感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第21章
「意外なところで意外な人間に会うものだにゃ」
「あなたは確か……クロ!」
「惜しいにゃ。それは小さい頃のあだ名にゃ。正確にはク・ロシコにゃ」
康大達の前に現れたのは、かつて関所の責任者であったあの猫将軍であった。
ロシコは猫耳娘というレベルではなくほぼ猫の顔である。
ただ、服は上等な貴族風のズボンと上着で、ショートボブの髪も整えており、そのたたずまいは人間と大差ない。
顔を見ずに話だけしていれば、猫人間と思うこともないだろう。
……語尾やな行はあからさまだが。
「話は聞いたにゃ。とりあえず私が案内するから、ついてくるといいにゃ」
ロシコはそう言って踵を返し歩き出す。
康大は意外に早かった再開に驚く余韻もなく、その後について行った。
ロシコが案内したのはほとんどが来客をもてなすための部屋だった。
ほとんどの場所は部外者立ち入り禁止で、案内は本当にすぐに終わってしまった。
その間康大は見ているようないないような、修学旅行の学生のような反応しかできていない。スパイ経験の浅い康大には、何が重要で何がそうでないか判断がつかないのだから、それも当然だ。
碌に質問すらできず、これで果たしてウエサマに対し面目がたったのだろうか。
そう不安に思いながら圭阿を見たが、彼女は特に不安げな様子もなく「万事お任せくだされ」と自信たっぷりに答える。
この短い案内の間でも、有能なくノ一には得られた情報があったのだろう。
これなら大丈夫かなと他力本願全開の康大が安心したところで、都合1時間にも満たない見学ツアーは終わり、康大達は再び最初に通された部屋に戻ってきた――。
「まあ見ての通り、見学は許可しても行ける場所はごくわずかにゃ。聖主の使者であろうが、これは当然と思ってほしいにゃ。その代わり、茶飲み話の相手ぐらいは務められるにゃ」
部屋に戻って来るなり、ソファーに座ったロシコはお手上げのポーズをしながら言った。
元が猫故の愛嬌か、まだ二回しか会っていないというのにかなり距離間の詰め方が早い。
なにか多少失礼なことを言っても、笑って許してくれる、そんな空気があった。
康大はそんなロシコの空気に流され、向かいに座り、思っていることをザルマに相談せずに口に出した。
「じゃあ聞きますけど、アルバタール様ってなんであんな頼りないんです?」
「おい!」
あまりと言えばあまりの発言に、ザルマは思わず声を荒げた。
これは場合によっては首を切られてもおかしくない失言だ。
ロシコはいくら話しやすくとも家臣だ。主を愚弄されて、ただで済むはずがない。
康大も言ってからすぐにしまったと思ったが、ロシコは腹を立てるどころか、ガラス玉のような瞳に涙をため、声を殺して笑う。
そしてその笑いを何とか噛み殺しながら、理由を話し始めた。
「いきなりそんなこと言われるとは、さすがに私も予想できなかったにゃ。ただまあそう言いたくなるのも分かるにゃ。確かに当代は見た目も中身も頼りないにゃ。それはここにいる当人も含めた全員が思ってるいる事にゃ」
「そんなに……」
康大は呆気にとられた。
ここまで軽んじられているられている王は、このセカイに来て見たことがない。
本来家来なら、頼りないと思っていても口にも顔にも出さないものだ
「まあ私も家臣なら腹を立てて怒鳴らなければにゃらないところにゃんだが、当代自身が自分の事をそう言っているのだから、何も言えないにゃ」
「じゃあついでに聞きますけど、なんでそんな人がアルバタールに?」
「端的に言って運にゃ」
ロシコは断言した。
「有力候補はそれなりにいたにゃ。けれど皆失脚したり夭逝したりで、最終的に残ったのが当代だけになったにゃ。だからといって能力不足を理由に遠縁から後継者を連れてきたりしたら、それこそ国が荒れるにゃ」
「なるほど……」
ロシコの説明で康大にもだいたいアルバタールの立場が分かった。
つまり、というか予想通り、あの情けないオジさんは神輿だったわけだ。他に誰もいないから担がれただけの人間で、野心家かつ才気抜群のウエサマとはくらべるべくもない。
ただこれまでの話には一つだけ、本筋から外れたところでどうしても理解できない事がある。
それがどうしても無視できなかったザルマが、ロシコの身分がそこまで高くないことを踏まえ口をはさんだ。
