感染者(ゾンビ)と死者(ゾンビ)と追放された悪役令嬢とその他大勢 第20章
大通りにある屋台ような店でハイアサースの提案通り朝食をとり、康大達はソンチアーダ案内のもとアルバタールの邸宅へ向かった。
朝食の際、他の客達は処刑された人間の話でもちきりで、急かしたハイアサースでさえあまり食は進んでいなかった。
「ここです」
ソンチアーダが案内したアルバタールの邸宅は天城の隣で、それと知らなかった康大は天城の一部だと思っていた。
しかしよくよく見れば作りが天城とは大幅に違う。
天城は塀の高さもそれほどではなく、門も立派であるものの防御効果は皆無で、およそ戦闘に向いていない備えであった。
これは代々このセカイでウエサマが尊崇の対象として敬われ、攻撃される危険性がなく、利便性と威厳を重視したためだろう。
それに比べるとアルバタールの邸宅は軽い要塞である。
岩を積み上げた塀は厚く高く、鉄の門扉の上には数人の兵士が待機するスペースもある。康大にはわからないが、おそらく魔術的な備えもあるのだろう。
人が行きかう街の中心に不釣り合いなら建物だが、それほど過去戦乱の舞台になったのだろう。
現代日本の京都も、その歴史を紐解けばまさに戦乱の縮図だ。
案内を終えると、ソンチアーダは留守番役を申し出、アジトへと戻って行った。
おそらくそれは口実で、これ以上自分の力が及ばない厄介ごとに関わりたくないのだろう。
頼りない背中を見てそう思いながら、康大はザルマに紹介状を門の兵士に見せるよう頼んだ。
みすぼらしい自分より、見た目だけは一流騎士のザルマの方がよほど説得力がある。
ウエサマの紹介状の効果は絶大で、兵士は血相を変え、上司に確認することもなく門扉を開く。
そして自身は恭しく頭を下げ、康大達が門を通り過ぎるまで頭を上げることはなかった。
これには康大の方が恐縮する。
「家来どころか脅されて来てるだけなんだけどなあ」
「重要なのはお前が誰かではなく紹介状を持っているという事実だ」
康大の呟きにザルマは苦笑交じりに答える。
貴族の世界ではよくあることらしい。
門をくぐるとすぐに執事らしき老人が康大達の姿を認め、兵士同様恭しく案内する。
邸宅内はただアルバタールの住居があるわけではなく、他に一門や家臣が住むための建物がいくつかあり、案内が無ければ迷っていただろう。広さも天城以上だ。
また物見やぐらのような塔や厩舎、武器置き場など、外だけでなく中にも未だ戦乱を臭わせるような設備があった。
ウエサマがアルバタールを恐れるのもこれでは無理もないのかなと、康大は他人事のように思った。
しばらく歩いていると、門の外からでも見えていた豪邸が現れる。ただ普通の豪邸ではなく、やたらある銃眼や、屋上の投石機などほぼ城だ。康大にはこのセカイの城と豪邸の区別があまりつかないので豪邸に見え、以前はウエサマの本拠地だと思っていた。
老人はその豪邸に入るよう促し、応接間のような部屋まで案内したところで、康大達にそこで待つよう丁寧に言った。
元から腰が曲がっているので、残念ながらどれだけ下手に出たのかは分からない。
「まー気長に待つっすよ」
応接室には楕円形のやたら長いテーブルと、数十脚のソファーがある。
グラウネシアで貴族の対応をよく知っているリアンはそう言って、大仰そうにソファーに座った。
いくらウエサマの紹介状があったとしても、貴族のお偉いさんが自分達のような連中にわざわざ時間を割いてすぐに会うわけがない。
暇が出来たとき、「そういえば」と思い出したように会いにくるのが関の山。
それが堂々と人の――それも大貴族の家でだらけられている理由だった。
リアンの話にザルマも同意見だったが、さすがに姿勢は崩さず、柄に手を添えたまま警戒しながら立っていた。門をくぐった際も、邸宅に入った際にも、武器の没収及び身体検査は一切されていないので、皆丸腰ではない。
尤も、事が起こったとしても、ザルマが戦力になることはないが。
唯一にして最大の戦力である圭阿は、ザルマのように明らかに警戒せず、ただいつものように自然体で康大の後ろに立っている。圭阿からすれば無駄に構えているザルマの方が、くつろいでいるリアンより滑稽だ。
康大は少し考えてからリアンの向かいに座り、そろそろ鎧が重く感じ始めてきたハイアサースは隣に座った。
「ふー」
康大は大きく息を吐く。
朝から緊張の連続で、気の休まる暇はなかった。
それでもこうして空いた時間ができると、気も緩むというもの。
だが幸か不幸か、康大の安らげる時間は今日に限っては存在しないようだった。
