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蒼角


 クウスの闘気が充実し、魔力が噴き上がる。


「ほう」


 青髪の男は僅かに驚いた。

 身体強化の類いとは違う。まるで突然、位階が上がったような変化。

 少し興味を持って少年を見れば、銀と黒がせめぎ合うような強い意志を宿した目と、交錯した。


「がぁぁああっ!」


 闘気を込めた剣鉈で左からの切上げ。

 シミターで防がれた。

 だが、そのまま勢いで身体を回転し、回し蹴りをお見舞いする。

 かわされた。

 さらに追撃を仕掛けようとするが、いつの間にか投擲されたナイフが目前に迫っていた。


「くっ!?」


 顔に掠ったが避けた。

 さらにシミターによる、切り上げがクウスを襲う。

 剣鉈で防ぐが、攻撃が止まらない。


「ぐう、う、ああ! くそ!」


「そら、どうした?」

 

 こっちは防ぐので精一杯だが、青髪の男には余裕がある。


「風よっ!」


 突風を起こし、青髪の後ろに回る。

 だが、振り返りもせずナイフを飛ばしてきた。


「ちっ!」


「風か、しかも根源魔法か? 大したもんだが……奇遇だな」


「奇遇?」


 クウスが根源魔法を使ったことに気づいた青髪の男は、何故か笑った。


「昇降流れ 意のままに 起きろ風 《起風(パルーブン)》」


 風が吹き青髪の体を押す。


 瞬間。

 クウスは大きく飛び退いたが、それ以上のスピードで青髪が距離を詰める。起こした風によって速度を上げている。


 振り下ろされるシミターを受けようと剣鉈を構える。しかし。

 青髪の男は風によって瞬時に横へ移動した。


「はあっ!」


 シミターが振り下ろされる。

 ギリギリで受けるが勢いを殺せず吹き飛ばされた。


「ぐあっ!」


 魔人化したことで、闘気量が増えた。それに伴いパワーもスピードも上がっている。

 だが、それでもこの青髪の男には届いていない。


 しかもクウスのお株を奪うように、風魔法による高速移動まで使いこなす。


「くくく、ガキにしてはずいぶん強いが、経験が足りてねえ」


 青髪は風を体に纏わせながら見下す。


「さすが、アンジェロの旦那だ。ざまあみろ、おらの魔法破ったからって調子乗るからだ」

「旦那は伝説の傭兵だ、ガキが勝てるかよ」


 離れた馬車の方から、太っちょのバグモンと、槍使いの猫獣人がクウスを罵る。


「伝説の、傭兵?」

「ちっ、バカどもが。オレの名前まで出しやがって。……まあ、お前は死ぬしいいか」


 青髪の男は、バグモンたちに舌打ちするが、すぐに思い直す。


「冥土の土産に教えてやる。俺の名はアンジェロ。……“蒼角(そうかく)”のアンジェロだ!」


 名乗りと同時に距離を詰めたアンジェロは、シミターによる連撃を繰り出す。


 数回目の防御で、剣鉈が弾き飛ばされる。


(や、やべえ!)


 切り上げられたシミターをギリギリで躱す。

 だがそれは囮だった。


 アンジェロの左手がスッと自然に突き出される。

 その掌には()()()埋め込まれていた。


 胴体に触れようとする掌を、咄嗟に右腕でガードする。


 掌に埋め込まれた灰色の石が一瞬輝く。

 肘から手首にかけて闘気が急速に集まり膨れ上がった。


「死ね。〈撃破の左(バッシュ・レフト)〉!」


 左の掌から集束された衝撃波が放出された。


「ごふっ!?」

 