「ロシコ殿よろしいでしょうか。貴殿はなぜまだ会ったばかりの私らにそこまでの話を? 部外者に口外していい内容にも思えないのですだが……」
そう、いくら何でもロシコの口は軽すぎた。
少なくとも関所で見た彼女は、とても職務怠慢のおしゃべりではなかった。
それがなぜここまで洗いざらい話すのか、それがザルマには理解できなかった。
ザルマの問いかけにロシコは、少し考えてから話し始める。
「アルバタールの件はここにいる人間どころか、都雀でさえ知ってることで、わざわざ隠すまでもない話にゃ。情報を隠し、聖主にある事ない事吹き込まれるよりは、事実を理解してもらった方がマシにゃ。さて、質問に答えたところで今度はこちらの番にゃ。そもそもフジノミヤの人間である貴殿らが、何の因果で聖主の使者になどなったにゃ?」
「それは……」
ザルマは言葉に窮した。
さすがにロシコと違ってこちらの話は包み隠さず、というわけにもいかない。
康大にしても話していいのか悪いのか、話したとしてどこまで話せばいいのか判断もつかない。
男2人が黙っていると。
「弱みを握られてこうなりました」
例によってハイアサースが身もふたもない事実を言った。
康大は一瞬呆気にとられたが、
(まあでも悪い答えじゃないか)
そこまで非難するほどでもないなと思い直す。
この説明だけでは詳しい事情などさっぱり分からない。それにもかかわらず、こちらの状況は相手にほぼ理解してもらえるのだから。
ザルマも康大と同じ結論に至ったのか、ハイアサースに文句を言う事もなかった。
「……にゃるほど、予想はしていたが、体のいい捨て駒にさせられたわけだにゃ。あの書状を見て激怒した閣下に斬られたら、開戦の口実になっていいめっけもんだ、と。まあ聖主ならありえる話にゃ。つくづくうちの当代とは正反対の人間にゃ。ただ今はそれだからこそ逆に上手くいっているにゃ」
「上手くいっている?」
康大のオウム返しにロシコは頷く。
「聖主がどんなに挑発しても当代が恐縮して何もしなければ、聖主も具体的な行動には移せんにゃ。先手を取って襲撃しても、都にいる勢力だけじゃ到底我らには勝てんからにゃ。だからと言ってこれ以上の兵を都に集めれば、我らもそれを理由に同様に諸侯から兵を集め、戦況は拮抗したままにゃ。つまりここは当代が顔色を窺って、平身低頭している今の姿勢が正解にゃ」
「理由は分かりました。ただやはり納得できません。どうして捨て駒と分かっている私達にそこまでの話を?」
康大の問いかけに、ロシコはまた楽しそうに笑う。
康大は飼い猫にからかわれている飼い主のような気分になった。
「――当代は確かに英雄の資質に欠けるが、人を見る目はバカにできないにゃ。かくいう自分も閣下に才能を見いだされた一人にゃ。その閣下が、貴殿らをどうも気に入ってるようにゃ。貴殿らの立場を考えれば、今の敵対関係も所詮は一時的なもの、ならばこうして情報を共有し、その時のために布石にするのも悪くないと思ったにゃ。然らばそういうわけで」
そう言って立ち上がると、ロシコは部屋から出て行った。
これ以上は話すことはないという意思表示であるかのように。
「……その時、か」
ロシコが去った後も康大はソファーから立たず、ロシコの言葉を反芻していた。
ロシコの考えは康大には分からない。……分からないというより、過大評価が過ぎる。外様かつ脅されてきただけの自分達が、将来そこまで重要な存在になるとは到底思えない。何よりアルバタール陣営に寝返る理由もない。
理解できたのは、ウエサマの自分達に対する評価だけだ。
「捨て駒、か……。なんか真面目に任務こなそうとしてたのが馬鹿馬鹿しくなってきた」
「仕方あるまい。俺達なぞ所詮はその程度の存在だ」
「だったらクソ雑魚の俺達はとっとと要件を済ませて、この上の人達の確執からおさらばしよう」
「……ふ、そうだな」
康大の後ろ向きな発言に、ザルマは苦笑しながら頷く。
ザルマにしても汗水たらして得る物もないウエサマの任務を遂行する気にはなれなかった。
偵察に関しては圭阿から十分という了承も得られたので、これ以上ここにとどまる理由もない。
康大達は先ほどの少年に今度は出口まで案内され、そのまま何事もなくアルバタール邸を後にする。
しかし、門の外では冷水を浴びせるかのような男が康大達を待っていた――。