「いやいやいやいや、お待たせしてしまってほんとーーーーーーーーに申し訳ない!」
どすどすと慌ただしいを立てながら、素晴らしい勢いで応接室の扉が開かれる。
待たせたというが、康大達は数分と待っていない。
休んだ気はしなかったが、座ったままが無礼であることは理解していたので皆立ち上がった。
扉を開けたその人物は、一文字で例えるなら貴族、もっと正確に言うと平安貴族のような外見をしていた。
顔はこのセカイに白粉があるのかどうか知らないが不自然に白く、眉は剃ってから描いたのか、黒い楕円形の丸がぽつんとついているだけ。さらにこのセカイで初めて見た口紅をした中高年男性であり、もう本当にどうしようもないほどのお公家さんであった。
着ている服が中世ヨーロッパ風の煌びやかで少し滑稽な半ズボンとタイツでなければ、ここが平安時代と勘違いしただろう。
同じ和でもウエサマと与える印象は大違いだ。
そんな見事な平安貴族が、レースが刺繍されたハンカチで汗を拭きながら「いやー申し訳ない」としきりに恐縮する。
その腰の低さと体型のだらしなさ――ありていに言って肥満体から、康大はこの男がアルバタールの側近か何かだと思った。アルバタールというのはこの国の武の象徴のような存在なのだから、最低限カチョウレベルで筋骨隆々なはず、そう思っていた。
「お初にお目にかかる。私がまーなんというかその、アルバタールと呼ばれているしがない男であるわけなんだが……」
『――――』
――と思ったら本人だった。
これには康大だけでなく、仲間達のほぼ全員が絶句する。
アルバタールの雰囲気は武人のそれとあまりにかけ離れていた。
また腰の低さも、この国の騎士たちの頂点に立つ人間のそれではない。
「お初にお目にかかります。寸暇を惜しまれる閣下に御拝謁賜り恐悦至極に存じます。以後お見知りおきを」
リアンでさえも呆然としていたが、唯一平静であったハイアサースが無言のままでは無礼と思ったのか、珍しく礼儀にかなった自己紹介をした。
その鎧姿と相まって、彼女の貴族的な儀礼は本当に絵になる。
とても数時間前に「腹減った」とわめいていた人間の態度とは思えない。
「これはこれは慇懃な応対痛み入る。いやーこんな美しい女性が聖主の元にいたとは、このアルバタールついぞ知らなかったりなんかしたりして。あははははは」
ハイアサースの手を握り、何とも情けない表情でアルバタールは笑う。
しかもハイアサースの手を必要以上にさすりながら。
あまりにあからさますぎて本人も婚約者の腹も立たない。
カチョウの時のような威厳は、実際に話してみても全くない。
本当に頼りない、見た目通りの駄目貴族といった風であった。
だからと言って相手は高位の人間だ。
康大は気を取り直し、ハイアサースに倣って頭を下げ、仲間達もそれに続く。
アルバタールはそれを当然というより面倒そうに受け取ると「とりあえず立ち話も何だから座ってちょーだいよ」と、あまりにフランクすぎる口調で着座を勧め、自身はソファの上に胡坐をかいた。
見た目だけでなく礼儀も想像とかけ離れている。
この態度は予想外過ぎたのか、珍しくザルマが困惑した様子で康大に目で指示を仰ぐ。
康大は「知った事か」と首を横に振りながら、とりあえずアルバタールの向かいに座る。
それを機に全員が揃ってアルバタールの向かいに座った。
「さて、書状は読ませてもらった。うーん、でもまあ、もうちょっと何とかできないものかねえ」
『・・・・・・』
アルバタールは困った様子でそう言ったが、康大達にしてみれば何のことかさっぱり分からない。自分達には蜜蝋がされた紹介状を勝手に開ける権利などないのだ。
それでも誰もが、ただ顔見せ程度の事しか書かれていないと思っていた。
内容を知らないことを素直に話していいものか康大は悩み、今度は逆にザルマに視線で尋ねる。
ザルマにしても勝手が違いすぎる相手のためすぐには答えられず、目をつぶって考え始めた。
誰も何も言えない中、またしても口を開いたのはハイアサースだった。
どうも最初の反応から、今回は男どもが役に立たないと思われてしまったようだ。
それともこういう手合いが、地元の村には大勢いたのか。
「私達はその書状に関して何も知りません。よろしければご説明していただけないでしょうか」
「おお……それは失礼失礼」
アルバタールはハイアサース対応をなじることもなく、言葉通り申し訳なさそうな顔をする。
康大はこのセカイに来て様々な王に会ってきたが、大なり小なり誰もが尊大な態度を取っていた。
最初はそれに反感を覚えていたが、今では当たり前すぎて、逆にアルバタールの下手過ぎる態度が、不安に思えてくる。それを踏まえれば何故王達が尊大な態度を取っていたのかも分かってきた。
