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圧倒


 ウルカの北地区にある小さな城の中では、文官や兵士たちが走り回り混乱していた。


「ぬう、この街に一体なにが起きてるのだ」


 そう呟きながら、黒いモヤに覆われた街をテラスから見渡す男。

 学術都市ウルカとその一帯を治める領主、ティーバ子爵である。


「失礼いたします! ティーバ様、この黒いモヤの発生源は街の南西部のようです」


 全身鎧に身を包んだ騎士が部屋に入ってきて報告をする。

 黒いモヤが南西から一気に街中へ広がるのを城勤めの使用人が目撃していた。


「南西部か。よし、騎士団を向かわせよ。不審な人物、または物を見つけるのだ」

「しかし、それでは城の守りが手薄になってしまいます」


 ティーバの命令に拒否はできない。だが騎士は主の安全を最優先にしたかった。


「この黒いモヤ、自然現象とは思えぬ。おそらく人為的なものだ。しかし犯人の狙いが儂なら、もっと城の近くが発生源になるだろう」


 ティーバ子爵は、この黒いモヤを操る者の目的が別にあると感じていた。

 自分を暗殺するのが目的であれば、時間を掛けすぎだ。城近くで黒いモヤを起こし、大きく混乱しているうちに侵入し暗殺を実行するのが確実なはず。


「畏まりました。では騎士団の半数を南西部へ行かせましょう」


 同じ考えに至った騎士は折れ、ティーバ子爵の命令に従った。


(これで事態が解決してくれると良いが。……これもあちらからの嫌がらせなのか? いやしかし……)


 ティーバ子爵は犯人にひとつ心当たりがあったが、確信は持てずにいた。

 今はただ、騎士たちが黒いモヤを晴らすのを待つのであった。




「はあっ、はあっ、待ってアグさん」


 エミリーは頑張って走り、アグについて行く。

 アグの風によってモヤが散らされ、方向感覚が戻っている。あと数分も走れば魔道協会だ。



「ミャッ!」

 

 前を走るアグが急に横っ跳びをする。

 そしてその直後、アグのいた場所に小さなナイフが突き刺さった。


「アグさん! ……うそ」


 エミリーが後ろを振り返ると、男が三人立っていた。

 先ほどの魔道士の格好をした男、ナイフを持った優男、小男。


「ク、クウスさんは……?」


 クウスが足止めしていたはずなのに追いついてきた。エミリーはクウスの身が心配になる。


「あの銀混じりのガキなら仲間に任せてきたぜ。けけけ、今頃死んでるかもなぁ?」


 小男が残忍に笑う。


「っ! クウスさんは死んだりしません!」


「喧しいぞ、小娘! おい、さっさと捕まえろ」


 エミリーは気丈に言い返すが、魔道士が男たちを嗾ける。


「分かりましたよ。さあさあ、追いかけっこは終わりだよ、お嬢さん」


 優男がナイフ片手に近寄ってくる。


 すると、アグがエミリーの前に立つ。


「キャルルルゥッ!」

「アグさん、危ないです!」


 エミリーは今にも飛び出しそうなアグを両手で持ち上げ、抱きかかえた。


 威嚇してくる小さな猫と、それを抱き止める少女。

 あまりにも驚異度が低い相手に、優男は気が抜ける。


「はいはい。お嬢さんたち、怪我をしたくなかったら大人しくしてねー」


 優男が目で合図をすると、小男はロープをエミリーに向かって投げた。


「きゃあっ!」


 ロープが生き物のように動き、エミリーを絡めとる。

 しかし、小男が引き寄せる直前でそのロープは切断された。


「そこまでだ」


 黒い外套を着た赤髪の男が剣を振ったのだ。

 さらに。


「――柔きを溶かし 力を加え 不純を濾して 意思と固まれ 守りの水よ 《堅固水壁(カテンジェリ)》」


 闇ギルドの男たちとエミリーの間に、水の壁が形成される。

 とんがり帽子を被った魔法使い、いや魔道士が唱えた水魔法だ。


「カリオッツさん、ソーマさん!」

「もう大丈夫よ、エミリー」


 とんがり帽子のつばを指で少し持ち上げ、ソーマは笑顔を見せる。ついさっきカリオッツと合流できるまでは、一人で逸れて狼狽えていたのだが。



「魔法使いか、小賢しい!

