第39話 魔道具製作
品評会とはネイザーライド国において、三年に一度行われる催事だ。
歴史は長く、現在まで300年以上もの間、開催されている。
民芸品、金工品と、幅広い物が出品されるのだが、主体は魔道具部門となっている。
魔道具は会場にて出品者が披露し、それを王国魔法ギルド、王国鍛冶ギルド、ネイザーライド鍛冶ギルドの人間が採点する加点方式だ。
出品できるのは一組において一点のみ。
ネイザーライドにおいて魔道具を扱う鍛冶屋は100ヵ所以上あるが、魔道具部門ではおおよそ80ほどの工房しか出場しない。
個人名義でも可能ではあるが、現在まで個人で出場した者はいなかった。
これはかかる費用のためだ。
魔銀を含む金属類、魔石は王国支給になり、申請した材料はすぐにもらえるのだが、もちろん有料となる。
ただし、上位20位以内に入ることができれば、かかった材料費はすべて免除される仕組みだ。
だが、そうそう甘い話ではない。
21位から最下位までの鍛冶屋には、相場よりも高い材料費が王国から請求される。
さらに、品評会に出品されたすべての魔道具は、女神レーツェルに奉納するという名目で王国に接収されることとなる。
上位入賞での報奨金もなく、得られるのは名誉という実態のないものだけ。
このために、個人で出場しようというドワーフは今までいなかった。
◆ ◆ ◆
かくして、グンターは品評会に初めて個人出場することとなった。
それもネイザーライドの鍛冶師としてではない。ノードの鍛冶師としてだ。
ネイザーライドの鍛冶師としてグンターの出場を考えていたエルザだったが、ミックの知る魔道具や刻印の内容を聞いて、その考えを改めた。
想定通りに事が進めば、間違いなく上位に食い込む魔道具が出来る。そんな確信を得たために。
そうなれば、必ず背後のエルザたちの姿が露見する。
ならば、ノードの地位向上に貢献してもらおうという考えだ。
予定を大幅に変更し、品評会に向けて、それぞれがせわしく動き出す。
まずは日程の変更。
品評会は四週間後に迫っている。
ネイザーライドに滞在するのは一週間の予定だったが、一ヵ月後まで延長とした。
しかし、エルザとてノードにおける要人の一人。
鉱床や、要塞構築の件など、ゲアストでやるべき仕事は山ほどある。
かといって、こちらもおろそかにはできない。
エルザはここに滞在するため、アルバンへの書簡を持たせたジークたちを帰還させることにした。
次に魔道具の製造についてだ。
知識としてはあれど、エルザには魔道具製作の実践経験がない。
すべてを素直にミックに話し、協力してもらうことにした。
今回の計画において、エルザがもっとも躊躇していたことだ。
ミックが置かれたテーブルを前に、エルザが深く、深く頭を下げる。
「先ほど説明した通り、その深淵なる叡智をミック師匠にお借りしたく思います。もちろん、断っていただいてもかまいません。本来であれば、ノード全総力を挙げるべき問題なのですが……」
『かまわんだろう。困ったことがあれば、手助けすると言ったのは私だ』
「ミック師匠……」
ミックの言葉にエルザは顔を上げ、ほっと安堵の吐息を漏らす。
頬を薄紅色に染め、潤んだ瞳でミックを見つめる。
「ほかの調整はこちらでできますが、魔道具製作についてはミック師匠にお任せしても……よろしいでしょうか……?」
未知の刻印、さらには魔道具の技術についての知識がエルザにはなく、どのような魔道具をどうやって造るのか、そこまで口出しできない。
すべてをミックに任せるような真似に、エルザは自分の不甲斐なさを嘆く。浅学菲才のこの身を八つ裂きにしたい気持ちに駆られてしまう。
しかし、土台無理な話であるのだ。
貴族で魔法使いとはいえ、単なる人の子であるエルザと、女神によって選ばれた英雄である魔法使い。
比べるには無理がありすぎる。
それならば、すべてをミックに任せたほうが安心というもの。
『大丈夫だ。私が直接場に立つこととしよう。製作の経験もある。何の問題もない』
「ノードのためにもご助力のほど、よろしくお願いいたします」
再度エルザは深く頭を下げた。
◆ ◆ ◆
グンターが宿を訪れてから一週間が経過している。
品評会まで、残り三週間ほど。
出場の申し込み、材料の入手は終え、後は魔道具製作に取りかかるだけとなっていた。
ミックたちは山の中腹にあるグンターの鍛冶場を訪れる。
「ここが鍛冶場……」
初めて入る鍛冶場に興味津々といった様子で、リーヴェは辺りを見回した。
魔道具製作では使わないが、奥の壁際には鍛冶炉があり、右側の棚には槌や万力といった工具が置かれている。
左側の棚には金属のインゴットや様々な色の魔石がいくつも並べられていた。