「実はだねえ、聖主は私にこの場所を引き払ってよそへ行けというんだよこれが」
「それは……」
都に来て初めての康大にも、ここが昨日今日作られた場所でないことは理解できる。それこそ100年単位の歴史があるのだろう。
それをいきなり頭ごなしに「どけ」では、納得できないのも当然だ。
この件に関しては明らかにウエサマの横暴で、この頼りないアルバタールの問題ではない。部外者の康大でさえそう思えた。
「君らでどうにか聖主に翻意してくれるよう、とりなしてくれねえかなあと」
「お気持ちは察しますが、私どもにそんな力はありません。ただの使い走りのようなものです」
ここからはようやく康大が応対する。
だんだんこの平安貴族にも慣れてきた。
「だよねえ……」
アルバタールは大きくため息を吐く。
その様子は本当に時代劇で見るような零落した公家で、ウエサマと比較し到底太刀打ちできる人間には見えなかった。
「……今更なんだけどさ、この書状受け取らなかったことにならない?」
「なりませんね」
ウエサマに対する忠誠心などアルバタール以上にないが、首に縄をつけられている身。その縄が絞首台に直接つながっている以上、使命を疎かにはできなかった。
それからアルバタールもため息を吐き、「どうにかならないかなあ」と愚痴を言い続けた。
(本当にこのオッサンどうしようもねえな……)
あまりに情けないアルバタールを見ていると、他人事ながら不安になる。
やがて他の来客が訪れアルバタールは部屋を出て行ったが、その際、「なにとぞよしなに」と何度も康大の手を握りとりなしを頼んでいた。
余計な言質を取られたくなかった康大はそれにイエスともノーとも言わず、ただ曖昧な笑顔を浮かべるだけだ。
「……さてどうする?」
部屋の中が仲間達だけになったところでハイアサースが切り出す。
ここにきてから、会話の主導権を積極的に取っていた。
「どうするもこうするも、とりあえず役目は果たした。建物の中に入ってアルバタールにも実際に会って、情報も得られた。たとえ相手を挑発する意図があったとしても、命令はされていない。後は帰ってウエサマに報告するだけだろ」
「まあそれが当然っすね」
リアンが康大の意見に同意する。
他に反対する人間もいなかった。
しかし、それ以外の意見がないわけでもなかった。
「あの、その前に拙者から提案があるのですが」
珍しく圭阿が率先して手を挙げ、自己主張をする。
そして、当然のようにこの後に発言が続いた。
「さすがケイア卿! すぐに素晴らしいアイディアを思いつくあたり、やはり頭の切れが違いますな!」
「お前は黙ってろ。ここがどこか忘れるな」
「はい……」
さすがにはしゃぎすぎだと自覚したのか、ザルマはすぐにシュンとなる。
「せっかくですからこの機に、邸内を視察させてもらっては如何でござる?」
「視察?」
意外な提案に康大は首をかしげる。
視察――つまり偵察は本来圭阿の役目だ。
ひそかに潜り込み、誰にも気づかれずに情報を持ち帰ってくる。その仕事に誇りさえも持っている。
それをなぜわざわざ門外漢の康大にまでさせる必要があるのか。
そう思っている康大の耳元で、圭阿は囁いた。
「(康大殿は十分な情報が得られたと思っているようですが、拙者からすればまだまだ。そして、何やら妖術でこちらの様子を窺っているうえさまも、そう思うやもしれませぬ。そこで康大殿が探る振りで時間を稼ぎ、その間拙者が邸内を調べるのは如何かと……)」
「(なるほど)」
こと情報部門に関しては、圭阿に一任している。
その圭阿の提案なら、首を振る理由はなかった。
「じゃあそれでいこう」
「御意」
圭阿は恭しく頷き、康大から離れる。
その様子をいつものようにザルマが目から血が出るのではと思えるほど、うらやましそうに見ていた。
しかし、方針は決まったものの、勝手に歩き回るわけにもいかない。もし康大があからさまに偵察のまねごとをすれば、あのアルバタールでさえも黙ってはいないだろう。
問題を起こしたいのはウエサマであって、自分達ではないのだ。自分達を窮地に追い込んでまで、ウエサマの意を汲む気は毛頭ない。
康大はまず部屋の外で待機していた小姓らしき少年に、自分達が邸内を見学したい旨を伝える。
やはりというか、少年は、自分の一存では決められない、上に指示を仰ぐのでそこで待ってほしいと康大達に頼んだ。
別に急ぐわけでもないのでその申し出を受け入れ、再び部屋でくつろぐ康大達。
そしてしばらくした後、意外な上が康大達の前に現れた――。