 火上がり覆え 焼き払う幕よ 何人も寄せ付けぬ熱は 害ある意思をも溶かす 《焼波炎幕(ヤット・アーア)》」


 魔道士パドリソンが杖を掲げ唱えたのは、火属性魔法。

 本来は防御に使われる炎の幕が、ソーマの水壁にぶつけられた。

 火と水が衝突し、相殺されていく。


 数秒で、炎幕も水壁も無くなってしまった。


「っ、火属性の魔法使いね。今のうちに逃げれると思ったのに」


 ソーマは舌打ちしたくなる気持ちを抑え、パドリソンを警戒する。

 杖を持ち魔法使いらしい格好をしていた男だが、予想以上に魔法の構築が早い。

 ソーマは自身よりもパドリソンの方が、魔法の腕は上かもしれないと感じた。


「ここで倒すしかないか。ソーマ、あの魔道士だけ警戒しておけ」

「でも、相手はあと二人いるわよ?」


 カリオッツがソーマにパドリソンを任せる。

 しかし、それだと優男と小男をカリオッツ一人で対応することになる。


「問題ない」


 カリオッツには気負った様子は見られない。本当に問題が無いと思っているのだ。


「なめやがって、この野郎ぉ」

「まあまあ、怒らないで。じっくりと後悔させてあげようよ」


 そんなカリオッツの態度に不快感を露にする小男。ロープを左手に持ち、右手は剣を抜いた。

 優男も笑っているが、心中は穏やかでない。ナイフを両手に持ちクルクルと回している。


 二人は一気に踏みこんだ。

 一瞬で勝負をつける。そのつもりで。


 カリオッツは、一言だけ呟いた。

 

「……〈龍脚〉」


 カリオッツの両足から闘気が噴き上がった。






「ありがとよ、ナイスタイミングだったぜ」


 クウスは相変わらず怪しい仮面をつけたメットに礼を言う。


「間に合ってよかったです。主、弓使いは私が牽制しましょう。そちらの二人だけなら……問題ありませんね?」


 メットは、斧使いと双剣使いの兄弟を一瞥して、クウスへ確認する。


「ああ、問題ねえ!」


 クウスは返事をして、兄弟へ向き直る。

 メットはそれを聞きすぐに駆け出した。弓使いのおおよその位置は既に掴んでいた。


「おいおい、問題ねえだって? ステリアの矢が無くても俺たち兄弟は強えぞ!」

「兄貴、こいつムカつくぜ!」


 斧使いの兄と双剣使いの弟は、怒り心頭の表情だ。


 クウスは相手をせず左手を胸に置いた。


「我クウス、一時の解放を差し許す、《解封(アンシール)》 《真抗門》!」


 銀と黒が半々になった髪と目が、周囲を覆う黒いもやの中で一際、怪しく輝いた。

 


「行くぞ!」


 クウスの剣鉈が最初に狙ったのは双剣の弟。


「うおっ!? ぐあっ!」


 凄まじいパワーを双剣で受け止めきれず、弟は後ろへ吹き飛ばされた。


 お返しとばかりに兄の斧がクウスに振り下ろされたが、クウスはそれを難なくかわす。

 さらに躱した勢いで回し蹴りを腹部に放ち、今度は兄を蹴り飛ばした。


「ぐわあっ!」

「あ、兄貴! くそ!」


 弟が双剣を振るいクウスに迫る。

 だが、双剣の連続斬りはクウスには届かない。

 剣鉈一本で双剣を捌き受け流していく。


「おおおおぉっ!」


 逆に剣鉈のスピードが双剣を上回り、その斬撃が弟の左肩を斬り裂いた。


「ぐうっ!」

「アシト! おのれ!」


 負傷した弟を見て、兄が再びクウスに挑もうとする。

 だが、もう遅い。

 クウスは後ろに跳び、兄弟と距離を取った状態で詠唱を始めた。


魔に依り(タスト)集え(ヤン)大気(ドス) 狭間の風よ 研ぎ上がれ 吹き抜け裂けろ 《風爪(ビースコオ)》!」


 クウスの左手、その指と指の間に現れたのは四本の刃。


 発動句とともにクウスが左手を振ると、風の刃は兄弟へ飛んでいく。


「うおお⁉︎ ぎゃっ!」

「ぐわっ!」

 

 とっさに兄が斧で一本の風爪を掻き消したが、そこまでだった。

 残る三本の風爪に切り裂かれた兄弟は、地に倒れた。



「ふう、勝てたか。……メットはどこまで行ったんだ?」


 辺りを見回していると、遠くからメットが走ってきた。


「主、弓使いは逃げ出しました。鳥人族だったようで、空を飛ばれては追えませんでした」


「空を飛ぶ?」


 メットの報告によれば、弓使いは獣人種の女で、珍しい鳥人族(ちょうじんぞく)だと言う。

 鳥人族は獣人の中で唯一、羽を持つ。羽により短時間の飛行が可能で、軍なら偵察任務につくことが多いらしい。

 黒いモヤに阻害された状態で空に逃げた相手を追うのはメットにも不可能だ。



「ま、逃げられたんならしょうがねえ。よし、エミリーを助けに行くぞ」


「はっ」


 クウスとメットはすぐに移動を始める。

 アグの風魔法を参考にして、根源魔法で風を起こし、モヤを払いながら進んでいく。


 数分後、大通りを外れた路地から戦闘音が聞こえ、急いで向かう。

 

 路地に駆け込んだクウスが見たのは、カリオッツの蹴りが決まり優男が崩れ落ちるところだった。



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