鍛冶場中央の作業台の上には、用意された魔銀結晶と魔石があった。
それを囲むように見下ろすのはリーヴェ、ミック、グンター、フェルゼンの四人。
『さて、すべての段取りは終わった。後は取りかかるだけだ』
ミックの言葉にリーヴェは頷き、二人に確認する。
「それでは、これから魔道具の制作に取りかかります。事前の打ち合わせ通り数日は出られませんので。準備はいいですか?」
「それくらいわかっとる!」
「まかせろ、嬢ちゃん」
リーヴェが指示し、グンターとフェルゼンは魔道具製作に取りかかった。
作業台の上に魔銀製の桶が置かれ、その中に魔銀結晶が入れられていく。
『リーヴェ、よく見ておけよ。自分の杖を造る時はお前がやることになるのだからな』
鍛冶師をノードに誘致する目的には、リーヴェの杖を製作するという理由がある。
リーヴェはミックから、自分の杖は自分で造るようにと言われていた。
頷くリーヴェはミックの一挙手一投足を見逃さまいと目を見張る。
『杖を』
リーヴェは杖の先端を桶の魔銀結晶に向けた。
杖からの魔力を受け、魔銀結晶が溶け始める。
形が崩れ、どろりとした粘体となり、重力に引かれて平坦なものになっていく。
さらに魔力を与え続けると、魔銀結晶は水のような液体へと変わった。
魔銀の液体で満たされた桶をグンターが覗き込む。
「いやはや、こんな娘が過去の製法を知っているとはな……。ネイザーライドに残ってる最古の文献ですらすべて解明されているわけじゃないんだが……。今回はこのわしが勉強させてもらうことになるのか……」
目を細め、感慨深いといった表情をグンターは浮かべる。
今回の魔道具製作はすべて過去の方法、ミックの知っている方法で行う。
現在とミックの時代とでは、その製法が異なるのだ。
魔銀結晶は魔力負荷をかけると液体金属に変わるのだが、現在の方法だと魔法陣の上に乗せて魔力負荷をかける形式を取る。
さらに、液状まで溶かさない。
粘液状になれば加工に取りかかり、硬化の刻印が施された魔銀槌で叩いて鍛造する。
ここまでは過去の方法と似通ったものではあるが、違う点もある。
魔銀槌で叩くのは不要な成分を出すためなのだが、この際に銀や金といった別の材料を混ぜることが現在の主流だ。
最近の流行は、絶滅した巨人族と呼ばれる種族がいた地で見つかった金属――タイタンを混ぜるもの。
魔銀92.5%に対し、タイタンを7.5%混ぜ込むと非常に硬い魔銀になる。そして、純魔銀のものより見た目の発色も輝くように美しくなる。
しかし、その主流もコスト削減の面から大量生産に置き換わってきている。
叩くこともせず、粘体の魔銀を型に流し込むだけの鋳造を、多くの工房が手掛けていた。
刻印すら型で行うのだ。
熟練の職人が彫刻刀で刻印を彫り上げ、魔石をはめ込む。
刻印とは魔道具鍛冶師の花形ともいえる工程。
技巧という言葉を忘れたかのような現在の有り様に、グンターは辟易していた。
「グンターさん、お願いします」
「ああ」
グンターは火箸で桶の中をさらい、溶け残っていた粘体の魔銀を摘まみ上げる。
摘まみ上げた魔銀を何度か桶の中に浸けると、金床の上に置き、槌で叩いた。
カン、カンと金属のぶつかる音が鍛冶場に鳴り響く。
何度か叩くと、グンターはまた魔銀を桶の中に浸ける。
取り出しては叩き、浸ける。取り出しては叩き、浸ける。
火箸の先の魔銀が少しずつ体積を増していく。
しかし、まだ魔道具の元となる魔銀は小さい。
大きな魔銀槌を持ったフェルゼンがリーヴェに尋ねる。
「なんだかかなり非効率に見えるんだが、これをやる意味があるのか?」
「魔力伝導率がすっごくあがるそうです」
「へぇー」
「若造は黙っとれぃ! 気が散る!」
グンターは黙々と同じ作業を何度も、何度も繰り返した。
作業を開始してから数時間が経過した。
豆粒のようだった魔銀の塊は少しずつ大きくなり、リーヴェの手の平ほどの大きさになっていた。
不純物を混ぜないように、密閉された部屋の中。
魔力で生まれた熱量が部屋を蒸し風呂のように暑くさせる。
「おい、若造。そろそろ出番だ!」
「へいよ」
上半身裸のフェルゼンが大槌を振りかざし、勢いよく振り下ろす。
フェルゼンの上半身は汗にまみれていた。
グンターの額からも汗が滲み、着ている服の色が変わっている。
ただ、そんなことすら気にかけていない様子で、ひたすら真剣な眼差しを魔銀に向けていた。
グンターが小槌で叩くと、フェルゼンが大槌で叩く。
叩かれた魔銀は桶に浸けられる。
浸けられた魔銀は金床の上でまた叩かれる。
リーヴェが見守る中、カン、カーンといつまでも音が響いていた。