 衝撃波はクウスの右腕と胴体をいとも簡単に貫通した。

 さらにクウスの体を、木や岩を巻き上げながら吹き飛ばしていく。


 致命傷を受けて十メートル以上吹き飛んでいったクウス。

 それを眺めながらアンジェロは左手を抑える。 

 〈撃破の左(バッシュ・レフト)〉の反動により手が痺れたのだ。



「す、すげえ。……さすがにありゃ助からねえな」

「さすがです! アンジェロの旦那! 逃げたやつらは追いますか?」


 猫獣人とバグモンがアンジェロの元へ来る。


「いや、他の奴らはほっとけ。……ふん。あのガキ、なんだかんだでしっかり時間を稼ぎやがった」


 アンジェロはクウスが吹き飛んでいった方を見て笑う。

 飛ばされた木と岩が積み重なり、森は滅茶苦茶になっていた。

 アンジェロはもったいなく思う。自分の命を最優先にして逃げていれば助かっただろうと。数々の戦場を渡り歩いてきた傭兵には、クウスが理解できなかった。

 アンジェロは僅かに考え込んだが、すぐに振り切る。そして指示を出していく。


「よし、馬車ごと奪って引き揚げるぞ。 依頼主のとこまで三日ってところか」


「はい! おーい出発だぞ!」

「急げ急げ! さっさとこの領から出るぞ!」


 バグモンたちは急いで馬車を整列させると出発した。


 残されたのは、騎士たちの死体。

 そして、戦闘の痕跡で血と、滅茶苦茶に荒らされた森。

 十数メートル先には木と岩が積み重なって、小山ができていた。

 まるで、墓標のように。





 

 小さな、とても小さな、か細い声が聞こえた。


「――《魔注治療(キビダンプル)》」



 声はすぐに聞こえなくなり、その意識は闇に落ちていった。




 

「クウスー! 返事をしてー!」

「クウスさーん! どこですかー!?」


 戦闘の跡が残る街道で、ソーマとエミリーが大声で名前を呼ぶ。

 他にもラートンや隊長騎士など、武装した人間たちが二十人以上いる。

 カリオッツやメットも森の中を捜索している。



「おい、いたぞ! 岩と木の隙間に見える!」


 騎士の一人が、小山の隙間に人を見つけた。

 木と岩をどけると、意識を失ったクウスがいた。

 意識は失っているが、傷らしい傷は()()()()


「クウスっ、よ、よかったあ〜」


 ソーマはクウスから確かな息遣いを感じると、安堵から涙をこぼす。

 その雫がクウスの頬を叩くと、クウスの瞼が動いた。

 


「う……んん。……ん?」


 目を開くと目の前に泣きじゃくるソーマがいた。

 なんで泣いてるんだ?


「どうした、誰に泣かされた!?」


 クウスは飛び起きてソーマの肩を掴む。

 横ではエミリーが両手で口を抑え、目を見開いている。


「〜〜っ! あ、あんたが泣かしたのよ!」


 ソーマに怒鳴られ、驚く。

 その驚きからか、ようやく思い出す。


「あ! あいつ、どこ行った⁉︎」


 クウスは青髪の男を探し、周囲を見回す。

 しかし、騎士たち武装した人間がいるものの、青髪の男や太っちょ、猫獣人も見当たらない。

 馬車も数台あるが、ウルカから乗ってきた馬車とは別物だ。


「お、生きてたんかぃ。わははっ、よかったの、クウス!」


 上から巨漢がクウスを見下ろして笑っていた。

 聞き覚えのある声、そして見覚えのある男だった。


「あ? エド……エドじゃねえか、なんでここに?」


 名字はでてこなかった。しかし、なぜエドがここにいるのか?

