指名依頼
現れたのは二メートルほどの大きな蜘蛛。
催眠蜘蛛だ。
三メートル前後の高さにある枝にしがみついていた。
体色は黒みを帯びた黄色や茶褐色で、べっ甲を思わせる色合い。六つの目は無機質で、顎だけが動き牙をカチカチと鳴らしている。
「うう、虫型はなんか苦手だわ」
ソーマが嫌そうな顔をする。
横を見ると、カリオッツが気持ち後ろに下がっているような気がする。気のせいか?
「オレがやるから、下がってろ」
クウスは剣鉈を構えて前に出る。
虫が平気なわけでは無いが、苦手という程でもない。
走って接近していくクウスに、催眠蜘蛛は尻を向ける。
同時に腹部の出系器官から糸が放射された。
この糸が厄介だ。催眠蜘蛛は名前の通り、獲物に催眠をかける。
腹部から出す糸と、口から出す粘液に触れることで催眠作用が働く。
そのため催眠蜘蛛の攻撃は触れてはいけない。
「おっと! 当たるか、よっ!」
次々に飛んでくる糸をかわし、接近していく。
そして、跳躍し斬りかかった。
だが、突如、催眠蜘蛛は系を手繰り寄せ移動した。
足を二本切り落としたが、致命傷を避けられてしまった。
続いて催眠蜘蛛の口から吐きだされた粘液が空中のクウスを襲う。
「げえっ!? くそがあああ!」
クウスは突風を起こし、自らを吹き飛ばすことで粘液をかわすことに成功した。
その代わりに無様に地面を転がったが。
「ちくしょう、許さん!」
再び走り寄る。今度は左右に飛び跳ね的を絞らせない。
だが、催眠蜘蛛は糸を大量に放射し、クウスの前に糸の盾を作り出した。
「へっ、バカめ!」
糸の盾の前で止まり、剣鉈を振りかぶる。
同時に根源魔法で火を生み出し糸の盾にぶつけた。
炎の熱で糸は溶け出していく。
数秒で糸の盾が焼け落ちるとぽっかりと空いた先に催眠蜘蛛が見えた。
「おぉぉおおらあっ!」
そして闘気を纏わせた剣鉈を全力で投げる。
直線に飛んだ剣鉈が催眠蜘蛛の頭部に突き刺さった。
催眠蜘蛛は力を無くし、ずるっと木から落下した。
「なかなか苦戦したな。糸腺は傷つけないよう気をつけろ」
催眠蜘蛛を解体するクウスに、離れた所から声を掛けてくるカリオッツ。
どうも本当に蜘蛛が苦手っぽい。
糸腺とは、糸となる元が入っている袋のような器官のことだ。
催眠蜘蛛はこの糸腺と魔石が売れる。
「よし、取れた。さっさと街に戻ろうぜ」
切り離した糸腺はベタベタしていたので、シェピガの葉で巻いてから袋に入れる。
そして、二時間後にはウルカに戻りギルドで買取に出した。
本日の成果は、
――――――
歩魔木の魔石、三個:銅貨3枚
歩魔木の果実、一個:銅貨5枚
赤目狼の魔石、三個:大銅貨6枚
赤目狼の毛皮、三枚:大銅貨9枚
催眠蜘蛛の魔石、一個:銀貨1枚
催眠蜘蛛の糸腺、一個:銀貨2枚
合計:45800リーセ 銀貨4枚、大銅貨5枚、銅貨8枚
――――――
と、なった。
ギルドを出てからクウス、カリオッツ、ソーマで三等分して端数の銅貨8枚はエミリーに渡した。丁度、エミリーが倒した歩魔木の分だ。
僅かな金額だが、エミリーは銅貨を握りしめて嬉しそうだった。
さあ、帰ろうかという時に声をかけられる。
「主、今帰りですか?」
話しかけてきたのは少し長めの茶髪の男。頭頂部の髪が跳ねている。
「ああ、メットか。お前も依頼帰りか?」
メットだった。
この茶髪の男は、メットの表向きの顔だ。
誘拐未遂事件の後にメットは冒険者登録をした。
登録時に問題になったのは仮面だ。仮面をつけたままでは成りすましが懸念されるので、特技の〈創面〉で顔を作らせた。
創面は頭部の外見を自由自在に変形させられる、特殊技能だ。メットが幼少期から受けた訓練という名の異常な人体実験。その賜物だという。
しかし、弊害もある。
幼い頃から顔を変え続けてきたメットは、自分の本当の顔が分からないそうだ。
お陰で密偵をしていた頃に“借り貌”などと言う二つ名を付けられたとか。
そんなわけで仮面を付けてない時は、跳ねた癖っ毛の茶髪男に顔を固定させている。
「今日で銅級に上がりました」
札級を卒業したらしい。
メットは登録してから最初の二日で、クウスと討伐依頼と採集依頼を行った。
その後は、街中の依頼を一人で受けていた。ついでに街の情報を色々集めているとも言っていた。
「おお、そっか! じゃあ今日は宴会だな! こっちもエミリーが魔物を討伐したんだ」
「そうでしたか。おめでとうございます、エミリー殿」
「あ、ありがとうございます」
メットが祝福するとエミリーは照れ臭そうに笑う。
「それで、主。実は、ギルド職員が主たちを呼んでおりまして」
「オレたちを?」
「はい。受付で、主たち三人にすぐ伝えてほしいと言われました。私が登録した時に主が一緒にいたのを覚えていたようです」
何の用だろうか、まあギルドの目の前にいるからすぐ聞いてしまおう。
クウスたちは再びギルドの中へ入っていく。
クウスが受付に行くと、受付嬢はすぐに気付いて微笑む。
「クウスさん、戻って来てもらいすいません。あ、メットさん有難うございました」
申し訳なさそうに謝る受付嬢は、さっき買取金額を受け取った時と同じ受付嬢だった。彼女は後ろにいるメットに礼を言う。
「で、オレたちに何の用だ? さっき買取で来た時は何も言われなかったけど」
「実は、つい先ほどクウスさんたちに指名依頼が入ったんです。それでメットさんに伝言を頼みました」
「指名依頼……。それって、依頼主がオレたちを指名したってことか?」
銅級で大して有名でもないクウスたちを指名する人間などいるのかと、不思議に思う。
「はい。詳しくは別室で話しますのでこちらへどうぞ」
受付カウンターでは話せない内容らしく、受付嬢は立ち上がると階段の方へ移動を促してきた。
エミリーは冒険者ではないのでギルド内で待たせておくことに。もちろん一人ではなくメットも置いていく。
受付嬢に連れられギルドの二階へ上がる。今まで立ち入ったことの無い場所だ。
二階の一室に入ると、低いテーブルを挟んでソファが二つ置かれていた。
クウスとソーマが座り、カリオッツは後ろの壁に寄りかかる。
反対のソファに受付嬢が座るのかと思いきや、もう一人、男の職員が入ってきた。
受付嬢は男とすれ違いざまに会釈して、部屋から出て行った。
「冒険者ギルド、ウルカ支部の支部長をやっているカイドーだ。よろしくな」
支部長を名乗る男は、四十代くらいの中年だ。支部長はクウスたちのギルドカードを確認してから、話しを始めた。
「君ら三人に領主様から指名依頼が入っている」
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