冒険者登録
ツァムル。
エステマ王国の北、マオリ男爵領の領都であり、人口約1万人を抱える街だ。とカリオッツから教えてもらった。
高い街壁に近づいていくと門が有り、通行する人間、特に街へ入る者に二人の門番が何か話しかけている様子が見えて来た。
クウスとカリオッツが門の前までいくと門番の一人が、
「身分証を見せなさい」
と言ってきた。
だが、クウスは身分証など持っていない。
「身分証持ってないんだけど」
そう正直に言うと、門番の顔が少し険しくなる。
「持ってない? どこから来たんだ?」
「ええと、フチって町からだ」
クウスの返答を聞いて、門番はフチの出身だと勘違いした。
実際は、エステマ王国の領土ですら無い森の奥から来たのだが。
「ツァムルには何の用で来たんだ?」
「実家から出て、冒険者になりに。フチよりこっちで登録した方が良いって聞いたからよ」
話しながらチラッとカリオッツを見れば、彼は身分証と思われるカードをもう一人の門番に見せていた。
「そうか、冒険者は街に欠かせない存在だから歓迎だ。身分証が無いなら、入街税で大銅貨1枚だ」
どうやら街に入るのに金が掛かるらしい。
「ええ、金取るのかよ」
クウスが不満を漏らすと、門番は険しい表情のまま返答する。
「決まりなのさ。冒険者や商人など、街に来て欲しい者なら取らないがな。身分証を持たない者の中には、街に入って悪さをする者もいる。そういう奴は入街税を取られるのを嫌がるんだ」
大きな街ほど人が集まる。
人が集まる所には悪党も引き寄せられる。
門での取り締まりや入街税などを設けることで、犯罪者、特に貧困を理由に他所から物を盗みに来る軽犯罪者からは、近寄り難い街と認識されるのだ。
「わかったよ、ほら」
クウスが渋々、大銅貨1枚を支払うと引き換えに「入街税払い済み」と書かれた紙を渡される。
文言の下には日付や誰かのサインと判が押されている。
「何だこれ?」
「それは、入街税を支払って街に入ったという証明だ。そこに書いてある日付までは、街の滞在が認められる。一週間だな。
それを過ぎると、街を出る時に超過税が掛かるから気をつけろよ」
「うげぇ、分かったよ」
つまり、早く冒険者登録をして身分証を手に入れないと、街に滞在してるだけで金が掛かるらしい。
街って面倒なんだな、と思いながら門を抜けると、人の波がうねっていた。
人、ヒト、ひと、何処を見ても人が溢れていた。
「うわ、こんなに人居るのかよ」
「ツァムルはそれなりに大きな街らしいからな」
先に門を潜って待っていたカリオッツが話しかける。
「あっ、今度こそ冒険者登録するぞ! ギルドってとこ行けばいいんだよな?」
「ああ、冒険者ギルドだ。さっき門番に場所を聞いたから向かうぞ」
慣れない人混みを掻き分けながら、カリオッツの後をついていく。
数分ほど歩くと、二階建ての大きな建物が見えて来た。
「あの看板に描かれているのが、冒険者ギルドのマークだ。覚えておくといい」
カリオッツが指差した看板には、魔法陣を背景に竜と剣が描かれている。
「へえ、竜のマークがカッコいいな」
本物の竜も見てみたいなぁと思いながら呟く。
「国によっては竜ではなく別の魔物がマークに使われていると聞いた。中に入るぞ」
「おい、待てよ」
まだ見ぬ竜に想いを馳せているクウスを放って先に中に入っていくカリオッツ。
縦横2メートル以上ありそうな大きな入口は、開け放たれていて、潜るだけだ。
中に入ると、正面にカウンターが有り、カウンターの中には職員と見られる制服を着た人間が、四人いる。
それぞれの職員の前には冒険者っぽい連中が並んでいて話をしている。
ただし、一番左の職員の前だけは誰も並んでいない。
カウンターの奥には、書類仕事か何かをしている職員が数人見える。忙しそうだ。
右側を見れば、沢山の紙が貼られた壁一面に近い巨大な掲示板と、端っこに小さな掲示板が有る。
掲示板の前にも冒険者と思われる人間が数人いて、紙を眺めている。
左側を見れば食堂があり、数組置かれているテーブルには数人ほど席についている。中には寝てるやつもいる。
「おおおお、ここが冒険者ギルドか。ここに居るの皆んな冒険者なのか? すげえな。ん〜強そうなやつもいるなぁ」
クウスが目を輝かせてキョロキョロしていると、その様子に嘆息しながらカリオッツはカウンターの列の後ろに並ぶ。
「おい、カリオッツ。一番左なら誰も並んで無いぞ」
誰も並んでいない受付を指差す。
「カウンターの上に書いてあるだろ。あそこは依頼用の受付だ」
カリオッツに言われカウンターの上を見ると、冒険者が並んでいない受付の上には「依頼主用 受付」と書かれていた。
どおりで誰も並んでないはずだ。
数分ほどギルド内を見回しているとクウス達の番になる。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド、ツァムル支部へようこそ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
妙齢の女性職員が笑顔でクウスに問いかけてくる。
「冒険者になりに来たんだ。登録してくれ!」
