第四話「ソウル・トゥ・ソウル」
その日の後も、フレイアはあらたな幻獣との出逢いを求めて、森に入りつづけた。最初の伴侶となる幻獣と巡りあうことはできなかったが、そのかわり、もっと不思議なことが起こった。
いずこからともなく、あらわれるのだ。かれ――銀いろの毛並みで全身を覆ったあのフェンリルが。
初め、彼女はまだありえないほど奇跡的な偶然がつづいているのだと思った。しかし、それが二日つづき、三日となると、もう認めざるを得なかった。このフェンリルは、わたしのことを認識して探し出している、と。
おそらくは、彼女の匂いを憶えたのかもしれない。とにかく、あいてが彼女に興味なり、好意を抱いていることはたしかだった。彼女が近づいていっても怒らないばかりか、甘えるような声音を出すのだ。
誇り高いフェンリルがそのような態度を見せるなど、聞いたこともない。フレイアは何年もかけて教科書で学んだすべての知識がまったく役に立たないことを悟った。
ひょっとして、かれは自分が高価なエリクサーを使ってかれの傷をいやしたことをわかっているのだろうか。そうも思った。
ゆっくりと、しだいに、ふたりの間に信頼関係が成立していった。フェンリルが言葉を解するものかどうかわからなかったが、彼女はしばしばかれの傍らに座って、誠意を込めて語りつづけた。
昔、トレーナーになるよりもずっと前の幼い頃、自分には幻獣の友達がいたこと。その友達との思い出が、いまの自分を支えていること。そのような他愛ないことをつらつらと話した。
フェンリルは不思議に巧みな聴き手だった。人間をあいてに話すことはあまり得手ではない彼女だったが、この魔狼があいてだと、いくらでも語れるような気がした。
いつしか、彼女は幻獣を馴らすためではなく、この孤高のフェンリルに逢うために森のなかへ入るようになっていた。
そうして、時が経つこと、七日。フェンリルの目が、フレイアが腰に挿した〈ソウルプリズム〉に留まった。
「ああ、これ? 幻獣を馴致するために使う道具なの。これがあると、トレーナーと幻獣は〈ソウル・トゥ・ソウル〉の血の契約を結ぶことができるのよ」
フレイアは何げなく説明した。すると、フェンリルはその宝石を凝視したまま、石像のように動かなくなった。
まさか、と彼女は思った。いや、そんなばかな。しかし、彼女がそのプリズムをどこかにしまおうとすると、フェンリルは抗議するように低く唸った。彼女に何かを訴えているとしか思えない。
「もしかして、わたしと契約してくれるの?」
〈レジェンドクラス〉に属す神秘の幻獣は、フレイアの目を正面からじっとのぞき込み――そして、こくりとうなずいた。意思が通じていることがはっきりとわかる態度だった。
「だ、だって、わたし、まだ未熟なんだよ? あなたのコンパニオンとしてふさわしくないよ」
フェンリルは、今度は、否定するように首を振った。そんなことはない、といってくれているとわかった。思わず、涙がこぼれ落ちそうになった。彼女はかれの太い首を思い切り抱き締めた。
「ありがとう! わかった。いまから契約するね」
そして、〈ソウルプリズム〉をかざし、その先でほんのわずかに指さきを切って血を垂らした。その血を、フェンリルの口もとに近づける。
まだわずかに恐怖が残っていないわけではなかったが、信頼がはるかにまさった。フェンリルがその血をぺろりと舐める。
せつな。彼女のたましいが、かれと「つながった」ことを示す、圧倒的な高揚感が身体をかけ抜けた。あたかも全身から青白いオーラが立ちのぼるかのよう。
幻獣が〈ソウルプリズム〉を使った人間の血を飲むことは、その人物を伴侶として――主人としてではなく――選び、受け入れたことを意味している。
この行為によって、トレーナーと幻獣、〈ミスティッククリーチャー〉はひとつのいのちを共有する関係となるのである。
このトレーナーと幻獣の関わりは、たがいがレベルを上げるほど深くなる。それはやがては深い精神的なつながりにまで至るという。それを、たましいとたましいの関係――〈ソウル・トゥ・ソウル〉と呼ぶ。
もっとも、たったいまつながったばかりのこのフェンリルとは、まだそこまでの関係は感じない。近寄れば、たがいにほのかに意思を伝えられるかどうか、という程度だ。それにしても――
「〈レジェンドクラス〉のフェンリルを、馴致しちゃった」
フレイアは呆然と呟いた。幻獣馴致師として最大の偉業を、たった十日で達成してしまった。歴史書に名前が残るほどの奇跡だ。どうにも信じられない。
頬をつねってみた。痛い。夢ではないようだ。
「そうだ、あなたに名前をつけないとね。えーと、何が良いかな」
フレイアはちょっと考え込んだ。
「そうだ、リル! フェンリルだから、リルはどう?」
魔狼は、いかにも不満そうだった。いや、たましいとたましいがつながりあったいま、かれの不満がはっきりと伝わってくる。彼女はちょっと笑った。
「安易な命名だったかな?」
しかし、フェンリル――リルは、大丈夫だと同意を示すように彼女に顔をこすりつけてきた。それで、かれの名前は〈リル〉に決まったのだった。
「くすぐったいよ、リル」
フレイアは笑いながらその首を抱いた。そして、決意を込めた目で空を見上げ、何度も手を突き上げた。
「よし。じゃあ、ふたりでいっしょにS級をめざすぞ!」
このときは、快活に笑う彼女自身、自覚していなかった。これが、どれほどの騒動の幕開けであるのかを。




