感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第22章
「ご苦労様、とねぎらいの言葉でもかけてやろうか?」
『・・・・・・』
ローブ姿の魔術師ような怪しい男。
未だ名前すらわからないウエサマの家宰が、門をくぐったところで康大達を待っていた。
衛兵の反応を見る限り、おそらく康大が邸宅を出ると同時に姿を現したのだろう。衛兵は驚愕していたし、男に対する警戒が全く見られなかった。
その正体は何で、何故こんなことができるのか。
何より何故ここにいるのか。
この場にいる人間でそれが分かっているのは本人だけだ。
「わざわざ出迎えるなんて暇なのか」
今の康大にはそう皮肉を言う事しかできなかった。
ただ、ローブの男は全く意に介した様子も見せず、いきなり本題を話す。
「まずは最初のお使いを無事果たせたようで何より。これで、その女の分の借りは返済したものとしよう」
「・・・・・・」
圭阿が無言で男を睨む。
彼女にとってその発言は過去の傷を抉られるも同然だ。
瞳にも敵意しかなく、ウエサマの側近に対する敬意の欠片もない。
それは康大にしても同じで、ロシコに対しては敬語を使ってもこの男に対してはどうしてもそうすることができなかった。
さすがに本人が指摘すれば改めるが、それまで変える気は毛頭ない。
「そしてこれから言うのがお前の命の代償だ」
男は康大を指さす。
その指先の空間がにじみ始めると、書状が何もない場所から現れ、空中を漂ったまま康大の手に渡された。
無駄に手の込んだ、芝居がかった渡し方だ。
それが康大には癇に障った。
まるで自分達を小馬鹿にしているようで。
「まあアルバタールと仲良くするのはいいが、自分の今の立場は忘れないことだな」
それを別れの言葉に、男は街路に消えていった。
今回は後を追っても無駄と判断したのか、圭阿もただそれを見送っているだけだ。
康大に至っては男を一瞥すらせず、渡された書状に視線を落とす。
書状には蜜蝋がされておらず紐で縛られているだけだ。
「せめて誰に渡すかぐらい言っておけよ……」
男はそれすら言わずに去っていった。
封がされていない以上書状を読むことに問題はなさそうだが、康大は未だ字が満足に読めない。
このままではらちが開かないと判断し、康大は書状をザルマに渡し最低限送り主を知らえてもらうことにした。
ザルマはそれを受け取ったが、すぐには調べず、康大に「気になることがある」とまず自分の用件から話し始めた。
康大としても別に急いで知りたいことでもなかったので、ザルマの話を素直に聞く。
「あのローブの男だ。いくらなんでもあっさりしすぎだ。たとえ捨て駒のつもりで送り込んだとしても、相手がアルバタールなら普通は何を言われたか詳しく話を聞くものだ。小さな齟齬でも後で一大事になるからな。そもそも書状の内容を使者が全く知らないというのが、どだい無茶苦茶な話なのだ」
「そういうものなのか?」
康大はそのあたりの外交的常識を全く知らなかった。
ザルマは頷く。
「たいてい書状には大まかなことしか書かれず、渡す際に相手が使者にその詳細を聞くものだ。それが何の説明もなく渡されたものだから、てっきり時候のあいさつ程度かと思っていたが、あんな重要な内容だったとは。それにも拘わらず、アルバタールの返事を聞かないのは、職務怠慢というレベルの話ではない。そして極めつけに今回のこれだ。俺には捨て駒以外にも何らかの思惑を感じるのだ……」
「思惑、か……」
康大からすれば斬らせることが目的なのだから、生きて戻って来たら返事などどうでもいいと思っていた。
だが、使者という役目の慣例をよく知っているザルマからすると、違和感がすさまじいらしい。
それでもただ一つ言えるのは、
「とりあえず俺達が死のうが生きようがどうでもいいと思ってるんだろう」
全く重視もされていないという事だけだ。
あのローブの男がいちいち直接渡しに来るのも、ウエサマの意思というよりは個人的な興味に思えてならなかった。
