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第五話「最初の伴侶」

「もう一度、いって」


 フレイアはカリナに正面から睨むように見つめられて、あわてた。意味もなく顔の前で手を振ってしまう。


「い、いや、あの――」


「だから、お願い。もう一度」


「えーと、その。野性のフェンリルの馴致に成功した、みたいな?」


「はあ!?」


 カリナは怒ったように声を張り上げた。


「いくら何でも何かの勘違いでしょう。まだ、あなたがトレーナーになってから、半月も経っていないのよ。それで、〈レジェンドクラス〉の幻獣を馴致? そんなことできるわけないじゃない。あなた、わたしのことを何だと思っているの?」


「で、でも、できちゃったんです」


 フレイアは小柄な身体をもっと縮めた。


 セレニウムのギルド〈眠れるグリフォン〉の一室、彼女はたったいま、受付係の友人カリナに、フェンリルの馴致完了を報告したところだった。


 馴致した幻獣について報告することは、ギルドに登録しているトレーナーの義務である。フレイアもそれに従った。


 しかし、彼女がひとこと、「フェンリルを馴らしました」と告げると、カリナは「は?」と唖然の表情になった。さらに幾たびか訊き返した。その上で、先ほどのやり取りとなったわけだった。


 カリナが信じられないことも無理はない、とフレイアは思う。彼女自身、いまでもなかば信じられずにいるのだから。


 それでも、この世には偶然を超越した運命的なできごとは、たしかにあるのだと、そう考えるしかなかった。彼女は何者かの指に導かれるようにして「かれ」と出逢い、そして馴致して伴侶幻獣にしたのだ。


 どのようなありえないはずのことでも、じっさいにありえるこのが現実。そう認めるしかなかった。


 だが、カリナは信じなかった。まわりで彼女たちの話を耳に入れているギルドのトレーナーたちも、失笑を漏らしていているようだ。それはそうだろう。フレイア自身、他人の話なら信じなかったかもしれない。


 しかし、彼女には証拠があった。指笛を吹いて合図し、「かれ」を呼ぶ。


「リル、おいで」


 そうすると、ギルドのまえで待ち受けていたリルが、グリフォンの紋章が描かれた扉を人間のようにひらいて入ってきた。


 おお、なんと気高いその姿! 室外から射す光をはじいて、眩く煌めく銀いろの毛並みは、あきらかに尋常の狼ではありえなかった。


 しかも、その身体はまだ成熟しきっていないにもかかわらず、ギルドの扉につかえかけるほど巨きい。それは、この世の神秘と、魔法と、奇跡を一身に体現してなお余りある地上の野性美の化身であった。


 カリナは、目と口の両方を愕然と見ひらいた。


「ええっ! ほ、本物のフェンリル!」


 フレイアは結局は彼女を驚愕させてしまったことが申し訳なくて、さらに縮こまった。そうならないようリルには扉のまえで待っていてもらったのだが、どうやら、最終的には無駄だったようだ。


 道行く人々の注目を集めることにもなっただろう。初めから覚悟していっしょに入室したほうがまだ良かったかもしれない。


 カリナはゴルゴンに魅入られたように硬直しつづけた。リルが面白がるようにちいさく吠えると、その石化は解けた。へなへなと脱力し、カウンターにもたれかかる。


 まわりで眺めていた面々もただただ唖然と息を飲むばかりだった。フレイアは申し訳なかった。自分がこのような事件を起こしたために、かれらを驚かせてしまった。


 カリナの反応はいたって常識的であり、自分のほうが異常なのだ。ふつうは、初めの十日のうちに〈コモンレベル〉の妖精のひとりとでも契約できれば上々のほうなのだから。


 いまさらながら、自分がどれほど常識を置き去りにした行為を起こしてしまったか実感し、肩身が狭かった。しかし、カリナは、カウンターのなかにほとんど身を沈めたたまま、フレイアのてのひらを固く握りしめた。


「す……」


「す?」


「すごい! あなた、すごいよ、フレイア! 歴史に残る大偉業よ。アカデミーの教科書に名前が残るわ。信じられない。なんてこと。でも、どう見ても本物のフェンリル。いえ、本物なんて見たことないけれど、マニュアルにある姿にそっくり……」


 もちろん、フレイアもリルと会うまで、本物のフェンリルなど見たことがない。しかし、かれがフェンリルであることはひと目でわかった。


 それほどに、風格が違う。威容が違う。身体的な特徴以前に、その印象が他の生き物とは大きく異なっている。もし、かれがたわむれに人間に背き、敵対したなら、いったいどれほどの脅威となることだろう。だれしもそう思わずにいられないほどの、恐ろしいような印象のつよさであった。


 そのかれを、カリナは陶然と眺めた。


「すごすぎる。本物。本物。本物のフェンリル。この仕事やっていて、初めて〈レジェンドクラス〉を馴らした人を見た。それも、たった十日間で。あなた、天才なの、フレイア?」


「違います。ただの幸運です」


 そのように大袈裟に褒められると、フレイアとしてはさらに立つ瀬がない。


 ほんとうに、すべて紛れもなく偶然の成果で、何か特別なことをしたわけではない。ただ、かれのほうがなぜかわたしを気に入ってくれただけのことで、だから、わたしが偉いわけでは、まったくないのだ。


 そう説明しようとしたが、カリナはもはや聞いてはいなかった。彼女は恐る恐るリルを撫ぜようとして拒まれ、びくっと手をひっ込めた。


「怖い」


「怖くありません、ほら」


 フレイアが手をのばすと、リルは機嫌よく撫ぜるままにさせた。カリナはその様子を呆れたように眺め下ろす。


「ほんとうになついているのね」


「それは、まあ、〈ソウル・トゥ・ソウル〉の結果です」


 馴致とは、ただエサをやるなどして飼い馴らすことではない。血を交わし、ひとつの生命をシェアする行為である。どのような凶暴な幻獣でも、馴致に成功すれば、トレーナーに馴れる。


「うん、わかっているけれど、それでもちょっと信じられなかったの。ごめんね、疑って。この子、ちゃんと登録しておくわ。どうする、〈聖地〉へ送る? それとも、手もとに置く?」


「もちろん、わたしが世話します。初めての伴侶ですから」

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