 よく見るとエド以外にも、冒険者の格好をした連中が七、八人いる。


「わはは、説明はあとじゃい。動けるようなら馬車に乗れぃ」


 そう言ってエドは騎士たち、隊長騎士の元へ行った。

 クウスはソーマたちと一緒に馬車に乗る。そのすぐ後にカリオッツとメットも乗り込んできた。

 クウスを探して森の中に入っていたらしい。



 馬車には最後に隊長騎士とラートンが乗り、その直後に馬が動き出した。


「クウス、だったな。君の足止めのおかげで無事に退却ができた。感謝する。

 …それで、我々が退いた後のことを聞かせてほしい」


 隊長騎士はクウスに頭をしっかり下げ、礼を述べた。それから頭を上げて、あの後あの場所で何があったのかを聞くのだった。



「ってわけで、オレは吹き飛ばされて気絶したみたいで。……その後は分かんねえ」


 クウスは悔しさから泣きそうになるのを、歯を食いしばりながら語った。すると馬車の中は静かになった。

 特に隊長騎士やラートンは顔色が悪くなっている。


「“蒼角”のアンジェロ……。確かにそう名乗ったんだな?」

「あ、ああ。知ってるのか?」


 絞り出すように聞いてきた隊長騎士に、クウスは肯定する。


「そりゃあ、知ってるさ。その手下どもが言っていた通り、凄腕の傭兵だよ。トライデントの幹部さ」


 ラートンが大きなため息をつきながら、クウスへ答える。


「トライデントか。三人の()()()によって、結成からわずか十年で世界的に有名になった傭兵団だな」


 カリオッツがラートンに続いて話す。


「そうだ。トライデントという団名は、三本角を持った伝説の魔物トライデントに因んだものらしい。有名になるにつれ、傭兵団を結成した三人も”三本角”と呼ばれるようになった。

 その三本角のうちの一人が、“蒼角”のアンジェロだ」


 隊長騎士が、唇を噛みながら説明してくれた。


「じゃあ、あいつらはそのトライデントっていう傭兵団だったのか」

「いや、それは無いよ。“蒼角”はともかく、他の手下はトライデントじゃないと思う」


 クウスの呟きにラートンが首を横に振る。

 

「何でだ?」

「まず、傭兵団トライデントはすでに解散している。一年前に突如ね。三本角の不仲が原因とか言われてるけど真相は分からない。

 まあとにかくトライデントはもう存在しないんだ」


 (なるほど、組織が存在しないのか。でも、それだけじゃ)

 

「それだけじゃ手下はトライデントかどうか分からないんじゃ?」


 クウスと同じ疑問を抱いたソーマが質問した。

 

「でも、伝説の傭兵団にしては弱すぎるんだよ。もし、あの手下たちが元トライデントの傭兵なら、俺たちは全員あっという間に殺されてたはず。“蒼角”ほどではないにしろ強者揃いだったらしいからね」


 槍使いや太っちょはそれなりに強かったと思うが、ラートンは弱すぎると言う。


「そうだな。トライデントが相手だったら我々、ウルカの騎士団では退却すら出来なかっただろう。その点は運が良かったが。

 ……しかし、“蒼角”だけでも厳しいな」


 隊長騎士は苦々しい表情になる。

 クウスはその言葉に疑問が湧いた。


「そういえば、この馬車ってどこ向かってんだ?」


 すでに馬車ごと積荷を盗られたあとだ。

 だが、隊長騎士は諦めてないように思える。

 

「もちろん、盗っ人どもを追っているのだ。我々が運んでいた納税品の中には“夜公の檻灯”があるだろう? あれには万が一を警戒して、紛失防止用の魔術が掛かっている」


 なんでも、嫌な予感がしたウルカの領主が、お抱えの魔術士に指示したらしい。


「じゃあ、もう一回あいつと戦えるのか!?」


 クウスは思わず大声を出す。

 集落を出てから初めて負けた。木と岩の中で治癒魔法を唱えながら、あまりの悔しさに涙が流れた。

 勝てる可能性は無いかもしれない。

 それでももう一度、戦いたかった。


「はは、クウスは大物だね。俺は怖くてしょうがないよ」


 そんなクウスを見てラートンは苦笑する。あんな化け物級の傭兵の元に行くなんて実際のところ自殺行為でしかない。


「追跡ができるのは、シカゾ伯爵領・ティーバ子爵領の中だけだ。……その先、シャイアモン伯爵領に入られたら逃げられる可能性が高いだろうな」


「どういうこと?」


 隊長騎士の言葉にソーマが首を傾げる。

 なぜ、その伯爵領に入ったら逃げられるのか。


「おそらく、今回の襲撃はシャイアモン伯爵によるものだからだ」


 隊長騎士は怒りを露わにしながら説明してくれた。


 

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