「……そうだな。むしろそれならそれで俺達としてはやりやすいかもしれん。だがこの書状を見た限り、そこまで軽視されているようには思えないのだ」
「あれ、もう読み終わったのか?」
「いや、読んだのは表面にあった宛名ぐらいだ。相手は誰あろう、あの山奥のお姫様だぞ」
山奥のお姫様――。
いうまでもなくドゥイエ村にいる娘、エリザベスのことだ。
ウエサマは結局エリザベスの手紙は受け取っていないので、童謡のように読まずに書いたというわけである。
「昨日手紙すら受け取らなかった実の娘への書状か。確かにただの使い捨ての駒がする任務には思えないな」
家族の間の書簡なら、普通信頼できない者には任せられない。
しかも封がされていないのだから、見られても文句は言えない。
ザルマの言う通り、捨て駒がするにしては重要な役目だ。
「とりあえず中を開けて読んでみるか」
「さすがに親子のやり取りを勝手に見るのは悪い気がするなあ」
読めと言ったのは康大自身だが、その相手がエリザベスとなると、現代人の感覚としてプライバシーの侵害に思えた。
しかしザルマは呆れたような顔をして首を横に振る。
「さきほども言ったが、使者には渡した相手の質問に答える義務がある。封がされていれば話は別だが、それがないならむしろ確認するのは仕事の内だ。以前エリザベス殿下に渡された書状にしても、いくつかは封はされていなかったし、読まれることを前提に渡されたものだったぞ。それらもお前の代わりに答えられるよう俺が確認した」
「そんなことしてたのか……」
康大は今更ザルマの苦労を知った。
あの量の手紙を確認してわざわざ読むのは骨が折れただろう。
「では読むぞ――」
ザルマは書状を黙読する。
書状の文章自体は短かったの読み終えるまで、大した時間はかからなかった。
とはいえ、内容が内容のため、さすがに往来で伝えるわけにもいかず、ドゥイエ村への道中で教えることになった。
そこで一端康大達はアジトに戻り、ソンチアーダの手配で馬車を用意してもらう。
都は昼過ぎ頃出発し、馬車内でザルマは書状の内容を仲間達に話した。
「――というわけだ」
「なるほどね」
全員がゆったりした空気の中、ザルマの話を聞く。
ドゥイエ村までの旅程は行き同様すんなり進み、何の妨害も受けることはなかった。
都が一触即発の空気で支配されているというのに、ここは未だその影響も見られない。
やはりボロネーゼの勧めに従い、こちら経由で都に入ったのは正解だった。
――そう康大は暢気に思っていた。
「監視されているでござるな。おそらくウエサマの手の者でござろう」
1時間ほど馬車に揺られた頃、不意に圭阿が言った。
圭阿は窓を全く見ておらず、荷台に腕を組んで座っていたが、あえて見なくても分かるものらしい。
「マジかよ」
『・・・・・・』
気づいていなかったのは康大だけでなく、仲間達も康大同様に驚く。
ただ気づいていてもいなくとも、リアンは我関せずでいつものように読書に耽っていたが。
「とはいえただの監視でござるな。どうこうする気配は感じられませぬし、腕もそれなりの小童でござる。おそらく拙者達を追っていたのではなく、ここを通るものすべてを監視しているのでござろう」
「まあ俺達のポジションを考えれば、監視付きって事もないだろうしなあ。ちなみに初めて都に入った時もそうだったのか?」
康大の言葉に圭阿は首を振った。
「おそらく配置されたのはその後でしょう。何の目的があってかは拙者には皆目わかりませぬが、よほどこの道がウエサマにとって大事なのかと」
「なるほどねえ……」
圭阿の推測を康大は頭の中で吟味する。
幸い未だドゥイエ村までは少し時間があり、考える余裕はそれなりにあった。
(……分からん)
――あったが、何故最近になってこの道をウエサマが重視したのか康大の中で結論が出る前に、馬車はドゥエイ村に到着してしまった。
尤も、その理由は良くも悪くもすぐに理解できたのだが――。