「新規登録ですね。では、こちらの紙に記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
簡潔なクウスの答えに、受付嬢は紙とペンを差し出す。
「自分で書けるよ。……よし、これでいいか?」
名前、年齢、出身地、その他備考。
四項目しか無かったので、すぐに書き終わり紙を受付嬢に渡す。
「はい、有難うございます。……あの、出身地なのですが、『集落』ですか? なにか名称などはありますか? エステマ王国ではない場所でしょうか?」
クウスが書いた紙には、出身地の欄に「集落」とだけ書いてあった。
このエステマ王国であれば村と言えないほど小さな集落でも、○○領北山の集落など何らかの通称が付けられている。
そのため受付嬢は他国から来たのかしら、と思ったが。
「いや、集落としか呼ばれてなかったから、よく分からねえ」
クウスは集落の名前など聞いたことないし、どこかの国に属してるのかも知らなかったので、困った。もしかして、出身地が分からないと登録できないのだろうか。
「すまん、コイツは辺鄙な田舎で育ったから、そういうことはよく知らん。話を聞いた限りではフチの近くらしいから、エステマ出身だろう」
カリオッツが助け舟を出してくれた。
「そうでしたか。まあ、村出身の方の中には、生まれ育った土地の名前を知らないって人も居ますからね。では出身地は空欄で登録させて頂きます」
どうやら、出身地は必須では無かった様だ。クウスは息をふうっと吹き出す。
カウンターの下で何か作業をしている受付嬢を待つこと数分。
「お待たせ致しました。こちらが、クウスさんの冒険者証になります」
受付嬢は、手の平に収まる小さなカードをクウスに手渡す。
名前などが記載された紙を、透明な固い樹脂か何かで覆っただけの物だ。
そんな簡素な物だったが、クウスは胸の鼓動が早くなり薄っすらと顔も上気していた。
子どもの頃から憧れてきた冒険者になったのだ。
自然と涙が出るが、指で目を拭う。
クウスが泣いたことにびっくひした受付嬢だが、気を取り直してカードの説明を始める。
「そちらのカードは札級冒険者証と言いまして、仮登録のものになります。この街以外では使用できませんし、身分証としても使えませんので、ご注意下さい」
仮登録……。
ちゃんとした冒険者に成れた訳ではないらしい。涙が引っ込んだ。
少し白けた気分になったクウスは、質問する。
「銅級ってのに上がれば身分証として使えるんだよな? どうすればいい? あ、あと依頼はどうやって受けるんだ?」
「はい。それらの疑問も含めて、今からギルドの利用方やルールなどを説明させて頂きます。冒険者登録をした方に必ず行う説明なのでお聞きください」
ちゃんと基本的なことは教えてくれるようだ。
「まず、冒険者ギルドについてです。ギルドは冒険者へ仕事を仲介・斡旋します。依頼者と冒険者の間を繋ぎ、種々の問題を解決するのが役割の組織です。世界中のほとんどの国にギルドの支部が置かれていますが、国家権力・政治に関しては中立の立場です」
世界中にあると聞いてクウスは驚く。どこか一つの国に属してるわけじゃないのか。国という存在にいまいちピンと来てないが。
「次に、今お渡しした冒険者証についてです。
そちらのカードは冒険者証、またはギルドカードと呼ばれています。クウスさんがギルドに登録している冒険者であると証明する物です。
商業ギルドなど、他のギルド組織でも、カード型の身分証が発行されていますので、それらを総称してギルドカードと呼びます」
ギルドカードか。身分証を求められたらカードを出せばいいんだな。いや、銅級に上がらないと身分証にならないか。
「次に、冒険者の等級についてです。
冒険者は、その実績によってギルドから評価され、下から、札級、銅級、銀級、金級、……と、等級で分けられています。
ギルドに登録した方は、まず札級冒険者としてスタートします。仮登録の扱いなのでカードも身分証としては使用できません。
札級は新人・見習いのクラスなので、冒険者証も紙を保護用のモン樹脂で覆っただけの簡素なものです」
モン樹脂ってこの透明な樹脂のことか。ペラペラだけど、雨に濡れたり、踏んづけたりしても平気そうだ。
「札級から銅級に昇格するには、条件があります。
それは、20日以内に依頼を10件達成すること。
そして、10件の中に、討伐系・採集系・その他系を最低1件ずつ含むこと。以上です」
「なんだか面倒くさそうだな」
期間が決まってて、受ける依頼も何でもいいってわけじゃないらしい。
「そうですね。銅級からは一人前の冒険者として扱われます。なので、腰掛けで冒険者をやる者、身分証欲しさや周囲への見栄でやる者、いわゆる半端者を弾くためにこれらの条件が設けられています。
20日という期間は1日で1件ペースで依頼をこなすとして、依頼失敗の可能性や休日も考慮して計算し、20日となっています」
「そういうことか」
考えられているが、けっこう時間は掛かるようだ。
フチで登録しようとした時、カリオッツが止めたのはこの条件が理由だろう。期間指定があるなら、依頼の少ない小さな町では難しいかもしれない。
