阿がいてもどうにかできるとは思えない。
この場にいないフォックスバードだけが、康大が知る限り唯一抵抗できそうな人間だ。……もう1人魔術的にすごそうな人間(?)も思い当たったが、そちらはもう2度と会うこともないだろう。
「(コータ、お前のゾンビの力で何とかできないか?)」
ハイアサースが耳打ちする。
アルバタールとロシコがいる手前、あまりゾンビ化について話せないことはハイアサースも理解していた。
少し前だったらそれでも平然と話していただろうなと思い、婚約者の成長に妙に感動しながら康大はハイアサースの提案について考える。
現状戦力として計算できるのは感染と怪力の二つだけ。このどちらかを上手く使って、高成功率かつなるべく被害を最小限に収める方法は――。
「・・・・・・」
「あの、ちょっといいっスか?」
今までただついてくるだけだったリアンが、不意に康大の落ちたり上がったり忙しい肩を叩いた。
「……どうした?」
「ちょっと思いついたことがあるっす」
「言ってくれ。今は猫の手も借りたい」
「・・・・・・」
ロシコが何とも言えない表情をしたが、両者にとって幸か不幸か気づくことはなかった。
「聞いた話だと塀の上に感知魔法がかかってるんスよね?」
「ああ、そうらしい」
「じゃあ塀の中はどうなんすかね。この塀、暇なときに興味本位で調べたんすけど、多分それほど丈夫でも厚くもないっす。自分は遺構とかよく行くんで建物の材質には結構詳しいんっすよ。漆喰が所々黒くくすんでる部分があるんすけど、これは漆喰の裏側が空洞になってる証拠っす」
辺りは真っ暗で門以外に明かりもなく、近づかなければ塀の様子は分からない。
だが、リアンがそう言うならその通りなのだろう。得意分野に関しては、康大も全幅の信頼を置いている。
「つまり――」
「そこから先は言わなくてもわかるさ。なるほどそういうことか。確かに盲点だった」
なまじ塀が低すぎて、上を通るものだと決めつけていた。
ゲームの障害物と違い、現実の障害物はあらゆる方法で排除できるというのに。
「圭阿、どこか兵士たちに気付かれずに塀に近寄れる場所はないか?」
「そうでござるな……」
圭阿が辺りをうかがう。
康大と違い夜目が効きすぎるほど効くので、見当はすぐについた。
「あそこに小屋がありますが、あの小屋はほとんど塀にくっついております。塀の壁を壊せるなら小屋の壁ごと破壊するのが良いかと」
康大の考えを察した圭阿は、そう提案した。
康大は頷く。
康大の視力では小屋は見えないが、作業を隠せるのなら好都合だ。
圭阿に導かれ、康大達は小屋へと移動した。
星明りだけすら届かない室内は外よりさらに暗く、もはや何が何だかさっぱり分からない。
上流社会のエリザベスがやたら咳込んでいるあたり、不衛生で埃っぽい場所であることだけは確かだ。
さすがにこれでは問題があるだろうと、ハイアサースが珍しく気を利かせて小さな魔法の光を発生させる。
ハイアサースが作った灯りを頼りに、康大は小屋の壁に当たりをつける。
「何をするつもりだ?」
まだ要領を得ておらず、さらに康大のゾンビ化を知らないアルバタールが康大に聞いた。
仲間達もほとんどは理解しておらず、康大も説明の必要性は感じた。
「小屋の壁をぶち抜いて、さらにその先にある塀もぶち抜き、そこを通って感知魔法をやり過ごします。塀の中まで感知魔法はかかってないでしょうから」
「ああ、そういうことか」
アルバタールは納得する。
方針に関して特に不満はないようだ。
それとも、こう見えて疑わざれば用いずの名将的精神の持ち主なのか。
しかし、納得していない人間もいた。
「それって大丈夫なのか? 中にはかかっていないって根拠は?」
ザルマの小心者らしい情けない質問に、康大はため息交じりに答える。
「俺には魔法知識なんて無いから断言はできない。ただ塀の中にまでかかってたら、それこそ対象が広すぎて把握しきれないんじゃないかと、論理的かつ希望的推測から判断した。ロシコさんはどう思います?」
「壁の中を感知対象にするなんて話は聞いたことがないにゃ。ただ、あまり大々的にぶっ壊せば、さすがに近くにいる兵士に気づかれるにゃ。かといって穴を開ける魔法を使えば、感知魔法が作動する可能性が高いにゃ。そこはどうするつもりにゃ?」
「こうします」
康大は行動で答える。
久しぶりにゾンビパワー開放だなと心の中でしみじみ思いながら、康大は壁に手を当て、力を入れる。
すると触れられた壁は、まるで発泡スチロールかのように腕を通し、そしてボロボロと崩れ落ちた。
その様子を見て、圭阿は念のため準備していた懐の爆薬から手を放す。場合によっては轟音覚悟での協力も考えていたが杞憂だった。
「見た目に寄らずバカ力だなあ」
「光栄です」
皮肉とも、素直な称賛とも取れる態度で言ったアルバタールの言葉に、康大は慇懃に応じた。
ロシコも「人は見かけによらないにゃ」と感心し、ハイアサースが誇らしげな態度をとる。
……ゾンビ化による副産物なので、本人は素直に喜べなかったが。
それから康大は腕の力だけで家の壁に人が通れるほどの穴を開け、その勢いで先にある塀にも穴を開け始める。
こちらは感知魔法を気にして、だいぶ慎重に、彫刻を掘るような感覚で作業をした。さすがに塀が丸ごと崩れたら、対象が上部だけでも気づかれる可能性が高い。
自然と仲間達も黙り込み、息をのんでその作業を窺う。
お約束のようにくしゃみをしそうになったザルマは、これまたお約束のように圭阿によって速やかに気絶させられた。落ちる際幸せそうな顔をしていたので、差し引きプラスぐらいだろう。
「……開いた」
作業は10分もかからず終わる。
たとえ慎重にやっても、康大にとっては発泡スチロール……どころか障子にに穴を開けるようなものだ。それにあまり長いこと作業を続ければ、あの魔術師も自分の魔法が妨害されていることに気付くだろう
「問題はこのまま通れるかだな……」
習慣になっているため、すぐに気絶から回復したザルマは深刻な顔で言った。
たとえハンサムなその顔に似合っていたとしても、圭阿に殴られた痕はしっかり残っているので間抜けなことに変わりはない。
「いや、穴開けてる最中に何もなかったんだから大丈夫だろ」
だが深刻に言うだけ無駄な意見ではあった。
康大のツッコミに、ザルマはあらぬ方を向き、アルバタールはよほど面白かったのか声を立てずに笑った。