「続いて、依頼の種類についてです。
依頼の系統は、大まかに四つ。討伐系、採集系、護衛系、その他系、です。
討伐系は、魔物の討伐や撃退、調査などの依頼です。
採集系は、植物や鉱物など有用な素材を採取・収集する依頼になります。
護衛系は、要人・商人などの護衛、店の用心棒、倉庫の見張りなどの依頼です。護衛系は信用第一なので、札級だと依頼を受けられません。
その他系は、三つの系統に当てはまらない依頼のことです。清掃や肉体労働など、地域の雑用などが多いですね」
「はあ〜、冒険者って魔物を倒すだけじゃないのか」
思ってたよりも色々な依頼が有ることに驚く。
「はい、ギルドでは法に背くこと以外なら大抵の依頼を扱っています。冒険者は何でも屋と呼ばれることもあるぐらいです。
それと、依頼には、系統の他に種類が有ります」
まだ、あるのかよ。とクウスは苦い顔になる。
「まずは常設依頼。期間の指定など無く、常にギルドで受け付けている依頼です。
例えば、『街近辺の小怪人を一匹討伐』などです。
予め依頼を受けていなくても、事後報告で依頼達成扱いになります。ギルドとして積極的に狩ってほしい魔物の討伐や、常に需要が有る素材の採取などが多いですね」
なるほど、常設依頼ってのはチェックしておいた方が良さそうだ。小怪人は見たこと無いが、強いのだろうか。
「次に、指名依頼。依頼者が冒険者を指名して出される依頼です。指名されても絶対的な強制力は有りませんが、特別な理由もなく断った場合などはギルドからの評価が下がることがあります。
指名依頼が出されるのはベテランの方や銀級以上の実力者が多いですね」
指名か。頼られてる感じがして、カッコいい。
クウスは自分の元に指名依頼が舞い込むのをつい想像してしまう。
「最後に、緊急依頼。魔物の群れや自然災害が街を襲うといった緊急時に、ギルドから出される依頼です。
街にいる銅級以上の冒険者たちは半強制的に招集されます。緊急依頼を断ったり逃亡したりした場合はギルドから処分を受けますので、ご注意下さい。
副業で冒険者をやっている方は、緊急依頼の招集対象になるのを避けて、あえて札級のままでいる方が多いです」
「副業?」
「はい。街で暮らす方の多くは何かしらの仕事をしていますが、閑散期など暇で稼ぎが少ない時だけ、冒険者として活動する人がいるんです」
「へえ。色んなやつがいるんだなぁ」
依頼の系統もそうだが冒険者にも色んな働き方があるんだな、と驚く。集落ではそういう話を聞いたことは無かった。
「それでは依頼の受け方を説明しますね。
依頼は、あちらの大きな掲示板に張り出されています。依頼内容、報酬、条件などが記載されていますので、よく読んで選んでください。銅級以上、など冒険者の等級が条件になっている依頼も多いです」
言われて掲示板の方を見る。掲示板の前にいる冒険者たちは条件や報酬を見ているのだろう。
「受けたい依頼が見つかりましたら、依頼表を剥がして、受付までお持ちください。こちらで依頼内容を確認して受注となります。
以上で、説明は終わりです。
それと、初めて登録された方にお勧めしている物がありまして。
こちら、冒険リーフレットです」
説明が終わると、急に営業を始めた受付嬢。
カウンターの下から出されたリーフレットには、文字や絵が描き込まれている。
タイトルは「冒険リーフレット ツァムル支部」。
「何だこれ?」
「これは、登録したばかりの初心者や、街に来たばかりの冒険者に向けて販売している物でして。
冒険者が必要とする情報がまとめて載っているのですっ。
街の歴史・ルール、お勧めの店、観光地などなど。これが有れば、あなたもツァムルの事情通になれます!
そんなお得情報が満載の冒険リーフレット 。何と今なら大銅貨3枚! 3000リーセの大特価です!」
「え、ええ? よく分からんけど、高いし要らねえよ。」
「そんな!? リーフレットのお得情報を駆使すれば大銅貨3枚なんてすぐに取り戻せま、痛っ!」
受付嬢の頭を後ろから来た職員、四十代くらいのおっさんが引っ叩いた。
「こらっ、何を騒いでる。押し売りみたいな真似はするな」
「うう、すいません。最近売れてなくて、つい」
どうやら、冒険リーフレットの売上はイマイチらしい。
「失礼しました。ただ彼女の言う通り、冒険リーフレットには有用な情報が沢山載っておりますので、ご検討ください」
このおっさんも結局、勧めてくるのかと思っていると、
「あまり金に余裕が無くてな。ああ、クウス。あの魔石を出せ。売れるだろう」
カリオッツに言われて、先日倒した緑剛鬼を思い出す。そう言えば、魔石が売れるんだった。
「忘れてたぜ。えーっと、コレなんだけど、買い取ってくれ」
荷物入れから魔石と角を取り出し、カウンターに置く。
「え? これって……」
「こ、これは! 緑色の魔石、に緑色の角、まさか?」
何故か、受付嬢とおっさんは目を見開いて驚いていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
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